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◇好評連載【心理学の問題 連載32】 アメリカ教育界の潮流

差別社会で育つ
アメリカの少年たち

 先月号で、幼少期に過酷な環境で育った人は、その後の人生でハンデを負うことが多い、ということを書いた。それと関連して、アメリカの心理、教育関係の潮流について述べてみたい。

 アメリカでは、1690年代の公民権運動から、「黒人と白人の平等」ということを達成しようともがいて来た。その中で大きな役割を果たして来たのが、アファーマティブ・アクションである。マイノリティの学生を必ず一定の割合入学させるというもので、これによって多くの高学歴な黒人が生まれ、徐々に差別は解消されると思われていた。しかし、何年経っても、黒人のスラムは解消されず、人種間の収入差も解消されなかった。

 アファーマティブ・アクションによって大学に入ることができた学生の中退率も高く、成績も振るわなかった。

 荒れた環境から育つ多くの若者に高等教育を与えようと、様々な取り組みがなされて来た。十分な社会保障や奨学金を用意し、金銭的に、マイノリティが進学することに困らないようにしたりしても無駄であった。

 中学、高校時代に、徹底的に勉強させ、高得点を取らせ、良い大学に行かせるような取り組みも行なわれた。確かに、生徒たちの成績は上がり、有名高校、有名大学に次々と進学したが、その学生が大学に進学して、高校時代のスパルタ教育から離れると、やる気を失い、大学を中退していく例が多く見られた。また、調査によって、知能検査のスコアが高い学生も、低い学生と同じように大学に適合せず、中退して行くことが明らかになった。

 アメリカはずっと、個人の能力はその知能と比例する、という考えで、勉強をたくさんして、高い成績をおさめれば、その後の人生は上手く行く、という考えが支配的であったが、それでは教育がうまくいかないことが判明した。

 では、子供が大きくなって、大学を無事卒業し、人生の荒波を切り開いて行くのに必要な資質は何なのか。教育界では、現在性格的な資質が重視されている。

 最近までは、性格について云々(うんぬん)することは、時代遅れである、という風潮が強かった。左翼的なリベラリズムの風潮の中では、質素、従順、真面目、などといった資質を育もうとすることは、体制側が、自分が支配するのに都合の良い道徳教育をしているに過ぎない、というイメージがあったのである。

 しかし、そのような道徳的な側面から性格を捉(とら)えるのではなく、「将来、成功する人間に必要な性格とは何か。そしてそれは努力によって獲得できるものか」という問いが重要になって来たのである。

5月号 27pイラスト

近年きちんと大学を
卒業する学生のタイプ

 事実、大学を中退せずに卒業する人間と知能の高さはあまり関連がなく、高校時代にまんべんなく良い点を取っていた学生がきちんと大学を卒業していた。

 ドラマや漫画に出て来るような、やる気のない天才は、結局何事にも真剣に取り組めず、大学を中退してしまうケースが多い。逆に、何でも一所懸命取り組む、漫画で言うと優等生だが雑魚キャラタイプのほうがきちんと大学を卒業しているのだ。

 現在、注目されているのは、つまらないことをやり続けられる能力、目先の楽しみを諦(あきら)めて努力する能力、学習する習慣、臨機応変な対応、高潔さ、といった能力である。

 このような能力があれば、たいていの逆境ならば、自分で切り抜けてしまう。知能が高くても、やる気がなければ、何も打開できない。貧困家庭で育った学生たちに資金や機会を提供することよりも、生涯にわたってポジティブ(=積極的)に努力し続けられるような性格を植え付けるほうが、効果的であると考えられるようになって来ている。しかし、この性格を形成することは、熱意のある大人たちのチームワークが必要であることは言うまでもない。

 アメリカの荒れた地域で育つ子供たちの多くは、シングルマザーか、祖母などに育てられ、父親と母親が揃(そろ)っている家庭は少ない。また、幼少時から様々な脅威にさらされており、最初に挙げた、幸せな幼児期を過ごせていない人が多い。

 アメリカの黒人で保守の論客であるキャンディス・オーウェンスと言う人物がいるが、彼女は、「黒人社会の一番の問題は父親の不在である」と言っている。貧困家庭の、「家庭」をまずきちんとすることが、格差社会を是正する一歩である。

 健全な両親に健全に育てられた子供は、前記したような性格を形成しやすい。また、そのような家庭に育たなかった子供に対しても、「成功する性格」を数値化して通知表を出し、性格の改善を促すような試みもなされ始めている。

 「道徳性」を数値化する、ということは抵抗があるが、これはあくまで「将来成功する資質」を数値化し、育てようとしているのであるから、このような試みは興味深い。このような教育の結果が検証されるのは数十年後であろうが、楽しみなことである。


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