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花屋さんで花を買ったこと

 一度だけ、花屋さんで花を買ったことがある。

 ふくろうずというバンドが好きだった。はじめはTSUTAYAで知った。なんとなく見たオススメCDのコーナーにふくろうずの「砂漠の流刑地」というアルバムがあり、なんとなく目に止まってなんとなく借りた。

 パソコンに取り込んだものの、なんとなくで借りたのであまり聴くこともなく忘れていた。数年経って、iTunesをシャッフル再生で聴いている時に「なんだこの冒険アニメのOPみたいないい感じの曲」という感じの曲が流れてきた。確認するとそれは「砂漠の流刑地」に入っている「もんしろ」だった。

 気になるとすぐに掘り下げる性格なので、ふくろうずのことをネットで調べまくった。過去に出たアルバムをチェックし、インタビュー記事を遡って読んだ。私が数年ぼんやりしている間にドラムの人が辞めていたこともわかった。でも、バンドは活動を続けていて、新譜も出てるしライブもやっていた。

 いいな、と思ったのはボーカルの内田万里さんがバンドの主導権を握っていることだった。男性メンバーの中に一人だけ女性ボーカルというと、ボーカルはフロントマンに徹していて楽曲やバンドのコンセプトは他の男性メンバーが牛耳っているようなイメージがあった。でも、ふくろうずは内田さんが詞も曲も作り、対外的にも実質的にもバンドの中心なのだ。しかも、そうなった理由が「最初にバンドをやろうって集まった時に、他の人は何も作ってこなかったから」という、なんともネガティブでゆるい経緯だったところに飾らない魅力を感じた。

 それから何度もライブに足を運んだ。どのライブのMCでも内田さんはフワッと話し、ベースの安西卓丸さんはボソボソと話し、ギターの石井竜太さんは一言も喋らなかった。演奏となると、そんなちぐはぐな人たちの息がぴたりと合う。内田さんはやわらかく妖しい歌声で無邪気に鍵盤を弾き語り、卓丸さんは穏やかなベースも時に聞かせる歌も優しく、石井さんは歪んだ音もテクニカルなフレーズもストイックに鳴らした。

 お客さんが控えめな人たちだった。曲調にかかわらず、椅子のあるライブであればほとんどのお客さんは座って耳を傾けていた。アンコールになってから「立たないのかい?」「立ってもいいよ?」と内田さんに促され、おずおずと立ったりした。スカートとのツーマンライブでは、あまりの行儀の良さに澤部さんが不安がるくらいだった。まぎれもなくふくろうずの客である私にはかえって居心地が良かった。

 コンセプチュアルなライブが多くて、全員が和装で登場したり、360度客席がある円形ステージで演奏したり、イルミネーションを施した木が並んでいたりと、趣向を凝らしていた。

 ある時のライブで「なんでもいいので花を持ってきてください。それをステージに飾ります」というような告知があった。家の引き出しからちょちょいと出すものではないので買うしかない。私は会場に行くまでのルートで花屋さんのある駅を探し、初めて自分で花を買った。

 花屋さんに入るだけで少し緊張した。選んでいる時に、ちゃんと花を選ぶ人の動きが出来ているのか不安だった。名前は忘れたけれど白い小さな花を買った。一輪買うだけならそんなに値の張るものでもないと知った。

 会場につくとそれぞれの持ちよった花がステージにずらりと並び、それはそれは色あざやかだった。中にはカリフラワーを持ってきて飾っていった人がいて、ライブ中に見つけられて笑いを誘っていた。そういう手もあったのかと少し悔しかった。

 バンドの10周年記念ライブがあった。公演は2017年12月24日。秋頃にあったライブの終演後、会場でチケットが先行販売されていた。きっと他に何の予定もないと思ったので迷わずその場でチケットを買い、予定通りに何の予定もなかったので無事に行けた。

 当日、クリスマスを意識してか内田さんは赤い服を着ていた。サポートのドラムは以前に脱退した高城さんで、過去の曲をアルバムの音源と同じメンバーの演奏で聴けるのは嬉しかった。曲数も多くて贅沢なライブだった。私が大好きな曲「グッドナイトイズカミング」も聴けた。安西さんのMCを内田さんが強引に寸断して「グッドナイトイズカミィィィン!」と始まったのが、ふくろうずらしかった。

 アンコールでライブのタイトル「ごめんね、ありがとライブ」の由来である「ごめんね」が披露された。しかし、内田さんは「もう一曲やりたい」と話し、メンバーと相談して「エバーグリーン」を演奏した。「まだ やってないことあったっけな 全部 やったしやってないって感じ エバーグリーン、ずっと」と歌い、内田さんは曲が終わる前にステージから去った。

 終演後、内田さんは赤い服のままロビーに出てお客さんと交流していた。これまで行ったライブでそんなことは無かったので、ちょっと不思議だった。どうしようか迷ったけれど、面識のない人としゃべることは最も苦手なので遠慮した。要するにビビッて帰った。今日はいいや。

 帰る途中の電車で、いくつか気になった。安西さんが「10年続けたことは他にない」と言ったこと。最後の曲を決める時に「大事な曲はだいたいやったもんね」と内田さんがつぶやいたこと。内田さんに「楽しかったよね?」と尋ねられた石井さんが小さく頷いたこと。「ごめんね、ありがとライブ」というタイトル。「エバーグリーン」の歌詞。そして、ロビーに出ていた内田さん。

 思い返すと、まるで解散するバンドの最後のライブみたいだった。でも、10周年で過去を振り返るのは普通だし、解散する話なんてどこにも出ていない。いらない心配は、いらないだろう。

 次の日、ふくろうずは解散していた。最後のライブをしんみりさせずに楽しくやりたかったから、発表を後にしたとのことだ。

 いろんな謎が解けてしまった。最後みたいなライブは、本当に最後だった。昨日、「10年やってみてわかったこと……。ふくろうずは、だめなバンドー!」と叫んで笑わせてくれただめなバンドの人たちは、本当はどんな気持ちだったのか。

 あれから一度も花屋さんに行ってない。ふくろうずを知らなければ、いまだに花を買うことのない人生だった。色気の欠片もない人間に、花を選ぶような繊細な時間を一時でもくれたふくろうずは、間違いなく「いいバンド」だった。少なくとも私にとっては。