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「キャンデラ」企画書

キャッチコピー

「死の淵に立つ者よ、私とゲームをしてみないか?」

あらすじ

人の死は様々。自分の命の期限を知る者が現れたら、人々はどうするだろうか。命の蝋燭の管理者、不死のモルスが暇潰しに始めたゲーム。無作為選んだ人間に死期を報せ、それまでに自分を捕まえたら願いを叶えると持ち掛ける。応じた者の生き様とモルスがゲームを始めるに至った経過を追う。真面目に蝋燭を管理していたモルスが、自分は管理者であり、炎を自由に操れる権限を持つ事に気付く。実験を繰り返し、どんなことが可能でどのような結果をもたらすかを探っていき、最終的に強欲な人間が賭けに勝っても寿命を伸ばせず、生き様が見ていて楽しいと思い、そのような人間を相手に選ぶようになる。モルスの心の変化を軸にゲームの様子を描く。

第1話のストーリー

 授賞式会場は賑わっていた。作家の授賞式を多く人々が祝う中、当の主役は落ち着かなげにキョロキョロと周囲を見回している。髪の長い女性を見かけると、駆け寄り、顔を見ては落胆する事を繰り返し、担当の編集者に嗜められる。それでも再び同じ行動を起こす。終いには呆れられ、同業者からは惚れた女でも探しているのではと勘ぐられ笑われていた。
 主役の中年男は恥も外聞も無く焦っていた。真剣で足掻くように顔を歪ませて。頭の中では「早く、早く、早く!」という言葉だけが渦巻く。会場を歩き回り、端から見れば不審者とも思える様で、知人からの声掛けにも全く応じない。明らかに異常だ。そう周囲の者が思い始め、男を遠巻きに見てはヒソヒソと話し出す。男はそんな周りの様子には気付かず、いや、気付く余裕すら無く奔走している。
「早く見つけなければ、俺はーーー」
 すれ違った人物が、後に男がそう言っていたとかいないとか。この男に関しては、出版業界で後に様々な憶測が飛び交うが、それはまた別の話だ。
 大量の汗をかき、闇雲に会場を移動する男の目の端に、見覚えのある面影が過った。初めて出会った時と同じストレートの黒髪が腰に掛かる後ろ姿。あの時、女はゲームをしようと言ったのだ。男は今更だが安請け合いをした自分を呪った。だが、そんな事は女に再開した事で帳消しとなった。
「見つけた。間に合った」
 呟いた男は半泣き笑いの表情でゆっくりと黒いドレスの女に近づく。男を認めた女が艶然と微笑むが瞳は氷のように冷えた色を宿している。振り返る姿は怖気立つような美しさである。
 男が一歩、前へと踏み出した。女が近づく。一歩、また一歩と進み、もう少しで触れる事が出来る位置まで辿り着いた。男は乞うように両手を前へと伸ばし、女の両肩へ触れようとした。その時、女が口を開いた。
「時間切れよ。残念ね」
 男の目が驚愕で見開かれた直後である。男はうっと呻き、自分の胸を押さえ、膝をついた。倒れて行く途中で女と視線が絡み、男は薄れる意識の中で「Game over」という声を聞いた。女の顔が近付く。その顔が霞み、砂嵐となり、暗くなり、真の闇となった。最期まで男の脳裏に映っていたのは、女の艶やかな唇であった。
 男の命の炎が消えるのを見届け、女は微笑みながら、救命の為に集まる人波に逆らい姿を消した。

第2話以降のストーリー

 ある時は美女、ある時は老齢の紳士。また、時には無邪気な子供を装うこともある。そんなモルスの正体は管理職だ。管理職と言っても人間の世界ではない。人の手の介入を許さない、所謂「神々の世界」といった所だ。実際の所、さほど人間の世界とは変わらない縦割りの階級社会の世知辛い世界である事に変わりはない。決まり通り、コツコツと勤めていれば波風も発たず、全ての事柄は回っていく。しかし、そんな所にも波風を敢えて発てる者もいる。神話や伝説で人々にちょっかいを出す神々のような者達だ。
 モルスは波風を発てる方の側である。先日もつい人間相手に遊んできたばかりだ。モルス曰く「真面目に働くのは性に合わない」からだ。命の炎の見守りは暇で暇で仕方がない。誰かが勝手に動かさないように、炎を弄らないようにと見張るだけ。ぼんやりと幾億もの灯火を見ているだけなんてつまらない。今まで誰一人とて、命の蝋燭をどうこうしようなどと、やってきた事は無い。
 モルスは初めは真面目にやっていた。消える炎を見届け、燃え残った蝋燭を集めた。揺れる火の中に人間の今を見たり、燃え細る火に声を掛けたりと、単調な管理仕事の中にも楽しみを見ていた。何年も何十年も何百年も何万年も。
 年月が積み重なるうちに、モルスは飽いた。そしてある日、ふと思ってしまった。そう、思ってしまったのだ。
 モルスの仕事は人々が賜った天寿を全うするのを見守り管理する事だ。管理、管理して良いのだ。自分の手で命の炎をどうとでも出来る立場にいるのだ。
 蝋燭の燃え残り。貯まりに貯まった燃えカスからは、残った蝋が採れる。それを元に幾つかの寿命分の蝋燭が造れる。新たな蝋燭に命の火を移し代えたら寿命は延びるのではないか。モルスは蝋燭を造り実験をした。
 新たな蝋燭に今にも消えそうな炎を移した。炎は一瞬だけ明るく大きく輝いた。だがそれだけ。人の寿命は変わらない。何度も試したが、結果は同じ。炎に映った人の生き様は、少し派手な最期を迎えただけだった。それでも飽いていたモルスには良い気分転換にはなった。
 次は残りが多い蝋燭と、今にも消えそうな蝋燭。二つの炎を併せてみた。二つは互いに貪り合うように縺れ、蝋を溶かし寿命を削ってしまった。罪悪感は抱かなかったが、どことなくつまらない。どうせなら、もっと分かりやすく極端に差が着く方が面白い気がする。
 今度は単純に一つを吹き消した。当然、消した命は絶える。そこに他の炎を次いだ。相性にもよるが、大抵の火は消えずに灯った。
 モルスの顔には笑いが浮かぶ。これで自分は面白いゲームを始める事が出来る。こうしてモルスは度々ふらりと人の世に降り立つようになった。
 モルスが寿命を告げると人間は信じようとしない。それも当然だ。見ず知らずの輩から、いきなり「貴方はもうじき死ぬから」等と言われたら、その相手の頭を疑う方が先だ。どんなに声を掛けても鼻で笑われ、そのうち無視される。初めはどうして自分が邪険にされるかモルスには解らなかった。それだけ人間というものを理解していなかったのだから。
 蝋燭の炎に揺らめく人々を観察してはいても、根本的な所が解らない。人の営みの中でなければ人間とゲームに勤しめないのではないか。そんな考えが浮かび、モルスは人々の中に紛れては、人間同士の関係等を学んで行った。
 強欲な者の身勝手さ。弱者の卑屈な様子。子供の無垢で残酷な一面。慈悲深いように見える者の愚かさ。様々な人種や年齢、性別や境遇。多彩な人間の様子は輝石のようにも、屑のようにも見えた。自分には無い何かがあるという気もしたが、それが何なのかは判らなかった。
 ようやく一人の人間がゲームに応じた。切羽詰って死のうとしている。そんな男だった。蝋燭の炎は近くに消える。しかし今ではなかった。
「今死ぬのは止めて俺とゲームをしてみないか。勝ったらお前に富と名誉を。負けたら速やかな死を」
 自棄になっていたであろう男は、案外すんなりと賭けに乗ってモルスは拍子抜けしたくらいだ。
 その男は自力で運命を変えていった。弱り細っていたはずの炎は持ち直し、不思議な事に太く立派な蝋燭に姿を変えた。本来約束の期限であった寿命が意味を成さないくらいに。そうして寿命の来るはずであった日に、男の前に自分から姿を現した。男はモルスに言った。
「貴方が賭けを申し出てくれたから、自分の今がある。富と名誉は自分で手にいれたから、もう不要だ」
 自分が試した蝋燭では寿命を延ばす事は他人の炎を奪うしかなかったのに。この男はどうやって力を得たのか。この男が特別なのか、それとも偶然だったのか。同じように自分から死のうとする寸前の人間で試すが、多くは死んでいく。だが、稀に、本当に稀に、初めての男のように、自力で運命を変える者がいた。
 モルスは条件を変えてみた。大人ではなく子供に。病を得た者に。それらの中にも稀に自力で運命を変えて行く者がいる。不思議でならない。
 そのうち気付いた。どのようにしても寿命を延ばせない類いの人間がいる事に。
 我欲が強く、他者を踏みにじり、自らが虐げた者の姿を見て満足する。富や名声を得ていてもいなくても、金があろうが無かろうが、そういった輩はいる。モルスが賭けを持ち出すと、そのような者達は、空腹の獣のように賭けに喰いついた。彼らは自分は賭けに勝つという妙な自信を持っている。それゆえ、期日が近づくにつれ、焦り、怒り、自暴自棄になって行く。ある者は金に糸目をつけずモルスを探させ、ある者は形振り構わず出会った姿を追い求める。醜く、意地汚く、哀れで、滑稽だ。
 モルスは足掻く人間を選ぶ。そうすると必然的に彼らのような者達が主となった。気紛れで蝋燭を継いでやっても、延びる寿命は数日。それはどんなに長い寿命が残っている蝋燭を継いでも同じだった。どことなく天に咎められていると感じる程に明確な事実だ。 
 自分に降り掛かるリスクは極力減らすに限る。蝋燭は継がずに楽しめるならば良い。結局はただの暇潰しなのだから。そんな感じでモルスは人間を見つめる。永い永い時を歩む。多くの炎に包まれながら、モルスは孤独な時間を費やす。
 自ら選んでこの場所へ来たのか、嫌々やって来たのか。管理者として命じられた事は解っていたが、命じられた経緯は解らない。それに、どんなに人間を弄んだとしても、上からは罰が降る様子も無い。人間の世界で言う島送り状態なのかもしれない。ならば好き勝手に過ごしても良いと言うことではないか。監視されてもいないなら、自分が真面目に勤める事もあるまい。虜囚の如くこんな場所に囚われて監視をするなんて、もう、出来るはずがない。
 時間は腐る程あるのだ。これまでもこれからも。自分は今まで、どれだけ退屈な時間を過ごしてきたのだろうか。考えると愚かだったと嫌になる。馬鹿馬鹿しくなるくらいに真面目だったのだ。
 目の前の炎を見つめる。揺れる炎の中に美しく傲慢な女の姿が踊る。
「今度はこの女が良いかもね」
 モルスは独りごちた。その顔には微笑が浮かんでいた。

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