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ブルックリン物語 #05 聖者の行進 ”When The Saint’s Go Marchin’ In”

メキシコ料理でモレという食べ物がある。

柔らかく煮込んだチキンに、これまた柔らかく煮込んだ豆を両サイドにあしらって、真ん中のライスを絡めて食べるのである。肉をほぐして豆を上に載せてハラペーニョ(青唐辛子)を擦りおろし、ソースをちょっぴり加えるとなんともいえない妙味が口全体に広がる。

僕が住んでいる街にはメキシコ人が多い。スーパーにもメキシコ米やメキシコのお酢、メキシコのメーカーの缶詰などがずらりと並ぶ。

日曜日にはメキシコ人の司祭がいるカトリック教会で盛大なミサが行われ、メキシコ料理のレストランが賑わう。

随分昔になるが、ユカタン半島を車で横断したことがあった。

グアテマラ国境沿いの山道を延々運転していると、カラフルなショールを纏ったインディオの人たちが、親子連れでてくてく山道を歩いているのが見えた。黒髪に小柄な背中は丸く、首が短い。見ようによってはアジア人に見紛うような、どこか懐かしさを覚えたものだ。

あの時の旅で訪れたサンクリストバルデラスカサスという小さな村にある教会では、マリア像の首に花のレイが飾られていた。人々は聞きなれない言葉で祈りを捧げ、御神酒代わりかダイエットコークを捧げていた。濃い煙が漂った教会の中は白くかすみ、セージの香りの中、人々は軽いトランス状態で喉から呪文のような言葉を発していた。

今住んでいる場所に越してそろそろ5年を越える。その間に何度となくメキシコのお祭りに遭遇した。彼らはことあるごとにあのユカタン半島の旅で僕がすれ違ったインディオの人たちが着ていたような衣装を纏い、子供も大人も仮面を被り、ブラスバンドとともに街を練り歩く。そのリズムと音階は日本のわらべ唄に似ている。

色鮮やかなポンチョ、鷲のお面、紫や緑やピンクの羽根、それにメキシコ特製のソンブレロを被った男達が楽器を演奏しながらゆっくりと街を渡る。

モレはどこか和食の穏やかな味に似ている。背の低い我々日本人にとってもどこか親しげなルックスの店員の女の子がオーダーを取りに来る。いつも決まってモレを頼む僕のオーダーのあとに、もう一人の店員の男の子と一緒に「ほらね。やっぱり彼はモレだよ」「やった。俺は賭けに勝ったわけだ」と嬌声をあげる。

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