瀬尾夏美
小森はるか+瀬尾夏美による、2018年9月1日から15日までの滞在制作についてなどを、おもに瀬尾が綴ります。
私はふるさとに帰る 海に出てから船はよく揺れたが、数日経った頃にはH町に到着した 私は港から駅行きのバスに乗り、本州を南下する汽車に乗った ふるさとまではあと数日かかるようだ およそ4年ぶりの帰郷であって、戦争に負けた後この国に一体何が起きて、いまどういう状況なのかはよく分からないし、分かりたくもない気がする 例えばさっき私が通ってきた海は、いまは一体どのような名前で呼ばれているのだろう ぼんやりと問いが浮かんだが、それに対しての何かを考える力は残っていないようだった 私は空
私はふるさとに帰る ついに戦場に行かなかった私は、どうやら生きて帰ることになった 汽車は、生き残った兵士たちで溢れかえっていた 若い男たちがぎゅう詰めになった車内には汗のにおいが充満し、鼻の奥にツンと刺さる 私は思わず吐きそうになる 腹の調子が悪い よろめきながら人をかきわけ、車内を進む 汽車の連結部分で、尻を出して糞を垂れる 走る汽車から線路上に落ちたそれは、瞬く間に見えなくなった 私はしゃがみ込んでいた体勢から前傾に崩れ、額を床の鉄板につけるような形になる 出したままの尻
※Sはとある地方の都市。 ーー 私は戦地に行く 私は戦地に行く 私はと言えば、戦争はどこかばかばかしいものだと思っている なぜそんな認識になったのか、今となってはよく分からない 頭が半端に悪くて、身体は強くも弱くもなく、ずるい性格だったからだろう これと言ってはっきりとやりたいことがあった訳ではなかったが、若いうちに死にたいとは思えなかった きっと勝てない戦争だと思っていた 相手は強い 私たちがこんなにひもじい食事をしている間に、あちらは整備された道路を自家用車で走
※Rは沿岸のまずしい田舎まち。 ーー 私は戦地に行く 戦争が怖いとか死ぬのが怖いとか、そういう気持ちは特にない 本当になんというか、取り立ててこれと言った感情がない ただ世の中がこうだから、時期が来たら行くものだと思っていた それが明日なのか来月なのか来年なのか、どれもあり得るし、どれでもよい、というような気がする 労働でくたくたになった身体で床につき、そんなことが一瞬頭をよぎって、次の瞬間には眠りに落ちる すると、すぐに朝が来る 淡々とした毎日であった 先に兵隊にと
それは、春になる前の寒い日のこと 午後の仕事が落ち着いて、 ちょうどひと息入れようかというころにね 大きく大きく、地面が揺れた 遠くの海がたちまちふくれ、 そのままぱちんとはじけてしまって、 まちに覆いかぶさった 雪降りの夜が明けて、 浮かびあがってきた風景に みなが立ち尽くしていたときにね 男の人たち、壊れたまちまで降りて、 生き残った人を探したんだよ 毎日毎日探してね 助けられた人もいたと思うが、ほとんどは死んだ人だった きれいに並べたその身体に、まちの人らは別れを
一年目のその日の光景を、私はよく憶えている 私は、津波に洗われたまちを訪れた 海辺には、流されたものたちが片付けられ、 高く積まれた「瓦礫山」があった 人びとがぞろぞろと並び、それに登っていく 私も列についていくことにした たいして高くはない山の上からは、流されたまちが一望できた すっかりと晴れて、どこまでも遠くが見える 周りの人たちは、ひそひそ声で話し合いながら、 ここに何があったのかを思い出そうとしているようだった 人びとの列は山の頂上で終わっている訳ではな
2031年、春 僕の暮らしているまちの下には、 お父さんとお母さんが育ったまちがある ある日、お父さんが教えてくれた 僕が走ったり跳ねたりしてもびくともしない この地面の下にまちがあるなんて、 僕は全然気がつかなかった 下のまちの人はどうしているの、と尋ねると、 お父さんは、僕をまちの真ん中の広場まで連れて行った そこは僕が友だちと遊びに行く、いつもの広場 広場の真ん中には大きな石碑がある お父さんについて石碑の裏に回ると、ちいさな扉があった こんな扉があるなんて
いよいよというか、思っていたよりもずっと早く、9月がやってくる。 1日から15日のあいだ陸前高田に滞在して、小森+瀬尾のあたらしい作品をつくることになっている。いままではほとんどふたりきりで作品制作をおこなってきたけど、今度はもうすこし大所帯になる。それだけでも緊張感があるなあと思っている。はっきり言って結構こわい。けど、やってみたいし、つくりたいと思う。 現場での制作に入る前に、なぜこんなことになったかという経緯を記しておく。いつか(というかきっと近日中にも)迷うこ