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Birth Of New Order3

まずBONO3において一番大きな肩透かしは、満を持してサザが登場したが大したことなかった点である。
1や2で至れなかった到達点に至るための鍵としては、あまりにも弱い。
あれだけサザがいれば、という話を出しておきながら、そこまでサンクチュアサイドのバックボーン足りえる描写がなかった。
有り体に言ってしまえば、最初から最後までふざけていただけにしか見えなかった。
そして、なぜこの人が団長なんだろうか、と疑問を抱き続けた。

確かに戦闘での見せ場はないこともなかった。
しかしまず初っ端にイスカに遅れをとった段階で、すごくがっかりした。
(理想としては覚悟のないイスカに情けを見せて背を向けるも、悔しさと私が手を汚せば的に殺してしまいもう戻れなくなる、くらいの悲壮感をきちんと描写してもらえたら、1と2であんなに拗れたのも多少納得がいくのかな、と感じた)
中盤あたりでイスカに後れを取った理由が開示されるも、完全に機を逸しているようにしか感じなかった。遅すぎると。そしてそれまでに別の角度から強さを補完されることもなかった(闇雲に影に飲まれたりした)ので、戦闘能力が高いから団長になっているという筋が見えてこなかった。

精神面としても、将来を誓った仲としてラーシャを支えるとかそういうこともなくふざけ、
副団長に甘えっぱなしでふざけ、シリスを多少いじりふざけ、マグエル先輩とはあまり絡まずふざけ…
とにかく、どうしてこの人団長なの?という疑問符ばかりが付きまとった。
緊張感のある組織だから、というならば執行騎士周りのやり取りがコメディタッチすぎるものしかなく、メリハリがない。
団長を譲るくだりなどは、あまりの茶番感に乾いた笑いが出たくらいだ。
2週目の世界でもONはこんな感じにきっちりやってます、しっかり団長やってますというのをもっと具体的に見せてくれると(この際匂わせでもいいから)もう少しサザのキャラクターが深まったのではないかと感じた。

まずサザのそういう意味でのバランスの悪さが物語への没入感を阻害した。


サザ同様、3での変化点として2週目魔法使いさんの存在も挙げられるが、その活躍もほとんどなかった。
いや、動いてはいた。動いてはいたけれど、満足のいく動きではなかった。
なぜか。
それは魔法使いさんの行動によって生じた変化が、あまりにも不自然すぎたからだ。
これほどまでにご都合を見せつけられる物語もそうそう無い。

確かに展開は変わった。結末も変わった。しかし「それだけ」なのである。
展開ありき、結末ありきの物語だったから、物語が進めば進むほど、読み手と乖離していってしまうのだ。

キャラクターにも感情がある、と個人的には考えている。
そういうキャラクターの感情の機微や変化も楽しみの一つなのは当然ながら、そもそも読み手はそこを通して物語を観ているのである。
だからこそ、キャラクターの描写が魅力的であればあるほど、読み手はその世界にのめりこむ。
共感し、心を重ねるのだ。
(もちろん、共感ありきでなく楽しめる物語はたくさんあるが)

しかしBONOにおいては、キャラクターの感情<<<<<<書き手が書きたい展開なので、しばしばキャラクターが捻じ曲げられる。
(というかこのライターさんはどの話でもそうなんじゃないかと感じているのだが。閑話休題)
今回、おそらく一番大きく割を食ったのはイスカではないかと思う。
そして多分イスカが主軸の物語であるから、そこに破綻が生じれば物語自体も破綻する。

魔法使いさんが何かを発言したり、行動したりする度に展開が変化する。
そしてその度に一切抵抗することなくその変化を受け入れ、自分の主張をコロコロ変えてしまう。
今回のイスカはそれだけのキャラクターだった。
(なにかとリュオンが槍玉にあげられるが、リュオンは性格的にそこまで前シリーズと遜色なかった。恋愛対象がイスカに転じているような雰囲気をだしてはいるが、逆に言えばそのくらいしか違いを感じなかった)

1や2で、あれだけ共存を訴えていながらその結末を描くことなく、とりあえず降りかかる火の粉を払っておしまいになってしまったのは、BONOシリーズはじゃあ一体何の話だったの?と言われても仕方がないことだと思う。

個人的には、問題の根幹はそこなのではないかと考えている。
BONOには主人公と言える人物がいない。
イスカは前述のとおりだし、リュオンも特になにか目指したところがあるわけでもない。
ラーシャもシリスもマグエルもサザもサブキャラクターとして世界に振り回されている。
魔法使いさんは1・2は振り回され、3では展開を動かす装置と化してしまっていた。

リュオンとイスカの愛憎劇、悲恋物とは思えない。
とにかく愛も憎も描き切れていない。当たり前だ。感情が破綻しているのだから。
感情が破綻しているのに、心の機微の最たるものである恋愛など描けるわけがない。
(とにかくBONOは一事が万事、「これは恋仲になっていくという設定です」「執行騎士はシビアな立場だという設定です」「3では特に触れないけど、同調の度にリスクがある設定のままです」という設定ありきで、読み手が補完しなければならないのだ。
これはもう読解力とかいう問題ではなく、書き手の描写不足だろう)

サンクチュアとインフェルナと審判獣の三つ巴戦争物とも思えない。
悲劇的な死があればいいわけではない。
それぞれの信条もさほど強固でなく、どちらかと言えば踊らされているに過ぎない哀れな諍いでしかなかった。この辺は2のほうが愚かな人間の争いがあり、まだマシだった。3で茶番と化した。


審判獣に至っては、設定や展開に矛盾がありすぎて舞台装置としても弱すぎる。
人間を捨てた割には、人間を餌にしたり取り込んだりしたがるので、もはや意味不明だった。
(どうせならニュクスが審判獣を生む前に試行錯誤した失敗作が人間だったというような設定のほうが齟齬がないと思う。審判獣はギガントマキアでニュクスになりたいわけだし、そのニュクスに近づくために同族食いをしたり創造物のひとつである人間を食べたがるという設定だと矛盾が生じないのでは。そしてイスカの存在やリュオンが半審判獣になったことは、人間と審判獣の共存にある種の希望となったのでは)
ニュクスもニュクスで、いったい何を超越しているのかわからない程度には小物だったのが残念である。
Birth Of New Orderがニュクス視点のタイトル(目論見が潰えたからBONOは完結したのかも)だろうに、大いなる陰謀の前に哀れに踊らされる矮小な人間たち、の物語にしては野望も地味だしそれをひっくり返そうとするカタストロフィもなかった。なんならほっとけば死ぬのだから。


こうしていろいろ考えてみると、2がやはり問題だったように感じる。
2でもう少し先まで見せればよかったのだ。
特にギガントマキアの起こした悲劇が省略されてしまったのは痛いと思う。
その悲劇を描き切り、3で大団円に飛び立つための「溜め」にするべきだった。
もちろん、ユーザーからは袋叩きに合うだろう。しかしきちんと描き切れればそれはそれで一定の評価を得られたはずなのだ。

2でギガントマキアを見せ、登場人物が散っていき、最後のすがる思いで魔法使いさんに託すところまで進められたら、すごく印象が変わるのではないか。鬱だけど。それでいいのでは。
2の締めが人々を船に避難させてリュオンをなんとかするぞ、さあこれからだ!というところだったのが3が不興を買ってしまった要素の大きな一つだろう。
さらに魔法使いさんだけはその省略された歴史の中で登場人物と関係を築いてきてしまったせいで、魔法使い≒読み手の同調にズレが生じてしまったのもよくなかった。
結果的にこれらのせいで、読み手はスタートの段階で置いてけぼりにされてしまったのだから。

よく言われているが、個人的には1も2もなかったことにはなっていないと感じている。
ただし、1と2は時間軸が同一であるのでつながりがまだわかりやすいのに対し、時間軸がズレてしまった3が孤立しているように感じるのは仕方がないことだろう。
(ティレティなど他の異界と矛盾が生じるというのは、おそらく死界にいたティレティはあくまで3の後のティレティだと考えるといいと思う。
パラレル収束するまでは運命は確定せず、死後に運命が確定し魂は死界に向かうと。
エタクロ3でアリスが死にまくったけど死界にいってないと考えればすごくわかりにくいけどわかりやすいかも)


悲劇的な世界で、それでも強く生きていく。
そういう要素を丁寧に展開できていれば、BONOの評価はもっとよくなっただろう。
読み手の感情もきちんとコントロールできるようにならないと、どこまでも乖離が広がってしまう。

BONOを読んでいると、しばしば混乱してしまうのだ。
大筋と描写が食い違っていることが多く、描写を一つ一つきちんと読むタイプの読み手だと、読めば読むほど混乱する。
逆に大筋の展開で捉えるタイプの読み手は、そこまで混乱せず、BONOも受け入れられたのではないだろうか。

例えば、会社や学校に遅刻しそうだとする。しかしそんな時に限って忘れ物を取りに戻ったり、信号にことごとく止められ、挙句の果てに電車は遅延していた。
さて、そうなると当然遅刻は確実だろうと感じるだろう。
しかしBONOではこの場合でも遅刻しないのだ。そして遅刻しなかった理由は特に触れられない。
当然、読み進めた読者は納得しないし、疑問が残り続ける。物語に裏切られ続け、ストレスを感じる。
だがこの場合、物語の中では「遅刻しなかった」ことが正史なのである。
そこだけを捉えれば、ストレスはたまらないのだ。BONOにも肯定的になれるのだ。
敢えてミスリードを促す物語もあれど、しかしBONOではそうすることにメリットは無いので、これは技術力の問題だといえる。

ライターもおそらく悪気はないのだろうし、そもそも読み手の気持ちを考えないかその必要がないと考えているのだと思う。
そうでなければ何故リュオンに人気があるのかわからないわけがない。

次回作はリーダーフレンドリーな物語になることを願ってやまない。

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