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【御幣】の奇跡を体験した話

きっかけ

御幣と出会うきっかけは、今から半年近く前の2021年7月15日に訪れました。

その日の夜中に突然目を覚ました僕は、布団の中で何気なくFacebookを開きました。時刻は、丑三つ刻を過ぎた午前3時頃。深夜です。
ぼーっとした頭で投稿をスクロールしていると、初めて目にする方の投稿に惹きつけられました。使い古された言葉を使うと『ビビッときた』感じ。不思議なのですが、ビビッときたのに投稿内容は全く覚えていません。

投稿は、とある神社で神職をされている方がされたものです。

その投稿に強く共感するものを感じた僕は、深夜でしたが気がつくとメッセンジャーを起動し簡単な自己紹介文を送っていました。
メッセンジャーの送信記録は【7月15日 3:29】

もちろんFacebookの友達申請もし、頻繁にその方の投稿をチェックするようになりました。御幣のことはまもなく知ることとなります。


僕と御幣

僕が子供の頃好きだった季節は夏。だって、稲川淳二(怪談噺)の露出が多くなるから。(笑)夢中になったのは怪談だけではありません、UFO、超能力、心霊、占い、予言、都市伝説といった不思議なものなら何でも。

中学生になってからは、空手にもハマりました。ハマったと言っても、実在の空手家を主人公とした連載漫画にです。一見共通点がなさそうな「空手」と「不思議なもの」ですが、その空手家はレンガや自然石を素手で割り、10円硬貨を親指と人差し指で捻じ曲げます。そんな超人的な所に惹きつけられたんでしょうね。

神職の方(以下、Sさんとさせて頂きます)のFacebookは、こんな僕の心を惹きつけるのに十分な内容でした。神様のこと、竜神様のこと、霊のこと、神社のことなどが、日常生活を綴った投稿の中に溢れています。

深夜に目覚めたあの日から「なんでこんな時間に目覚めたんだろう」という疑問が消えずに残っていました。あの時なぜ、スマホに手をやり、Facebookを開いたのか?なぜSさんの投稿に惹きつけられたのか?

神様の導きとか、出会いの意味とか、何の霊力もない僕には分かりません。(多少の霊感はあります)

Sさんは【御神気】と云われるものを御幣に込め、様々な理由でそれを必要とされる人々に授けられています。
Facebookを介して御幣に巡り逢い、それを必要と感じた僕も授けていただきました。今は、7月15日のあの夜に感謝しかありません。


御幣のことを書く理由

この世の中には、様々な理由で苦しんでいる人が多く存在します。
そんな苦しみから開放される道は色々あることでしょう。色々ある中で、僕は御幣に救われました。こんな救われ方もあるんだということを知ってもらいたかったのが、noteに御幣の事を書こうと思った理由です。

御幣の不思議な力は、SさんのFacebook投稿や御幣を授けられた方の感謝のコメントから知ることが出来ます。

「本当にそんな力があるの?」多くの人が、当然のように抱く疑問です。
こういった事は、現代の科学では到底証明できない事象です。信じるに足ると判断したなら受け入れれば良いし、でなかったら聞き流せばいいことです。

僕は子供の頃からスピリチュアル的なことが大好きで、こういった不思議な力も先入観なく受け入れることが出来ます。多くの不思議に触れてきたことで、完全な捏造や詐欺まがいなものは直感でわかります。この御幣には、何の違和感も抱きませんでした。

ここからは少しでも御幣に興味を持ち、私が体験した不思議な力を知りたいと思う方に読んでいただきたいです。御幣の知識はまったくない僕ですが、体験した不思議な現象なら伝えられると思ってnoteに書きます。ただ僕の文章力で、どこまで伝わるかが心配ではありますが。(笑)

最初の御幣

御幣のことを知り、最初に頭に浮かんだことは『娘に御幣を授けてほしい』でした。

僕の娘は【様々な理由】により、同年代の子供と比べ多くの困難と向き合ってきました。ただ向き合うだけでなく、時には涙を流しながらも立ち向かい努力し、自ら道を切り開いてきました。もし僕が同じ立場だったら、到底立ち上がれないような困難にです。

ここで【様々な理由】について書くことは、控えさせて下さい。

社会人となった今でも、娘は戦い続けています。本当に強い子。自慢の娘。ですが、超人ではありません。僕や母、兄でも娘の本当の苦しみを分かってやることはもちろん、代わってやることも出来ません。

少しでも娘の支えになることを願って、御幣を授けていただくことをSさんに依頼しました。

娘に訪れた奇跡

早い人では、依頼した時から御幣の力を感じるようです。

娘がその奇跡を感じるのは、御幣が家にやって来てから2ヶ月ほど経過した後です。

その日娘は、友人との約束の場所へ向かうために車を走らせていました。その道で事故を起こしました。見通しのいい直線道路です。

ペットボトルを取ろうと僅かに視線を落とした瞬間、車は縁石に激突。激しい衝撃を感じたと思ったら、車はスピンして進行方向と逆向きで止まりました。

縁石に激突したタイヤは、風船が割れたかの様に破裂。そんな激しい衝突にも関わらず、娘は無傷でした。後からムチ打ちなどの症状が出るかと思いましたが、なんの症状も現れません。

娘からの連絡を受けた妻がレッカーなどの事故処理を指示し、自らも現場へ向かいました。その間も、娘は御幣に見守られていたようです。

事故の衝撃音を聞き、現場の道路に面する民家の親子がすぐさま駆けつけました。その親子は、まるで身内が事故を起こしたかのように寄り添ってくれます。

交通の邪魔にならない様に事故車を敷地内へ引き入れる。要請したレッカー車が道に迷ってたどり着けない事を知ると、自家用車を出して現場に誘導したりといった具合に。

その親子は、全ての処理が終わって妻が駆けつけるまで、娘に寄り添ってくれました。

その様子を妻から聞いた僕は『御幣が守ってくれたんだ』と感じました。事故そのものは不幸、不運ですが、怪我や後遺症も無く、親切な家人が住む民家の前での事故。
偶然という言葉で片付けられるかもしれませんが、僕はそこに御幣の力を感じました。

妻に訪れた奇跡

妻は何年にも渡り、僕の両親(父93歳、母91歳)を介護してきました。父は無口で大人しく肉体的な介護の負担はあるものの、精神的には気を使うことはありません。それに比べ母は、全て自分の思い通り、指示通りに事が運ばないと苛立ちます。その苛立ちは、指示に従うまで治まりません。歳を取るほどに、その傾向は強まります。

妻は20数年間、自分の意志を殺して過ごしてきました。不甲斐ない僕は、それを見過ごしてきました。そうして妻は、いつ精神が壊れてもおかしくない状況に追い込まれます。まだ娘に自動車事故での奇跡が起きる前でしたが、すがるような気持ちで、妻のために御幣を依頼しました。

変化は御幣を依頼した後、すぐに現れます。

妻は心配性な母の要請で、月に何度も病院へ付き添います。
その日は持病で定期的に通院している総合病院の診察日でした。主治医は以前から、妻が母の介護で疲弊してることを感じていました。

主治医は妻のSOS、心の叫びを受け取り、母の入院を提案してくれました。
「持病で何年も大量に薬を飲んでいたり、足腰に痛みもあるから、一度検査入院して体に問題がないか調べましょう」
妻と母を入院という形で切り離すということです。

妻はこれより以前、いつ終わるともしれない介護を畏怖し、占い(算命学)に頼ります。
『あなたは充分過ぎる介護をしてきました、もう自由になって良い時期です。これからは自分の人生を生きて下さい』
これが算命学が出した鑑定結果です。

そうは言っても、どうやって介護を放棄できるのか?非現実的な鑑定結果に戸惑いました。そんな時にもたらされたのが、母の主治医からの提案です。

こうしてとりあえずですが、母と妻は異常な執着関係から、一旦離れることが叶いました。御幣の力を感じた瞬間です。

僕に訪れた奇跡

妻は既に心身ともに限界を迎え、再び両親の介護を出来る状態ではなくなっています。限られた期間ですが、妻が開放されたことでホッとしました。ですが一時的なもので、その先のことは何も解決されていません。いずれは退院を迎えます。

母は主治医の配慮で、リハビリ病棟(自宅での転倒を防止するための、歩行訓練目的)へ移動し、長期の入院が可能となりました。
この入院期間中に母を説得し、介護施設への入所を受け入れてもらわなければなりません。

母は元気な頃から施設のことを激しく嫌います。年寄りを介護施設へ入れたという話を近所で聞いてくると、必ず非難してきました。子供、嫁が最後まで自宅で面倒見るのが当然という考えです。

僕が母の前面に立つようになり、改めて妻が受けてきた大変さを知ることになりました。頭で理解するのとは雲泥の差です。

僕は何の見通しもないまま、できるだけ話し好きの母の言葉を受け止める事に務めました。コロナ禍での限られた面会時間でしたが「うん、うん」と全て受け止めました。今までうるさがって母の話しから遠ざかっていた反省も込めて。そうすることしか、母の心を柔げる手段を思いつかなかったからでもあります。

コロナ禍で許された週2回の面会。たった2回でしたが、子供の様に施設を嫌がって涙を流す母を見る度に、僕の心も疲弊してきました。そんな時、自然と御幣にすがろう、御幣に助けてもらいたいという気持ちが沸き起こりました。

僕の御幣が自宅に届く日の未明、最初の奇跡は妻の身に起こりました。この奇跡は【後ほど書くことにします】。

御幣が届いた日に、妻は父のショートステイ先の施設へ面会に行きます。父が施設へ行くことは、妻が体調を崩したためという理由で理解してもらいました。
「色々と世話をかけて済まなかったな。体は大丈夫か?」と、逆に妻の体を心配してくれました。父はそんな人です。そうは言っても、家を離れることは辛いと思います。僕だってその立場になれば、自宅を離れるのは辛いです。

妻は父に向かって母の愚痴をこぼします。(以前から愚痴をこぼせる間柄です)
『お母さん、あんな事言ってるけど、どうすればいい?』
僕から施設の悪口を言い続ける母の様子を聞いた妻が、父に愚痴ります。
『わからねえ』
父は即座にそう言って考え込みます。暫く考えてから
『こう言え。ここはいい所だからお前も来い』
父の言葉に驚いた妻はスマホを取り出し、動画を取るからもう一回言ってくれる?と頼みました。
『ここの人はみんな親切でいいぞ、お前も早く来い』
父に録画した動画を見せると『今は便利なものがあるなぁ』と言ってスマホに映る自分の顔を見ていたそうです。最近は『うん』くらいしか言葉を発しない父がみせた奇跡です。

母の言葉を受け止めると決意したものの、面会へ行く日は朝から気が重いです。ですが今日は違います。御幣が届き、父の動画もあります。僕は届いたばかりの御幣に向かって『母の幸せを願って、出来る限りのことをします。見守って下さい』と心のなかで話しかけました。

母に奇跡が起きました。
ベッドに横になっている母が、あきらかに弱々しくなっていました。面会のたびに施設の悪口を力説していた母の姿は、そこにはありませんでした。
父の動画を見せると
『元気そうで安心した。わしも父ちゃんと同じところへ行く。手配してほしい』
母の口から信じられない言葉が漏れてきました。あれほど施設を毛嫌いしていたのに。その時、面会に来る前に挨拶した御幣が脳裏に浮かびました。

奇跡です。

どうしたら施設へ行くことを納得してもらえるのか?絶望的な気持ちで毎日過ごしていました。それが、なんとなんと、こんな展開になるとは。

早く伝えないと。面会を終え、いそいで妻の元へ戻りました。

妻は興奮してしゃべる僕の言葉を遮り、
『今朝、お母さんが来たの』
えっ。
訳がわからない僕に、妻は説明してくれました。

それは、覚醒しているのか寝ているのか分からないような状態の未明に起きました。
玄関が開く音がしたかと思うと、母が寝室のある2階へ来たそうです。
(母は足が悪く2階へ来ることは不可能です)
母は妻の枕元に立ち
『足も悪いし、家に帰っても何も出来ないから施設に行くことにした』
そう伝えて帰っていったそうです。その時、玄関を閉める音も耳にしたといいます。

これは、夢?…‥。

これが【後ほど書くことにします】と先に記した、妻に起きた奇跡です。

御幣に感謝

ここまで書いてきたことが、僕の家族に起きた奇跡です。奇跡と言っても、目に見えない力を証明することは出来ません。単なる偶然かもしれません。それでも、僕が母と向き合うことを誓い、御幣にすがった事実は変わりません。奇跡、偶然を問わず、この結果、事実に感謝するだけです。

父と母に感謝し、妻に出会えたこと、子供達に出会えたこと、不思議なことが好きになったこと、御幣に巡り合うことになった2021年7月15日午前3時に感謝します。そしてみんなの幸せを願います。


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