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長井を訪れて考えたこと(Vol.5.1)

ふたたび長井へ

 2022年11月11日、ついに「みんなの文楽」の本番が明後日に迫るとあって、私は約2ヶ月半ぶりに長井に滞在していた(下記は前回の滞在記です)。


約2ヶ月半ぶりのSENN

 滞在先のSENNに約2ヶ月半ぶりに足を踏み入れたとき、その空間があまりにも以前の空気を保ったままで、思わず身震いした。同時に、ここが「ホーム」である、という愛着をかすかに感じたような気がした。
 この2ヶ月半の間にも、大正大学の生徒が訪れたり、8月に共に2週間を過ごした森くんもまた新たに滞在して、SENNにも風通しがあったのは知っていたけれど、それでもやはり、どこか時空が歪んでみえた。

「みんなの文楽」~準備と当日~

 翌日は昼すぎから、西根コミニュティセンターにて「みんなの文楽」の準備を行った。コミセンの入り口右手すぐの場所で「アーカイブプロジェクト」としての会場を設営する。

会場設営中

 長井に訪れるのが約2ヶ月半ぶりだから、西根コミセンに訪れるのも2ヶ月半ぶりになる。正直、会場の全体的なイメージがどうなるか、会場に到着するまでよく飲み込めていなかった。それでも、壁に釘を打ち、釘に紐を通し、紐に木材をくくり、木材にポスターを留める、という一連の作業をするうちに、イメージの空白が埋まってきた。
 アーカイブスペースの壁面には大きな標語が垂れ下がり、もう一方の壁面には西根公民館の年表が掲示されている。そのただ中にアーカイブスペースが出現するのだから、異様である。何も知らずに「みん文」に訪れた人にとってはさらに異様に感じるだろうけれど、この「みん文」自体、音楽・コメディ・絵本・ボードゲーム・飲食と、すでにカオスめいている気がする。この異空間のなかに異空間が現れたとしても、それは自然なことなのかもしれない。

アーカイブスペース当日の様子

 11月13日、「みんなの文楽」の当日を迎えた。私は、主に「アーカイブプロジェクト」の一員として、訪れてくれた方々へのリアルタイムインタビューを行った。
 インタビューの目的は自分自身の「ルーツ(根)を探る」こと、である。地元やいま住んでいる場所、これまでの人生で思い入れのある場所・イベントを考え、そして、それらを踏まえたうえで「ぼくらの/みんなの文楽」の印象について語ってもらう。

 それにしても、自分のルーツについて考えること、思い入れのある場所について考えることは、なんて単純で難しい作業なのかと思う。ある場所に対する感覚は無意識のうちに生まれる。そして、そのなかで、場所に対する愛着が自覚されてくる。場所/イベントへの思い入れは無意識のうちに生じるものであり、それはもちろん、言語という形で自分のうちに存在するわけではない。そうした感覚を語ってもらうのだから、インタビュイーにとっては、もどかしく、でも何かを解きほぐすような慎重な作業だったと思われる。

 そうしたなかで、合わせて9名の方にインタビューを行うことができた。
 ルーツとなるものも、具体的な場所・地名から人物、水のような物質・物体にいたるまで様々だった。そして、思い入れのある場所/イベントも、かつて暮らした、あるいは学生時代を過ごしたまち、地域のお祭り、海辺など、具体/抽象の様々な形をとって存在した。それでも皆、他者との関わりの記憶のなかに、ルーツや思い入れが埋め込まれているように思えた。

 学術的には、場所愛着(Place Attachment)に影響を及ぼすものには、
・年齢や経済的地位、教育歴などの人口統計学の因子
・環境などの物理的因子
・人との絆といった社会的因子
などがあるとされているが(松本・長澤, 2022)、そのなかでも社会的因子の影響について、具体例をもって実感することができた。そして、自分自身だったらどう答えるだろう、と問いかけてもいた。

帰路

 11月14日、長井での全日程を終え、東京へと新幹線で帰る。
 長井の気温は低く、特に朝晩はよく冷えていた。上野駅に到着すると、東京特有の生ぬるい空気を感じて、愛着とはいかないまでも、「帰ってきたな」という思いにふける。

 今回、インタビューには成功したが、受けて下さった方々には、改めてインタビューを依頼する予定である。インタビューで得られた語りは分析対象となるが、その語りだけでは充分な分析ができない。定量的調査にはその難しさがあり、定性的調査にはまた違った難しさがある。これからはそうした困難と向き合っていかなければならない。

 8月の滞在から2ヶ月半を経て、長井との「関係」は深まっている気がする。それは時間的な要因なのか、あるいは、主体的に「みん文」の実行委員として動いた経験を経たからなのかはまだわからない。けれど、また長井に来たときには、また違った感覚を得るに違いないと思う。長井に根を下ろしてはいないけれど、だからこそ、気付けることがあると思っている。

執筆者

古玉 颯
東京大学大学院総合文化研究科修士1年 専門は人文地理学。
滞在日:2022/11/11~11/14


参考文献
松本阿礼, 長澤夏子,2022「日本の都市部のパブリックな場所への愛着の構造と環境要素 都市部の駅商業施設における鉄道通勤者への調査」『日本建築学会計画系論文集』87(793):533-544.


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