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ブルックリン物語 # 66 "Tune Up"

マンハッタンヘンジ(英: Manhattanhenge)。ニューヨーク市マンハッタン区の碁盤の目状の大通りの東西方向のストリート(通り)に沿って太陽が沈む、太陽が昇る、という1年に2回起こる現象がある。マンハッタンヘンジの時期には、観測者は東西方向の通りのいずれかに立つと、太陽がそのストリート(通り)の中央線に沿ってニュージャージー方向に沈んでいく、ロングアイランドから昇ってくる光景を見ることができるのである。僕は偶然これに出くわしたことがあるが人工的な都市が圧倒的なエネルギーに反応する貴重な瞬間だった。1年で最も美しい夕暮れ時と日が昇る時に太陽が半円またはまん丸の状態になって道の真ん中に直線落下もしくは昇ってくる。

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学生の頃大陸横断をぴと敢行した夏、長い長い砂漠の一本道の果てに見つけたサンセットはオレンジのような形と色をしていた。車を脇へ停めて急いで夢中に携帯のシャッターを切った。燃えるような赤に近いオレンジは、果肉から荒涼とした地平線に汁を飛ばしながらを一瞬でそれを焦がし沈んでいった。やがてやってくる「完全な闇」。そのあと名前も知らないアメリカのどこかの街のモーテルへチェックインしてまだ開いている街の中心のダイナーで食事を摂る。延々とゴールが来ないのではないかと思えるくらいの距離を走ると、アメリカという大きな獣の背中にしがみついた小さな虫のような気持ちになった。獣は一切僕には無関心なのだ。

マンハッタンも都市化される前はオレンジのような燃えるサンセットとサンライズが観測できたのだろう。それが今じゃスカイスクレーパーに区切られたビルの間から溢れんばかりの光と色を発する。ある意味人工的なフレームを通して増幅した味わいと美しさに、目撃する人たちは圧倒され、興奮と感動を覚えるわけだ。

故障と回復を繰り返し弾いても弾いても上手くならない。それは走っても走っても次の街が来なかった旅と重なる。それでも心の奥にある「いつかきっと」の夢はなぜか消えないでずっとある。待てよ。その弾いても弾いても上手くならない繰り返しは、毎日繰り返される永遠のループだけれど、遅々として進んでないようでいて実は少しずつ進んでいるのかもしれない。ほん少しずつ前へ前へ。

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Kayの頑張りもありLAのライブハウスが決まった。東と西(NYとLA)に拠点ができると心強い。その店のブッキングマネージャーのパリスに会いに二人でLAへ通う。パリスのプロデユースするジャズフェスに顔を出す。そこで紹介された店のオーナーにもう一度手渡しでCDを渡す。直接熱意を伝える。そんな積み重ねがブッキングを現実のものにした。ちょうどLoriとのPRが始まる前でタイミングも偶然バッチリになる。

マイルスデイビス作曲の”Tune Up”という曲は、始まりが転調のループで全音で降りていくかなり展開が速いビバップだ。ぼーっとして置いてかれないように次の調をイメージしながら階段を降りてゆく。3回それを繰り返すと突然大きく開けた景色が見えて曲が一旦頭に戻る。繰り返しも同じ進行で、今度は帰結する。短いヘッドの転調の景色はクリシェだが、そこへ一個開けた景色が見えた途端、つまり今回のように新しい西海岸でのライブが加わった途端、俄然曲が自分が生き生きして命を吹き込まれる。漫然とピアノを弾くだけではなく、僕は自分が今の人生の過度期にさしかかっているのを自覚する。

ビルに切り取られた細い視界へ落ちてゆく、昇ってくるマンハッタンヘンジ。果汁をハドソン川とイースト川に滲ませ圧倒的な燃える色のショータイム。僕は卒業後亀ののろさだった自分がぐっと背中を押されるのを感じて息を飲み、きっと何か面白い未来が始まる予感で武者震いした。

グランドセントラルステーションに「ワンウーマン(一人の女性)」というワインメイカーのフラッグショップがある。そこのオーナーのフランクと知り合ったのもこの頃だ。タニアというワインに詳しい友達が「Senriと気が合うと思う」と紹介してくれたのだ。「ワンウーマン」はフランクの別れた奥さんクラディアが始めた小さなワイナリーだ。ロングアイランドのグリーンポートと言う港町にほど近い土地で収穫されたぶどうで作られるワインだ。

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