光の巫女 (短い物語)

日照りがつづく。
動植物が死ぬ。
人も死ぬ。
乾いた土に心も渇く。

雨の神は人々の不信心に怒っていた。
土の神も草の神も怒っていた。

じぐざくに広がる夕焼けと、痩せた稲穂と、枯れたすすきは、人々のこころに、黄金の影を落とした。

ぶなの山の頂上から、紅葉がくだる、

ゆっくり、ゆっくり、下へと下へと、赤と黄が燃え広がる。

「贄が必要だ!」大陸から来た人々が言った。
「贄をよこせ!贄をよこせ!」

光の民の巫女は、祈りを祈った。いくつもの混ざり合いのなかで、血だけは混じらせてはいけなかった。大陸の人々と、光の民は、交わらなかった。

しかし、大陸の人々は、光の民の、無垢の血を求めた。

「贄をよこせ!贄をよこせ!」

雨の神は人々の不信心に怒っていた。
土の神も草の神も怒っていた。

光の民の巫女は、空を仰いだ。大陸の人々の長がやってきた。

「おい!日照りを鎮めるために、贄をよこせ!」長が言った。細目の狐のような顔をした、狡猾な男だった。
「…」光の巫女はしずかに透明に座っている。
「おい!」狐の目をした、無知の蛮勇が吠える。
「…ミオヤは、命をとおりぬける。光と風がとおりぬける。あとには何ものこらない。陰陽のわかれるまえ、ミオヤの光、風がふきぬける」光の巫女は高らかに歌った。
「おい!この女をひっ捕えろ!」そして、光の巫女とその民たちは、大陸の人々に捕えられた。

長は晩餐をひらいた。贄を捧げる祭りだった。
長の娘は、贄を捧げる前の踊りを踊った。うつくしい踊りだった。その踊りを見た神々は、怒り狂い、大地が揺れた、大風が吹き荒れた、大混乱だった。
「すばらしい踊りだ!」狐目の長が娘を褒めて言った。「なにか一つ褒美をやろう!」
「生贄とは別に、弱き者たちの戦士の首が欲しいです」と娘は言った。弱き者たちとは光の民のことだった。長は、不要な殺生を嫌ったが、娘の頼みを聞かないわけにはいかなかった。
そして、民いちばんの戦士であるクサカリノオウの首がはねられた。光の民たちはそれを見て心を痛めてシクシク泣いた。
すると光の巫女が民を励ました。
「落ちた栗の実から栗の大木がはえるように、落ちた生命から光があふれる」光の巫女がそう言うと天がわれて、天の車が降りてきて、クサカリノオウの魂を、引きあげて消えた。大地の震えも、天の怒りも消えていた。
しかし大陸の悪魔はそれを赦さなかった。狐目をさらに細めて
「巫女を殺せ!処女を殺せ!」と叫んだ。
光の巫女の時がやってきた。大陸の悪魔は、クサカリノオウの首を思い切り蹴飛ばして
「神々よ!天の神よ、豊穣の女神よ、草木、地の神よ、賤しい蛮族の血を、あなた方に捧げます!さあ、雨を降らせたまえ!稲を増やしたまえ!」
縛られた巫女は、断首台に引き立てられた。横にはクサカリノオウの胴体が正座をして座していた。
光の巫女は言った。
「ミオヤの光、ミオヤの子ども、日月の奥の悠久に、樹々の芽吹き昇る魂を、咲かしなさい。四季のながれに、命を尊みなさい。命の奥の命に、ミオヤがいらっしゃる。隠れたものを、知りなさい!」そのとき光の巫女の首がとんだ。
隠されていたものが顕れた。光の民はそれを見た。それは、光だった、歓喜だった、雨つゆの透明だった、さわやかな虹だった。
光の民は、それを観てしまった。途端、世界は宵闇にもかかわらず、天がひらいて、太陽と月が大地を照らして、虹がかかった。やわらかな雨がふった。稲穂はみるみる成長して、ぶなや、どんぐり、くりが、まるまるした実をつけた。

日照りは去った。
乾きは去った。
大地はよみがえった。
動植物はよみがえった。
渇きは去った。

狐目の長とその娘は、その光景がおそろしくなって、気が狂って、死んだ。

その後、光の民と大陸の人々の混血がすすんだ。

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