「いかなる花の咲くやらん」第7章第3.1話 「十郎、襲われる。」
その日も十郎は虎女に会うために大磯に向かっていた。
二宮の小動浜に差し掛かった時、背後にヒューと音がした。振り返ると一本の矢が十郎めがけて飛んできた。
「しまった」
よもやこれまでと思った時にどこからともなく黒い米俵のような物が現れ、矢を受け止めた。
「なんだ。なんだ。確実に仕留めたと思ったのに。いったい何が起こったのだ」
一人の賊が驚いている間に、もう一人の賊が刀を抜いて、体勢を崩して落馬した十郎に斬りかかってきた。
ところがその切っ先は大きな火花を散らしながら、折れて飛んで行った。
またもや黒い米俵のようなものが、賊と十郎の間に割って入ったのだ。
「い、い、石が飛んできた。主は妖術を使うのか」
「引け。妖術にはかなわん」
「そうだな。ひとまず帰って、佑経様に報告しなくては」
賊はほうほうの体で逃げ帰っていった。
驚いたのは賊だけではない。十郎もまた、目の前に転がる矢の刺さった石を呆然と見つめていた。
十郎を襲ったのは佑経の家来であった。家来たちは佑経の屋敷へ戻った。
昨今、建長寺や八幡宮などをはじめ多くの建造物が鎌倉に建てられるにあたり、材木を扱う座(商工所)ができたことから、この辺りを材木座というようになった。佑経の屋敷はその材木座にあった。
「なに、しくじっただと。あの兄弟を野放しにするわけにはいかんのだ。あいつらは必ずわしを殺しに来る。仇討ちなど考えていないかのようなふりをして居るが、五郎が山を下りたのが何よりの証だ。この役立たずどもめ」
「しかし、十郎は妖術を使ったのです。一抱えもあるような大きな黒い石が突然現れ、我々を邪魔しました」
「矢を受け止め、刀の切っ先を跳ね返しました」
「あな、おそろしや」
「妖術だと。ならば、それは五郎の力であろう。あやつめ、箱根山での修行でとんだ力を手に入れおったな。これからはうかうかできぬな。常に警護怠らぬようにせねば」
「五郎の力でしたか」
「ああ、実はな正月に雉が屋敷に舞い込んできたことがあったろう。それの吉兆を占わせたのだ。すると、凶とでた。それも五郎の業に違いない。ええい、忌々しい。お払いだ。お払いの支度をいたせ」
次回「いかなる花の咲くやらん」第7章第3.2話「身代わり石」に続く