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ループ量子重力理論

技術的な工夫で回避されている場の量子論における無限発散の困難は、ループ量子重力理論によれば合理的に解決できる。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))


 「まったく別の文脈で、量子重力理論が無限に限界を設定した事例がある。それは、電磁力をはじめとする「力」にかかわっている。ディラックによって創始され、五〇年代にファインマンやその同僚たちが完成させた場の量子論は、これらの力を適切に描写することを可能にした。ただしこの理論は、数学的に見て不合理としか言いようのない問題を抱えていた。場の量子論を使って物理的な過程を計算すると、多くの場合、何の意味も持たない「無限」という解が得られてしまうのである。こうした解のことを、専門用語では「発散」と呼ぶ。有限な解が得られるように、技術的な工夫を導入することで、この種の無限は姿を消した。場の量子論はうまく機能するようになり、計算から求められる値と実験による計測値は一致するようになった。しかし、場の量子論はどういうわけで、適切な数値にたどり着く前に、無限という不合理な解を通過しなければならなかったのか?
 晩年のディラックは、理論にたびたび顔を出す無限という要素に不満を抱いていた。事物の働きを完全に理解するという自身の目的は、結局のところ達成されなかったと感じていた。ディラックは明晰な概念を好む人物だった(もっとも、彼にとって明晰な概念が、ほかの人びとにとっても明晰であったことは少ないが……)。「無限」はけっして、明晰な要素とはいえなかった。
 ところが、場の量子論に登場する無限は、この理論の基礎を成すある前提に由来するものだった。その前提とは、空間の際限のない分割性である。かつてファインマンが教えてくれたように、ある過程が生じる確率を計算するには、この過程がたどることのできるあらゆる道筋を足し合わせればよい。しかし、この「道筋」は無限に存在する。なぜなら、計算の対象となっている過程は、連続的な空間に存在する無限個の点のすべてをたどることができるからである。このために、多くの場合、無限という計算結果が導き出される。
 量子重力理論を考慮に入れれば、このような無限もまた姿を消す。理由は明快である。空間を無限に分割することはできず、無限に小さな点は存在しない。したがって、足し合わせるべき「道筋」が無限に存在することもない。粒的であり離散的である空間の構造が、場の量子論を苦しめている無限を除去し、この理論が抱えている難題を解決する。
 これは目覚ましい成果である。一方では、量子力学を考慮に入れることで、アインシュタインの重力理論にもとづく無限の問題が解消され、他方では、重力を考慮に入れることで、場の量子論から生じる無限の問題(つまり「発散」をめぐる問題)が解消された。一見したところ矛盾しているように見えた二つの理論が、じつのところは、それぞれが抱えている問題の解決策になっていたのである! このことは、理論の信頼性を大いに補強している。」
(カルロ・ロヴェッリ(1956)『現実は私たちに現われているようなものではない』(日本語名『すごい物理学講義』)第4部 空間と時間を超えて、第11章 無限の終わり、pp.227-229、河出書房新社(2017)、竹内薫(監訳)、栗原俊秀(訳))

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