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【序2-1/2】 陽香漂う倭國

陽香ロマンただよ倭國わこく

文化ちからの交流

1 筑後川流域國
2 奴國の変化

筑後川流域國

祖父エト(四十歳)、父シン(十歳)が早良國を潰されたのが135年。
激情を沈めてくれた夜の星々と月の輝きに必ず再興すると誓ってから40年ほど経っただろうか。

九州北部にあたる太宰府を中心とする地域に都國とくにが、その東方面に広がる朝倉杷木地方までに臣國しんくに呼國こくに馬國まくにがある。
都國の南部、基山小郡に支國しくにが、その東に鬼國きくにがあり、合わせて六つのくにを束ねて筑國ちくこくと呼ぶ。

175年 シンの娘ミチ(二十歳)が大陸を出て、末盧國に着岸。背振りの峰を越え好古都國こうことこく(吉野ヶ里)にしばらく滞在、そして二十四歳でここ都國のさいムラに入村したのは180年になっていた。
よそ者扱いで苦労したがそれから七年も経てばいつしか皆からミチは日女ひめさまと呼ばれるまでになった。

170年  草の実の戦い間近(筑國 草創期)

ミチが宰ムラに入村する10年前
都、臣、呼がくにとして定まっていなかった頃は、縄文から弥生へ定着する過渡期だった。
その時代、そこに暮らす民にとっては生活の変化はその地形・気候からなる風土に従うしかなかった。画一的に弥生の象徴である稲作文化が国々、地方、列島隅々の全てに足並みを揃えるということは有り得ない。
徐々に、まばらに移行、浸透してゆくし、浸透しない所もある。

広大な筑紫平野を見渡せる範囲に前身の都臣呼のクニ(旧態)がある。
リンとロンの兄弟はここを治めていた。
じゅうほどのムラにはかしらが一人づついて、一人の頭の元には二十から五十世帯およそ成人の男衆おとこしゅう百名を束ねている。
リンとロンはその十人の頭の酋長しゅうちょうであった。

ロンはリンと兄弟というものの顔は似ず、性格はとても優しい人物で、といってもそれは幼少期の頃の話。
 ある時、頭たちとの宴の場で、リンが酒の肴に持ち出すのがこの童期わらべのころのロンに起きたある出来事だった。

―――なんでも、ロンが一人で草むらで遊んでいると目の前に狼の子供がじゃれついて来たそうな。
育ての親から聞かされていたのは(野獣の子のそばには必ず親がいる、だから絶対近づくな!)と。 しかし、ロンはその狼の子にれてしまった。 触れた瞬間その子はロンの腕の中に倒れ込んでしまった。 よく見るとその子の左首付近から血がしたたり毛並みがべとついていたんだと。
幼かったロンも事態の重大さは理解できた。
そしてすぐに自分の後ろにただならぬ気配を感じ振り向くと、親の狼だろうか鋭い目つきでロンを見下ろしていた。
ロンが幼いとき優しかったというのは今では全くま~ッたく理解できないが、その片鱗というかロンの凄さが滲みでているのがこの時の行動だろう。
 ロンは相手が大人でも野獣の狼だろうがひるまなかった。 自分の腕の中で倒れたこんだ狼の子は親友だ! ってのぼせとったんだろう
近くにいる親ではなくオレの傍で倒れこんだ。と。
ロンは必死にこの子を助けるんだ! と自分の小さな背中で狼の子を隠すようにして大人の狼に向けて両腕をいっぱいに広げて見せた。
大きな狼はフンと鼻をならしロンの左脇にその鼻先を突っ込むと左にゆっくり押しのけた。
ロンは簡単によろめき倒れ込んでしまった。
大きくて赤い狼のベロは我が子の傷口を舐め上げた。
次の瞬間
「ヲォ~オ~~ン」
と天を仰いでいた。

 リンは、狼になったつもりで真似してみせると
すぐさま、続きを始めた。

大きな狼は我が子をくわえゆっくりと幼いロンの体の周りを何度も回った。
自分の匂いを何度も何度もこすりつけて行ったのだ。
去りゆく後ろ姿が小さく消えるだろうかとする時、四、五頭の狼が子を咥えた狼の周囲をうろつき、人間の匂いのする毛並み辺りを何度も何度も嗅ぎ回し各々天を仰いでいた。

ここまで話すとリンは皆を見回して、決まってロンはこうさとすんだ。と言って
「いいか! 自然っていう奴はな~、真剣な者に対して、わかってるんだよ~!」と。
リンはロンの口調くちょうを真似て皆に伝える。

皆はキョトンとした。
今の話でどこに真剣な者がいた?と一人の頭がおどけて立ち上がると
狼の真似をしたリンと同じように
「ヲォ~オ~~ン」と鳴いてみせると
「これが真剣か?」と皆を誘った。

ロンの事を話すリンを茶化ちゃかすようにかしらたちは一斉に腹を抱えて笑いこけてみせた。
一部始終を横で聞いていたロンはたまらず口をひらいた。
「先手必勝! 勝負は生きるか死ぬかだ。やられる前にやる!」
かしらたちは尚、意味がわからねえと言ったり「本家本元は迫力が違うね~」とロンを茶化して腹を抱えてまた爆笑した。

リンが静とすればロンは動。
群れる事を嫌い常に孤独な影をおとすロン。
唯一ゆいいつ手なずけるのはリンだけだった。
十人の頭はそれぞれにくせの強い猛者もさども。

実はこの筑紫平野を治める代々の酋長と交易を通じてイザという備えを“男衆の結束”をもってクニ同士の団結を計って主導したのが大陸にいる成長したシンだった。

娘のミチは、父が描く復興の夢を聞いてやって来たのだ。 それは、間もなくこの一帯の機が熟するのを感じた父の判断があっての事だった。

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