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タイトル

昔書いてた小説のお気に入りの序文を載せるだけ。ちょっとだけ性的な雰囲気を匂わせるものがあるので閲覧注意。




1
俺達の関係を一言で表すなら、"同級生"という言葉が一番適切だろうか。
高校へ入学して同じクラスになったものの特に関わることは無く、初めて言葉を交わし互いに存在を認識したのは、入学して初めての中間考査が迫っていた5月の頃。俺が教科書を忘れて放課後教室へ戻ってきた時だった。
俺が教室へ入ると、ヘッドホンをはめて窓の外に浮かぶ夕日を眺めるキリッとした横顔が視界に入り、おもわず体が強ばる。何故か彼には、初対面の時から自然と苦手意識を持っていた。恐らく、自分と正反対な性質を持っていると本能的に感じたからだろう。実際その通りだった。遠くから彼が他の生徒と話している所を何度か見ていたが、堂々としていて人の前に立つことに慣れている姿はあまりにも眩しくて、一生交わることはないだろうと思っていた。
そんな俺の考えは、教室に入ってきた俺に視線を向けてきた彼と目が合った瞬間、杞憂なものであったと思い知らされた。

「驚いたな。こんな時間に誰か来るなんて思わなかった」

そう言って笑う彼は、まるで幼い子供のように無邪気だった。俺の彼の印象が一つ変わった瞬間だった。正直に言うとこの時、俺は心の奥底に言葉で表現し難い感情が押し寄せ、おもわず彼から視線を逸らした。あの感情の正体は今でも分からない。いや、分かろうとしたくないというのが本音か。
早くここを出たい。視線を逸らした俺を不思議に思ったのだろうか。近づく足音に脅えながら教科書を探すが、こういう時に限って見つからない。神様なんて信じてはいないが、この時だけは俺を見放したのかと思ってしまった。

「なあ、」

高くもなければ低すぎてもいない、丁度いい高さの声が頭上から聞こえる。頭を上げてはいけない、と思いながらも体は無意識に動いてしまい、視界に俺の顔を覗き込もうとする鋭い目が映り込む。全てを見透かそうとするかのような真っ直ぐな細長い目、クールな顔立ちをより引き立たせる灰色の髪。まるでテレビの中の世界の住人のような現実味のない彼の姿に、おもわず息を飲んだ。

「何か忘れ物でもした?」
「……そうだよ、教科書を取りに来たんだ。君こそ一人で何してるんだよ。もう下校時間過ぎてるし、先生に見つかったら怒られるぞ」
「あー、夕日が綺麗だから何かインスピレーションが湧かないかなぁと思ってたんだけどなかなかピンと来なくてさ」

どうやら彼は自ら音楽を生み出すことを趣味としており、サークルにも所属しているらしい。俺も同じような趣味を持っていたため、まさか彼との共通点がこんなところにあるだなんてとてもじゃないが信じられなかった。案の定俺と同じだと話すと、彼は目を輝かせながら俺に今まで自分が作ってきた曲を聞かせてくれた。この曲はこんな思いを込めて作ったとか、作る時にこういうところに気をつけたとか、作曲の裏話を楽しそうに話す彼の姿は、今まで俺が見てきたどの彼の姿よりも輝いて見えた。同時に、そんな楽しそうな彼の姿を見れたことが、絶対に交わることはないと思っていた彼の知らない姿を見れたことが、言葉では言い表せられないほど嬉しかった。

これが、俺と彼との出会い。
それから俺達は無二の親友になって、放課後も遅くまで残って一緒に音楽について語り合って、休みの日も近くのカフェやファーストフード店に集まったりもした。恋人同士でも何でもないのに、何故かクリスマスを一緒に過ごそうと言われた時には、なんて寂しい奴なんだと笑ってしまったが、お前と過ごした方が楽しいからいいだなんて言われて、おもわず心が揺れてしまった。
正直に言うと、彼はモテる。実際、何人もの女子に告白されては断って泣かせている姿を何度も見てきた。その度に、こいつは罪な男だなと思って見ていたが、あらゆる告白を彼が断る度に、ホッとする自分がいることにおもわずゾッとしてしまった。なんで俺がホッとする必要があるんだ。あいつが誰と付き合おうが俺とは関係無いはずだ。一体何を心配しているんだ、俺は。

───そんな俺の心配が、まさか的中する日が来るとは、信じたくなかった。



2
暗闇で二つの影が揺れ動く。影が動く度にシーツの擦れる音が、肌と肌がぶつかる音が、互いの口から漏れ出る吐息の音が、鼓膜を擽って離れない。
あの頃、まだ僕達は高校1年生だった。勉強に明け暮れ、欲とは無縁な毎日を送る無知な少年だった僕に、彼の氷のような冷たい眼差しが突き刺さる。それが酷く痺れるような快感をもたらすものだと気づいた時、僕は自分に眠っていた異常性に初めて涙した。
物足りずに腰を揺らす僕を、彼は滑稽だと笑う。普段は明るいムードメーカーな彼の仮面を剥いだ姿に、僕は泣きながら心の中で彼と同じように笑った。君の姿も、随分と滑稽だと。

あの日、4年前の夏。ひと夏の青春を謳歌するはずだった僕達は、互いに秘密を作り合った。



3
俺以外に傷つけられたその体を見た時、最初に宿ったのは悲しみでも悔しさでもなく、あの頃決して湧かなかった怒りの感情だった。

「おねがい、」

今にも消えそうな懇願の声は、まるでエアポンプが切れて酸素を求める熱帯魚のようだ。
胸に宿るのは、その時と同じ感情。

他者の生死を自分が握っているという、優越感。
あの日感じた、愉悦感。

「俺を、ころして」

塞ぎきれない傷が、どんどん爛れていく。
あなたの手で、爛れていく。




4

その瞬間は突如として訪れ、別れの言葉もなく俺の前から消え去ってしまった。

昨日までたしかにあの人はそこにいた。俺と話をして、俺の言葉に笑ったり怒ったりして、俺と手を繋いだり、口付けを交わしたり。あの人の温もりは、まだ俺の手に残っているというのに。

これは悪い夢だ、俺はまだ夢の中をさ迷っているんだ。
そう思わないと、何をしでかすか自分でも分からなかった。自分が自分でいられる自信がなかった。我を忘れて、何もかもめちゃくちゃに壊してしまいそうだと思うと、怖くて仕方がなかった。

俺が覚悟を決めなくても、現実は自ら俺の元へとやって来た。
あの人は、消えた。もう、戻ってこない。

それなのに、これは一体どういうことだろう。

スマホの液晶画面に映し出されたメッセージ。
送り主の名前を見た瞬間、言葉を失った。

5年前、別れの言葉もなく、鍵だけを置いて俺の前から突然姿を消した、人生で最初で最後の最愛の人。

"久しぶりに食事でもどうかな。
今日の21時、いつものレストランで待ってる"

5年ぶりのメッセージだというのに、たったの二文。簡潔に要件を伝える淡々とした文章は、実に彼らしい。
読むのに10秒もかからないそのメッセージを俺は何度も 繰り返し読んだ。久しぶりに食事でもどうかな。今日の21時、いつものレストランで待ってる。何度も繰り返す内に、頭の中でたった二文のメッセージを読む愛おしい声が響く。優しく、まるで絹のように透き通った温かい声。

不思議と躊躇いはなかった。心が弾む、といったこともなかった。むしろ自分でも怖いくらい冷静だった。返事は送らず、すっかり冷めてしまったコーヒーを喉へ流し込む。美味しくないはずの冷めたコーヒーも、その瞬間だけは甘美な味わいがした。

「全くもって理解できないな」

目線はパソコンへ向けたまま、俺の話を聞いた親友は色のない声で俺に詰る。
他人から見たらその感情は読み取れないだろうが、付き合いの長い俺には分かる。こっちを見ないということは、特段不機嫌だということだ。

「あの人が俺を誘ったことか?それとも、俺があの人の誘いに対して何も思わなかったことか?」
「どっちもだ。鍵を置いていったってことは、恋人関係を自分から断ったってことだろ?それから5年も何も音沙汰がなかったのに急に連絡してきた上に他人行儀な誘いなんてどうかしてる」
「あの人がどこか不思議なのは昔からだろ。半月ほど連絡がなかった時もあったし、売れてきてからは余計に連絡取れなかった」
「それはまだ付き合ってた頃だろ。俺が言いたいのは自分から突き放した相手に急に親しい友達みたいに接しようとしてるのが理解できないんだよ」

キーボードを叩く音が徐々に強くなる。これは相当イライラしてるな。珍しいこともあるもんだ。
彼との付き合いはあの人よりも長く、高校生の時から互いに音楽のことで意気投合していた。あの人とのことも、俺は彼にしか話していないが、何故か彼はあの人に対して容赦が無い。

「お前は満足してるのか?あの人から直接誘われて」
「まあ……俺の事なんかもう忘れたと思ってたから俺の見間違いかと思ったけど。ずっと知りたかったことを聞けるチャンスかと思ったら、少しずつ気持ちが晴れてった。……これでやっと5年前のしがらみから解放されると思うとさ」

あの人から突然別れを告げられてからの5年間。俺は決してあの人を諦めなかった。きっとまた俺の元に帰ってきてくれる、俺と一緒にいてくれる、離れるなんてありえない。諦めなかったというよりは、信じたくなかった、認めたくなかったと言った方が正しいかもしれない。

「……まあ、お前がそれですっきりするって言うなら俺は止めないけど。変なことだけは考えるなよ」
「変なことって?」
「……なんでもない」

何かを言いかけたものの彼はその正体を明かさず、以降も口を開かなかった。無言で再び作業へ戻った彼に合わせて、俺も作業を再開しようと背伸びをする。
久しぶりに食事でもどうかな。今日の21時、いつものレストランで待ってる。まだあのメッセージが頭に焼きついて離れず、壊れたカセットテープのように俺の頭の中で繰り返される。
───どうしてあの日、俺を置いていったの。
5年前からずっと答えを探し求めていた疑問。知れば自分はどうなってしまうのか、想像もつかない。
それでも俺は知りたかった。たとえその答えが俺の意志にそぐわないものだったとしても。
久しぶりに食事でもどうかな。今日の21時、いつものレストランで待ってる。スマホを開けば当然のようにメッセージが浮かび上がる。受け取った数時間ぶりに俺は返事を送った。

"俺もずっと聞きたかったことがあるんだ。
今日の21時、待ってるから"



5
当たり前の優しさが欲しかった。
人並みの温もりが欲しかった。

たったそれだけなのに。そんな願望を持つことすら許されない世界に、僕は生まれてしまった。

毎日のように振るわれる暴力の数々。理由もわからず、抵抗すればさらに酷い暴力が襲いかかる。
痛いと、やめてと、助けてと訴えても、誰もやめてくれなかった。手を差し伸べて助けてもくれなかった。
見て見ぬフリをして、傷だらけで惨めな僕を見捨てた。

ボロボロで、今にも崩壊しそうな僕の心を癒してくれたのは、何とか守り抜くことができた僕の部屋。
亡くなったお父さんと、遠くで暮らすお母さんと、僕とを繋いでくれる、家族の思い出が詰まった大切な場所。部屋中に飾られた親子の写真と、お母さんから週に一回届く手紙の数々は、今まで僕の傷ついた心を何度も癒してくれた。

お父さんとお母さんが僕の誕生日に買ってくれた砂時計も、大事な宝物の1つだった。
砂時計を傾けては、今日一日の自分を振り返り、お母さんに語りかけるように話す。それが、地獄のような毎日を過ごす中で唯一の自由と癒しを得ることができる時間だった。

お母さん、聞いてよ。僕ね、今日泣かなかったんだよ。
痛くても、苦しくても、泣かずに我慢したんだよ。
ちゃんと”いい子”でいたんだよ。褒めてよ、ねぇ。頭を撫でて、「いい子ね」って、褒めてよ…。

せっかく今日は泣かなかったのに。寂しさと虚しさで涙が止まらなくなる。

この砂時計の砂が落ちきる頃には、こんな悪夢のような日々も終わるのかな。
それとも、これはタチの悪い夢か何かで、目が覚めればお父さんとお母さんがいて、「おはよう」って笑顔で声をかけてくれるのかな。
──そんな都合のいいことばかり考えては、毎日裏切られて悲しみに暮れて。それでもやめられなくて。
じゃないと僕が壊れてしまいそうだったから。今すぐにでも喉を掻き切って死んでしまいそうだったから。

誰か、僕に優しさを、温もりをください。
この砂時計の砂が、落ち切ってしまう前に。



6
天井を見上げれば、太いロープがぶら下げられ、さも絞首台を登る死刑囚のようだった。

恥ばかりのろくでもない人生だった。
父親の仕事の関係で各地を転々とし、いつしか友達を作ることを諦め、学校では常に孤立し続けた。それ故にお節介な教諭は余計な世話を焼き、感化された同級生は上辺だけの薄っぺらい偽善めいた言葉を吐き捨てていく。心にもない言葉の数々に吐き気が止まらず、それでも問題を起こすなと告げた厳格な父の言葉に従い、ありとあらゆる感情を抑えて、平然を装っていた。
俺を守ってくれる人は、この世のどこにもいなかった。
そんな世界から消えたかった。なのに、どうしてだろう。"死"に対して、並々ならぬ恐怖を抱いていた。この世界から消えてなくなりたいはずなのに。俺は、死ぬことが怖くて仕方ないのだ。だから今もこうして、足がすくんで動けなくなっている。そして、嗚咽をあげて涙するのだ。また失敗したと。また死ねなかったと。失うものなど何も無いはずなのに。どうして。どうして死ねない?どうして死を恐れてしまう?
何度も考えた。答えが出たことは一度もない。だが考えずにはいられなかった。早く、こんな世界から消えたかったから。こんな苦しみから解放されたかったから。

「なあ、お前はどう思う?」
「少なくともあんたみたいに人生を重く考えたりしてないからよく分からん」

同じ花屋で働く少年は率直な感想を述べると、スタスタと手早く店内の清掃を再開させる。彼は素直な少年だ。周りに流されず、確固たる自分を持って生きている。厳格な父に従い、父の機嫌を伺いながら自分を殺して生きてきた俺とは大違いだ。



7
「おねがい」

それは、別れを盾にした誘惑の言葉。
鼓膜を擽る甘い声が、底知れぬ堕落へと誘おうとする。

目の前の彼は、まるで人類の祖を唆し楽園を追い出した蛇そのものだ。
涙を溜めた潤んだ瞳、濡れた唇、袖を掴む震えた腕。縋るように俺を見つめる彼の姿は、この世の誰よりも美しかった。
永遠を誓うはずだった、恋人よりも。

あの日君ともう一度出会わなければ。
あの日君とまた会おうと約束しなければ。
何もかも忘れられたというのに。

「僕を、連れ去って」

懇願の言葉が終わると同時に、不釣り合いな祝福の鐘の音が教会に鳴り響いた。 




8
君はまるで春風のようだね、と言った僕に、君は春生まれだから?と笑った。

僕の心を和ませ温かくしてくれるその爽やかな笑顔は、温かな春を運んでくれる風のように優しく愛おしかった。




詩的文章に飢えている

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