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左手はそえるだけ。

僕は家族を持つことをあきらめていた人間だった。「持たないことを選択している」と人には言いながら、内心は「あきらめている」状態だった。大袈裟に言えば、人生は半ば終了状態だった。

僕自身のひん曲がった性格と共に、「子供がほしい」と口にしづらい環境が家庭と社会にあったのも、その理由の1つだったかなと思う。それはほとんど恐怖感に近かった。折に触れて「ほしいもの」「したいこと」を素直に人に言えていれば、子供を諦める方向には行かなかったかもしれない。

僕が恐怖していたのは、説明を全て端折ると、「自尊心が傷つくこと」だった。自尊心が低いのである。自分で自分を尊ぶことができない。人に敬意を向けてもらわないでは、自尊心を維持できない。

自尊欲求(self-esteem)「が」、僕「を」制している。その結果、僕は終了していた。だから、「自尊欲求」と「自分」の関係を逆転させる必要がある。僕「が」自尊欲求「を」制する必要がある。

自尊欲求は食欲のようなものだと思う。生涯付き合っていくしかない相手。食欲も、自尊欲求も、それが無くなる時は死ぬ時だと思っている。

食欲を満たすのに大事なのは理性だ。食欲に任せた暴飲暴食はあらゆる意味で避けなくてはならない。その理性を支えるのは「正しい知識」だと思っている。同様に、自尊欲求を制するのもやはり「正しい知識」だと思っている。

結論。

「毎日コツコツ正しい食事。毎日コツコツ正しい知識」

今こうして家庭を持てているのは、そういう考え方をしていたからであり、結局諦め切ってはいなかったからである…とかいうことなのかもしれない。

…と、いきなりこんな話をしたのは、かの有名なバスケットボール漫画「スラムダンク」に敬意を示すために、作品中の3つの名言になんとしてもなぞらえて、僕の思考を言語化してみたかったからである。

1.「あきらめたらそこで試合終了ですよ」【安西先生】
2.「安西先生……バスケがしたいです」【三井寿】
3.「リバウンドを制する者は試合を制す」【赤木剛憲】

それぞれの言葉の説明はここでは省略するとして、しかし漫画家っていうのは、どうなっているんだろう。物知りで、絵が上手くて(しかも手早く)、話を書けて、しかも週刊号で連載するという多忙な生活を長年続けながら、こうして名言まで生み出すことができる。「スラムダンク」を生んだ井上雄彦氏に至っては、映画「THE FIRST SLAM DUNK」で、映画監督スキルや、映像リテラシーの高さも証明してしまった。

こんなにも優れた人をメディアを通して知ることができるのなら、井上雄彦氏を知ろうとすることはほとんど「正しい知識」を得ることとイコールではないかと思う。

もう1つ、本作品中の名言を紹介したい。

「左手はそえるだけ」

主人公であり、バスケ初心者である湘北高校1年生、桜木花道(さくらぎはなみち)が、シュートを打つ時の心構えとしている言葉だ。

バスケにおいては基本中の基本みたいな言葉。大したことを言っているわけでは全くない。ではなぜこれが「名言」としてファンの心に刻まれているのか。

桜木花道は、非常に熱くなりやすく、派手なダンクシュート好きで、お調子者で目立ちたがりでおバカキャラの、いわゆる漫画の主人公タイプである。その彼がこの言葉を口にしたのは、彼とその仲間にとって何よりも重要な試合で、その勝敗を決するシュートのためのパスを、彼が最も嫌っている流川(イケメンでチームのエース)から受けるタイミングだった。状況的に、シュートを打てるのは花道しかいないという重圧。チームで唯一初心者であるという重圧。今にも試合終了のブザーがなるという重圧。しかも彼はこの時、もはやバスケットボールができなくなるかもしれない大怪我をした状態であり、立っているのもやっとだった。

しかし、パスを受け取る寸前に彼がこれを言う時の表情は、ガウタマ・シッタールタがブッダガヤで悟りを開いた瞬間を彷彿とさせるものだった(個人の感想です)。残り時間を考えて、派手で大好きなダンクに行かないという判断もできている。

つまりこの言葉は「どんな状況にあっても、その時最も重要なことだけに集中する理性的判断の重要さ」を、作品のクライマックスで読者に強烈に印象づけたのである。

ただ、このnoteで僕がさらに言いたいのは、「左手をそえる」という情報それ自体も実は相当に重要だよね、ということだ。

シュートを打つ時になぜ「左手をそえる」べきなのか。

1.両手を使うと力が入りすぎてボールを制御しづらくなる
2.左手を添えておかないと体勢が崩れてボールを制御しづらくなる

要するに「バランスを取りながら必要最低限の力だけを使う」ことが大事である、ということだ。

先に書いた、

食欲を満たすのに大事なのは理性だ。食欲に任せた暴飲暴食は避けなくてはならない。そのための理性を支えるのは「正しい知識」だと思っている。同様に、自尊欲求を制するのもやはり「正しい知識」だと思っている。

…に通じるものだ。食事も、自尊欲求も、過不足があればまずいことになる。バランスを取りながら、力を必要最低限に調整をすること。そして人生が今日、どんな状況にあっても、最も重要なことだけに集中すること。それこそが、人生の勝敗を決する要素なのだと思う。

「左手はそえるだけ」

人生を制する言葉である。

これを教えてくれた漫画「スラムダンク」と映画「THE FIRST SLAM DUNK」に敬意をこめて。

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