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長井滞在レポート(Vol.6)

大学4年生は忙しい。卒業単位を修得しなければならないし、進路も固めなければならない。世の大学4年生は概ね何かに追われている。筆者も例に漏れずその1人である。それなりに忙しなく過ごしていただけに、今年は札幌を離れて長期滞在をする余裕などないと思っていた。

ところが、今夏、自分の身体は長井にあった。

滞在のきっかけ

滞在までの経緯は、どのように書こうとしても長くなりそうである。しかし、本稿の執筆にあたって、その端緒を改めて探ると、やはり1つの舞台作品にたどり着いた。

『ゆうむすぶ星』のフライヤー

筆者は札幌で演劇活動をしている。「ポケット企画」という若手の劇団に所属し、広報物のデザインや劇中音楽の作曲・演奏、映像など、裏方全般が担当領域である。さて、ポケット企画では2022年2月に、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフとした舞台作品『ゆうむすぶ星』を上演した。当時は、新型コロナが特に猛威を振るっていた時期でもあったため、劇場公演の他に公演のアーカイブ映像を配信した

1つの公演が長井滞在の決め手に

『ゆうむすぶ星』が無事に終幕してから1ヶ月が過ぎようとしていた頃、私のTwitterには、公演映像を視聴した直後の山崎さんからメッセージが届いていた。「ゆうむすぶ星の公演映像を視聴して、勢いのまま送っています…(中略)…音を含めた映像を仕事として依頼できないか」とある。何だか面白そうな空気を感じたので、山崎さんと1回会ってみることに。

6月某日、山崎さんとお茶をすることになった。お話を伺うと、山崎さんは筆者が通う大学で非常勤講師をされていて、札幌の演劇に興味を持ち始めた頃に『ゆうむすぶ星』を観劇したという。旅と音楽を研究されていて、長井市の地域おこし協力隊として活動していることも聞いた。

アイスコーヒーを飲み干す頃には、「関係案内人」や「関係案内所」といった聞き慣れぬ用語が一通り登場し終わり、SENNという場所の存在が明らかになっていた。
当時は、これらの説明を十分に理解できていなかったのだが、山崎さんの巧みな語り口によって、気がつけば長井へ行くことを即決していた。その理由は単純である。「面白いことに関与できそうだから」。筆者は、面白そうな場所には理屈抜きで行くことをポリシーの1つとしている。このときも同じように、長井への渡航を断る理由などなかった。

「この夏の関係案内人」として

8月下旬。意気揚々と長井に向かった。これは単なる観光ではなく、そこには「この夏の関係案内人」という肩書きもついていた。「山形市は鶴岡のあたりに位置する」と認識していたほどには、山形県を粗い解像度で捉えていた筆者が「案内人」たるポジションに立てるのか、と少し弱気になったものである。

ところで、筆者の他には、3名の学生が同じく関係案内人として滞在していた。彼らの中には長井を何度も訪れていた人もいたし、長井を訪れた動機も様々だった。そのような中、筆者のみが格別な動機なきまま、SENNに滞在し始めた。

長井での過ごし方

そもそも長井の歩き方がわからなかったこともあり、滞在前半は山崎さんや他の学生に案内してもらった。最上川を見た際は「これがかの有名な最上川か……」と感動した(しかし、水は茶色に濁っており、8月初旬にあった大雨がいかに大きな被害をもたらしたかを同時に目の当たりにした)。

また、長井は町中に水路が張り巡らされているため、耳を澄ませば至る所から水の音が聞こえた。さらに、夏も終盤を迎えていたこともあって、蝉の鳴き声も盛んであった。これほど多くの音が鳴っているのに、何のアクションも起こさないことをもどかしく感じ、簡易的なフィールドレコーディングを行った。

結果、札幌では録れないような音がたくさん採取することができた(さて、本稿を書いている10月時点で新作公演の台本が完成しつつある。読み進めると「蝉の声」というト書きが。これはもしかすると、長井で録音した蝉の鳴き声がそのまま使えるかもしれない)。


さて、ここで一旦仕切り直して、関係人口に関する私見と今後の野望について述べたい。

関係人口に関する私見

総務省は「関係人口」を次のように定義している。

「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉です。

総務省 関係人口ポータルサイト(https://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/about/index.html)

観光客でも定住者でもない、不思議な枠組みである。なるほど、この定義に依拠すれば、今夏の筆者は「交流人口」の枠からは出ていなかったと評価できる。
「交流人口」を脱却して「関係人口」になるためには、よそ者としてただ傍観しているだけではなく、よそ者でありながらも地域づくりに関与していくことが必要なのだろう。

とはいえ、知らない場所で地域づくりに関わるのはハードルが高い。ところが、その課題は、SENNが地域の住民と他の地域からの来訪者をつなぐ拠点として(他の地域から長井に関心を持って訪れた人々にとっての玄関口として)機能することで快方へ向かうのだろうと思う。

実際、SENNに滞在していると長井で暮らす方々と交流する機会が多分にあった。そこでは、地域の催事に関することや地域が直面する課題など、取り上げられるトピックも多岐にわたる。SENNでの交流が「地域づくり」のきっかけとなる可能性は大きいと感じた。

SENNには、そういった長井に暮らす方々と長井に関心を持って訪れた他の地域の住民とのハブ的な性質がある。では、そのような場所を居心地の良い空間に整えていく者も「関係人口」たり得るのだろうか。もしそうであるならば、筆者も「関係人口」として長井に関与できる可能性を見出すことができそうである。

SENNのカウンターには「宿泊者ノート」と「来訪者ノート」が設置されている

野望

筆者は普段、デザインに携わっている。その側面から今後の野望を述べたい。SENNの内部には未整備の箇所が存在する。例えば、壁一面に書棚があるが、そこに並ぶ本の見せ方を模索してみたり、POPやパネルのようなものを設置してみたりしたいと思う。
ただし、筆者は札幌在住のため長井を頻繁に訪れることは容易ではない。そのため、遠方からでも可能な範囲で野望を実現させていければと思っている(SENNがこれらのデザインを必要とすれば、ぜひトライしたい)。

むすびにかえて

1週間の滞在だけでは、まだ「交流人口」の域を出ることはできない。観光も十分にできたかどうか、といったレベルである。
それでも、今後SENNで巻き起こることには強い関心があるし、何回だって長井に行きたいと思う。それは、SENNや長井が「面白い」場所だったからである。そして、次に訪れるときには、その「面白さ」の正体を明らかにしたい。

追伸

ところで、長井には「惣邑」という美味しい日本酒がある。販売元の長沼合名会社が「いつの間にかなくなるようなお酒」と紹介するように、油断していると飲酒のペースが高速になる不思議な飲み物だ。滞在中の記憶が所々ふやけたり時間の進み方が歪んだりしているのは、おそらく「惣邑」のせいである。こちらを実家に持って帰ったところ、やはり「飲みやすい」と大好評であった。とりわけ祖母は日本酒が大好物であり「これは美味しい。なくなるのが勿体なくて、少しずつ飲んでいる」などと言っていたため、長井再訪の日は遠くないような気がしている。

執筆者

藤川 駿佑
札幌の大学4年生。グラフィックデザイナー。
劇団「ポケット企画」に所属し、デザインや劇伴の作曲・演奏を担当。
滞在期間:2022年8月23日〜8月30日


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