恋愛と結婚と女性

恋愛も結婚も自分には向かない。どちらも金がかかる。どちらも社会的な行為だ。私はこの社会で生きるだけの力がない。恋愛も結婚も、それをするだけの能力を要する。私にはその能力が足りない。

容姿も性格も経済力も社会性も、全部、私には欠けている。

道は二つである。恋愛(異性に好かれること)をするために、社会性を身につけ、社会に取り込まれるか、完全に異性への欲求を断つか?

青年時代の私は、上記のように考えた。私は二つの道の間で揺れていた。女性への興味があった。しかし、女性はもっぱら金が好きである。ディズニーランドが好きである。朝から晩まで働き詰めの男が好きである。こざっぱりした身なりが好きである。(社会で)働かない男を嫌う。金を生み出さないで、怠惰に生きる男を嫌う。瞑想する男を嫌う。生活を気にせず、一日中、風呂も入らず、食事も取らず、排泄も我慢するほど、読書と執筆に明け暮れる男を嫌う。私は女性が嫌う男の典型だった。

私は、好きな女性ができるたびに、社会に順応するように、努力した。しかし、結果はいつも敗北だった。無理だった。社会は巨大な壁だった。愛想笑いができなかった。やりたくないことを、金のために、仕事のために、女性に好かれるために、やることができなかった。社会に順応しようとするたびに、自殺を考えた。

女性を好きになり、社会に拒まれる、私は異性及び社会への未練を断とうとする、しかし、またしばらくすると、女性への興味が湧いてきて、社会へ取り込まれなければ、まともに生きられないという強迫観念に囚われる、その繰り返しだった。

女性は社会の象徴である。女性への欲求は、社会生活をまともに送らなければならない義務が伴う。しかし、私には、「社会人としての義務」を果たせるだけの能力も適性もなかった。社会性のなさを人から指摘されるたびに、自殺するほど、苦しかった。私は社会を渇望しつつ、社会を憎んでいた。

「どうして大学院なんか行くのよ。文学の研究なんて、お金にもならないじゃない!」友人の女性が私に向かって言い放った。
「金の問題じゃないんだ。勉強したいんだよ」私は言った。
「嘘よ。働きたくないから、大学院に行くんでしょ。逃げてるだけじゃない」彼女は言った。その通りだった。勉強したい気持ちと社会から逃げ出したい気持ちのどちらも私の真実だった。
「逃げちゃダメなのかな」私は弱気に言った。
「ダメに決まってるでしょ!みんな働いてるでしょ。いつまで親のお金で、甘えて生きるつもりなの?そんな生き方をして、恥ずかしくないの?」喫茶店中に彼女の怒気が響き渡った。隣の席のサラリーマンがチラチラとこちらを見た。後ろのテーブルに座った女子大生、数人が聞き耳を立てている。私はバツが悪い顔をしている。彼女は怒っている。
「なんで友人のきみにそこまで言われなければいけないんだろう?」私は聞いてみた。
「友達だから、本当に心配して、こうやって、忠告してるんでしょ!」彼女のガミガミに拍車がかかってきた。「大体、今までバイトだって、まともにやったことないじゃない。何やっても続かない。ゼミでも、サークルでも、何か仕事を任されても、さっぱり真面目にやらないじゃない。みんなの迷惑になっているのがわからないの?いつまで周りの人に迷惑ばかりかけて生きるつもりなの?ああ!あんたみたいな人と、なんで友達なんだろう?私まで恥ずかしくなってきた!どうしてそんな生き方しかできないの!」彼女は大騒ぎだった。

私は、その時からしばらくの間、女性への嫌悪感が拭えなかった。一体、私が女性を求めてきた動機は、性欲という人間を堕落せしめる下劣な欲求に他ならない。そんなくだらないもののために、社会生活という苦しみを背負い込もうとしていたのか、私は!と腹がどんどん立ってきた。

愛欲の園からも離れて、愛欲の林から脱している人々からも離れているのに、また愛欲の林に向かって走る。___この人を見よ! 束縛から脱しているのに、また束縛に向かって走るのである。 
(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」

というお釈迦さまの言葉を思い出した。私は、過去に何度も何度も女性への欲求で苦しんだのに、また女性への欲求で身を焦がしている!束縛に向かって!破滅に向かって!走っている!なんて愚かなんだろう!自分自身への怒りで震えた。

「学問だ!瞑想だ!もっと高尚なことを目指すのだ!高く高く、もっと精神の高みを目指すのだ。地獄とつながる足枷を外して、天上へ向かって、太陽を目指して、精神よ、飛翔するのだ!」私は友人のGに語った。
「まるで空を自由自在に飛んだイカロスのようですね」とGは皮肉った。
「結局、蝋の翼が溶けて、墜落すると言いたいのか?」と私は言った。
「人間、そんなものですよ。高みを目指すほどに、下劣を意識してしまうものです」Gは言った。

結局Gの言う通りだった。私は、学問や瞑想に明け暮れる日々を送り、精神の平穏を一時は手にしても、懲りずに何度も女性を好きになって、その度に、社会と女性に拒絶されて、地獄を這いずりまわった。

恋愛も結婚も社会生活も私には向かないとわかっていても、青年時代の私はなかなか諦めが悪かった。

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