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セコーカスの夜は更けて

マネージャーのKayがブルックリンのプロスペクトパークからニュージャージーに引っ越した。息子のフィリップと一緒に住むのだ。車を買ってあげるのが親の最後の務めというくらい大きな出来事なので、フィルの車とお互いが邪魔をしないゆったりした空間を考えると「親子シェアハウス」にたどり着いたのだそうだ。僕だって10年住んだブルックリンの家の大家であるジョーに「本当にごめん。2人目が生まれるのをきっかけに嫁の母親と全員でこのいま君が住んでいるタウンハウスを改造して終の住処にしたいんだ」と言われ引っ越しした。みんなパンデミックがそうさせたのだ。パンデミックで前の時代の概念が崩れ去ってそれぞれとてもシンプルな形で生き始めている。

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ランチタイムにマンハッタンのブライアントパークで待ち合わせをしたら、買ってもらったばかりの自慢のヒョンダイの車に食材を積み込むKayの息子フィルが手を振った。

「元気かい、Senri?」

「ああ、なんとかね。生きてる」

「それ重要。」

「新しい車の乗り心地はどうだい?」

「韓国製はすごいね。とてもいいね」

そんな会話をしている僕らに助手席でフィルのガールフレンドのローラが微笑む。

「かなり混んでるわね」

「うん、人出が多い」

ゲイプライドでパレードがある日曜日なのでマンハッタンの西半分は車やレインボフラッグを身に纏った人たちでごった返す。「とにかく安全に幸せにプライドの日を過ごしてね」そんなコメントを出したシンディーローパー。パレード一つとっても「安全に健康に」が口をついて出る時代、それがポストパンデミックだ。みんな互いに思いやって生きるのだ。

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僕たちはぐるっと迂回してリンカーントンネルを抜けてジャージー側へ出た。広い。アメリカだ。バックヤードのある家に平たいショッピングモール、大胆な緑や池や沼があり、どれもが驚くほどワイルドでとてつもなく大きい。NYにいるとこのアメリカの大きさをしばし忘れてしまうことがある。アミューズメントパークの中をてくてく歩けば事足りるので、いきなり車窓に広がる本当のアメリカの景色に僕は一瞬息を飲んだ。

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セコーカスはペンステーションからニュージャージートランジットと言う電車で15分の場所だ。NYの地下鉄と趣が違ってアメリカ大陸を走る体躯のいいトレインといった感じだ。でもアメリカだから途中で止まったりもする。その止まってる時間が20分だったら乗ってる15分より長いので笑っちゃう。でもそういうのがしょっちゅう起こるのもアメリカだ。こういった細かいことは10年以上住むともう気にしなくなる。帰りはこのルートでマンハッタンへ戻る。しかし行きはありがたい。

「フィル、リカーストアに寄ってね。」

「おお、でももうガスがないかも」

「えええ?」

「ま、なんとかなるでしょ」

ビリージョーの歌の「アレンタウン」に出てくるような工場地帯やブルースプリングスティーンの世界観がしっくりくるロックでワイルドでダイナミックな景色が広がる。市長選の最後の週末、アメリカはゆっくり前へ進む。

先週の夜の時間帯はずっとインタビューだった。新聞やネットニュースなどの。ちょうど僕の晩御飯の時間帯に重なったので直前に何かを食べるわけにもいかずかと言って終わってからはもう夜遅いのであまりご飯を食べる機会がなかったら、久々に会ったKay曰く、

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「あれ? ちょっと痩せました?」

フィリップはJP&Morganを卒業して新たな仕事に上昇中。家でリモートで打ち合わせをするのでリビングでそれが始まるとみんな、アパートの共有スペースへPCを持って出かけてそちらでゆったり仕事する。

「リモートばっかりやってないで若いんだからコミュート(通勤)すればいいんですよもっと」

時おり母親の顔を見せるKayだが、ブルックリンのプロスペクトパークを毎朝ジョギングしてた彼女の日々が、いきなり180度違う自然と広々とした環境の中での息子やガールフレンドとの共同生活。それをKayなりに結構楽しんでる風だった。

「いやあ、全然ジャージーはファンキーじゃないですよ」

とにかくパンデミックで何もかもが変わってしまった。先週のインタビューの中でも何度か話したがもう前の時代に戻る感覚が一切ない。じゃあ、先に何があるのと尋ねられたらまだそれはぼんやりとしか見えていない。だけど不思議に不安はない。みんな同じなのだ。お金やフェイムや経済効率第一の時代が終わりもっと優しいシンプルな生活を皆それぞれの場所で今粛々と行ない始めているのだと思う。

生きているからこそ。

これが時代のキーワードになるなんて誰が想像しただろうか。去年の初めに日本へ帰る飛行機の窓に見えた上海の景色で既に見えない敵との戦いが始まっていただなんていったい誰が想像しただろうか。会社を潰したり郊外へ移住したりN Yもすっかり人が減った。でも依然としてあるのはいつもと変わらないチャーミングなあのNYの横顔だ。ノーマスクで新鮮な空気を吸えるようになったので目に酸素が行き渡り、それだけで笑顔になる。そんな毎日の「普通」が愛おしい。こんな感覚は前の時代にはなかった。

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ランチにホールフーズ(アマゾンがやっているオーガニックスーパーマーケット)で買った肉と野菜でチーズでバーガーを作って、フィルとローラの若者組に混じって大口で頬張る。冷房がキンキンに効いた部屋で肉汁を飛ばしながら食べるハンバーガーの美味しいこと。原色のオレンジ色の分厚い紙ナプキンで汚れた口周りを拭くのがどれだけ楽しいか。

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若者たちは部屋へ退散したので僕はゲストルームで昼寝をする。ぴは何かもらえるのではとキッチンであとかたずけをするKayの足元をうろうろしている。だいたい150平米ほどある部屋の間取りを1時間ほどで探検し、全て把握して見事ピンポイントでうんちやおしっこを命中させてキッチンまでご褒美をもらいに来るって「神業?」って思う。研ぎ澄まされてるよね。

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そのあと夕日を見に少し外へ出かける。水に飛び込む人、インスタ映えを工夫してポーズする人、水際の表情は正に新しい時代へ向けての出航だった。夕陽もポテッとしててまるで最後の線香花火だった。落ちる落ちるって騒いでいると一瞬で闇になった。

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晩御飯はフィルとローラのリクエストに答えて僕がチキンの胸肉のケチャップ餡掛け(この前大江屋で鯖で作ったやつ)と具沢山のにんにくチャーハンを作る。料理は気分転換になるのでKayを顎で使いながらサクサク準備する。若い胃袋は時間ごとに成長しているのか、肉を待って目をギラギラさせてキッチンを時おり覗く姿はなんだかまるで野獣そのものだ。でもちょっと可愛いかったりしてー。

Kayのアシストが良かったのか無事に夜ご飯を作り終えてテーブルの上に並べるとあっという間に集まったみんなの手がデイッシュに伸びた。

「う、うまい」

「最高、超美味しい」

「あ、ほんとだ、悪くない悪くない」

「悪くないじゃないですよ、むちゃくちゃ美味しいです」

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ゆっくりワインを飲む時間も先週はなかったのでリカーショップで2本買って今日はちびちび手酌をすることを決めていた。バルコニーの椅子に体を埋めて夜風に吹かれながら赤ワイン。ああ、なんて涼しい風が、いやいや、とんでもない、この日はニューヨークに「ヒートウエイブ」注意報が出されていて、夜でも摂氏30度をはるかに超えていた。あっじっじっじっ。

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アパートの中にあるジムへ汗に流しに消える若者たち。僕とKayはロスのPRのロリたちとリモートで仕事しちゃおうとこれも常設の共有オフィススペースへぴを連れ移動。広くて機能的で新しくてワイファイが飛んでて最高。

ホテルが経営しているこのアパートの共有スペースにはコンシェルジェがいてオフィススペース、ラグジュアリーアロマルーム、ゴルフルーム、玉突きルーム、プールなど、なんでも揃っている。パン屋もあればレストランもある。マンハッタンに出なくてもこの敷地の中だけで今後の人生の全てをやっても飽きないくらいの充実具合、と思った。パンデミックをサバイブしてきてる我々にはまさにうってつけだと言えるかもしれない。

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Kayのことが大好きなぴは彼女と一緒に彼女のベッドへ。僕はゲストルームの大きなベッドを久々にバカンス気分で大の字になって独占して眠る。シーツの心地よさと枕のちょうどいい硬さでいつの間にかスヤスヤ夢の中を漂っていた。

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わずか1泊の旅だが心の持ち方次第で時間は十分ある。朝目が覚めてエスプレッソをトリプルで飲むとヒートウエイブのバルコニーに鳥がチュンチュンやってきた。郷に入れば郷ひろみとはよく言ったもの、アメリカの朝ごはんは卵二つにハムがよく似合う。オレンジジュースをごくっと飲み干して食事を平らげるとプールへ行った。

ちょうど誰もいなかったので貸切状態で泳ぎまくり。外はヒートウエイブのサンシャインがギラギラデッキチェアに照りつける。一人水着のままカクテルを飲む白人の女の子が手を振っている。リゾート、そんな言葉が頭をよぎる。インド装束のプールの監視員の女の人が

「ごめんね、サー。ミストサウナやジャグジーがなくて」

と申し訳なさそうに謝る。とんでもない。そりゃブクブクしたくないといったら嘘になるが、これもポストパンデミックによく見る景色。多岐に渡る設備にかかる費用をカットしてプールならプールだけに絞る。シャワーとトイレは使えるもの。竹を割ったパンデミックライフ。スリムビューテイー。

Kayがランチに冷やし中華を作ってくれたのでご満悦の僕、昨日の残りを楽しみにしていたフィルはレフトオーバータッパーにスプーンを突っ込み自慢の大型テレビのスクリーンを見ながら仕事をする。

「Senriが来るって言うんで、ソファ買ったり食器買ったりもう大変だったんですけど、ゆっくりされてくださいね」

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僕の目にはアメリカの典型的な家族の家に映るが、冷やし中華を頬張りながら手元の携帯でYahoo Japanニュースを読むと、それがまたなんともいい。ハワイの日系人の家にお邪魔しているような気分になる。

昨日も行った共有オフィススペースにワインを持ち込んで飲みながら仕事。僕も翌日から仕事がまた始まるので期限付きのシンデレラエクスプレス、ニュージャージートレインに乗ってマンハッタンへ。ペンステーションを出る。

ギラギラ、ヒートウエイブの太陽が照りつける中、地下鉄を乗り換えて無事にブルックリンへ帰宅。コンエディソン(電気会社)から「ヒートウエイブで電気が落ちることが想定されるのでもしそうなったら助けを呼ぶこと」と言うアラートが届く。次から次へと。

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冷房が止まったら老犬と老人の僕はやばいだろう。もう天を仰いで祈るしかない。でも、命があって、マスクも取れて、目に酸素が行き渡って、冷やし中華もうまかったし、プールだってジャグジーはないけれど泳げるわけだし、ふと窓を見ると外で微風で街路樹は揺れてるし、

生きてるだけで丸儲け。

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最後にお知らせ:

1トートバッグとノートブックのパッケージの梱包は既に完了してますので発送を一両日中に済ませたら個別にお知らせしますね。ドキムネでお待ちくださいね。

2「夕刊コトン」は隔週なのでまた来週「コトン!」の音を楽しみにしていてくださいね。きっと来る〜!

3今週木曜日の更新はなんでしょうか? いつものあれ? でも趣がちょっと違う?ふふふ。ぴがまた耳寄りなお知らせを届けてくれると思います。もうちょっとだけお待ちくださいね。

Senri Oe, PND Records 2021

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