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狂、散りゆく ~高杉晋作の第二次長州戦争と、それから~⑦


 翌日、高杉の姿は、かねてからの支援者であった馬関の豪商、白石正一郎の屋敷にあった。戦が始まって以来、高杉はこの白石正一郎の屋敷で起居している。

 小倉への攻撃から二日後、白石正一郎の屋敷を坂本龍馬が訪ねてきた。手代からその旨を伝えられると、高杉は屋敷内にある自室に坂本を通すように告げた。

 手代に案内された坂本龍馬が、ほどなくして部屋に入ってきた。真っ黒に陽焼けした顔で高杉の前に腰を下ろすなり、

「高杉さん、次の戦はいつになりそうですか」挨拶もなく切り出した。一昨日の戦で海戦にすっかり魅了されてしまったらしい。

「すっかり海戦に憑(と)りつかれたようですね、坂本さん」高杉は笑って返した。

「血沸き肉躍るような経験でした」

 高杉はうなずいた。「いやまったく、詰まるところ、人生というのは武者震いのできるような刺激をいかにして求めるか、その一事に尽きるのでしょう。殊に、坂本さんや、僕のように向上心の強すぎる者には」

 坂本龍馬はうなずいた。「だからこそ、わしは、仲間たちと一緒に土佐を出たのです。刺激のない故郷に居座りつづけて、人生を無駄にせぬために」

 高杉はうなずき返した。「僕は国を捨てることはできませんが、日(ひ)の本(もと)中を旅して、これまでその刺激を得てきましたよ。同時に故郷の地と同じくらいの酒を飲み、数えきれないくらいの女も抱いてきました」

 二人はそこで笑い合った。

「互い男冥利(みょうり)に尽きる生き方ですね」坂本は笑みを残した顔でそうつづけた。

「まったくです」高杉はうなずいた。「だからなのか、僕はときおり、自分が『高杉晋作』として生まれてこられたことに感謝することがあります。運がよかった、と」

「確かに、運の悪い人間はダメですね」坂本は同意してうなずいた。「器量や金がないことはむろんのこと、何より運の悪い奴には人徳がない。だから、周りにもいい仲間が集まってこない」

「畢竟、何も成すことができないまま人生を終えてしまう」高杉はうなずいた。「感謝しなければなりませぬな、我らが我らとして生まれてこられたことを、我らの両親や天運に」

「まったくです」坂本はうなずいた。

「話を次の戦の事に戻しますと、はやる気持ちに水を差すようですが、その前にやることがあります。相手の機先を制して、小倉藩を除く幕府側の備前・筑前・肥後・久留米・柳河の五藩に対し、『長州先鋒士官各中』の名で書状を送ります。『我が長州藩は、貴藩らと死力を尽くして戦うつもりはない』と」

「ほう」坂本は懐手であごを撫でた。「高杉さんにしては意想外な内容で」

「戦わずに済むのなら、それが一番いい」

「孫子の兵法ですか」

「ええ」高杉はうなずいた。「幕府との戦がいつまで続くかわからない中、兵の犠牲をできるだけ少なくしたいというのは、僕だけではなく長州全体の思いでもあります。幸い、一昨日の戦で、小倉藩の保有する和舟をことごとく焼き払い、銃砲も奪っておいた。幕府側もすぐには攻めて来られないはずです」

「なるほど、確かに」坂本はうなずいた。

「次の戦は、その後ということで」

「では、わしも協力しましょう。海戦が沙汰止みになってしまうかもしれないのは、多少、残念ではありますが」

 坂本も他藩に顔が利くのを利用し、協力をしてくれることになった。

「かたじけありません、よろしくお願いいたします」

 二人はその後数日、書状を書く作業に忙殺された。


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