言葉や直感の役割
私たちの言葉や直感が、自分たちの発見した事柄に馴染まなかったとしても、言葉や直感は、限られた経験をもとにして作られたものであり、正確さに欠け、この世界の豊かな構造を把握しきれないだけなのかもしれない。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))
「自然はそこに存在しており、わたしたちはそれを少しずつ発見してきた。かりにわたしたちの語法や直感が自分たちの発見した事柄に馴染まなかったとしても、それはそれ、馴染もうと努めるしかない。
現代のほとんどの言語では、動詞に「過去」、「現在」、「未来」の活用がある。だがこのような語法は、この世界の現実の時間構造について語るには不向きなのだ。なぜなら現実は、もっと複雑だから。このような語法は、わたしたちの限られた経験をもとにして作られた――自分たちの作っているものが正確さに欠け、この世界の豊かな構造を把握しきれないということに気づく前に作られたのだ。
客観的で普遍的な現在は存在しない、という発見を掘り下げようとしたときにわたしたちが戸惑うのは、ひとえに過去、現在、未来という絶対的な区別にもとづいてつくられた語法に従っているからだ。このような区別は、じつはある程度までしか有効ではない。自分たちのすぐそばの「ここ」においてのみ有効なのだ。現実の構造は、この語法の前提となっているものと同じではない。何らかの出来事が「ある」、あるいは「あった」、あるいは「あるだろう」とはいえても、何らかの出来事がわたしにとっては「あった」があなたにとっては「ある」という状況を語る語法は存在しないのだ。
語法が不適切だからといって、混乱したままでいるわけにもいかない。」(中略)
「自分たちの言葉や直感を、なんとしても新たな発見に沿わせようと四苦八苦している最中なのだ。「過去」や「未来」が普遍的な意味を持たず、場所が変わればその意味も変わる、という発見に。それ以上でも、それ以下でもない。
この世界には変化があり、出来事同士の関係には時間的な構造があって、それらの出来事は断じて幻ではない。出来事は全体的な秩序のもとで起きるのではなく、この世界の片隅で複雑な形で起きる。ただ一つの全体的な順序にもとづいて記述できるようなものではないのだ。」
(カルロ・ロヴェッリ(1956-),『時間の順序』,日本語書籍名『時間は存在しない』,第2部 時間のない世界,第7章 語法がうまく合っていない,pp.111-112,NHK出版(2019),冨永星(訳))
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