それでも私が「親の会」に参加する理由③


続きです。
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③未来が少し良くなるかも

私が子育てしているこの十数年の間にも、医療的ケアのある子を取り巻く環境は良くなってきました。

1番大きかった変化は、放課後デイサービスが使えるようになったことです。
私が引きこもりから脱した頃は、放課後デイ事業所は増えたけど、医療的ケア児を受け入れてくれる所は殆ど無く、学生生活は親にとってとても厳しいものになると聞いていました。
それが、いざ入学してみると数は少ないですが、受け入れてくれる事業所はあって、お陰さまでうちの子も家と学校以外で、楽しく過ごせる場所を見つけられました。

この変化は、親の会が自治体に要望としてずっと出し続けたことから実現しました。
要望を出すといっても、市役所の前でプラカードを持って座り込んだ訳ではないですよ。

毎年、障害者支援を企画している市役所の担当者さんと根気よく話し合ったのです。
私もうちの子が小学生になってから、その会議に出席させてもらいましたが、その淡々としていながら的確な進行は出席した皆さんの本気を感じました。(私は末席で度肝を抜かれてジッとしていました。情けない…)

  • 昨年のこの要望は、持ち帰って検討となったが、その後どうなりましたか?

  • 他の部署との検討が必要になったこの要望は、どのようなお話になりましたか?

と進んでいくのです。

年度が変わり担当者さんが交代して分からないと言われたら、最初からその要望の必要性、昨年度までの話し合いの進捗を説明します。
誰も声を荒げたり、自治体の対応を責めたりしません。
あくまで、子ども達が生きやすい未来を作るために、どうすれば良いのかを考えて発言・行動しています。

ものすごい迫力でした。

こうして、何十年にも渡って色々な要望を交渉して実現した結果、今私はその恩恵にあずかって生活しているのだなとわかりました。
うちの子世代のお母さん方と話していると、現状の福祉サービスに満足している方もいます。
子どもと離れる時間が出来て、少しづつ働きはじめた方もいます。とても良い事です。現状に感謝しかありません。

でも、それだけで良いのでしょうか。本当にこれで安泰なのでしょうか。

先のことを考えると「親亡き後」問題、災害が多発する昨今においては「福祉避難所つかえない」問題、まだまだ考えなければいけないことはあります。
困った事になってから市役所の窓口で泣いても喚いても何も変わりません。
ただのクレーマー扱いをされるだけです。
個人で自治体に投書しても、どれ程の効果があるでしょうか。
しかし、1つの団体として要望を出せば、そこに所属する何十人何百人の総意として扱われます。
それでも直ぐに実現するものではないですが、現状これが1番の道だと思います。

この令和の時代にずいぶんと泥臭いことですが、私がそれをしなかった結果困るのはうちの子なのです。


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