〈電気ショック〉の時代

 Amazonに書影も出たことですし、もうよいでしょう、というわけで宣伝いたします。私も訳者の一人として関わった下記の書籍が、2月中旬に出版されます。

『〈電気ショック〉の時代』(原題:Shock Therapy)(エドワード・ショーター、デイヴィッド・ヒーリー著、みすず書房)https://www.msz.co.jp/book/detail/08678.html

 内容は、精神科治療の一つである電気けいれん療法(electro convulsive therapy : ECT)に関して、創成期から現代にいたるまでの約100年の歴史を、豊富な資料と当時を知る様々な人々の証言をもとに辿ってゆく、というものです。

 私は第5章、第6章、第9章の訳を担当いたしました。そこだけを抜き出しても、1940年代から1950年代にかけての精神医学界の花形スターである精神分析とアングラな汚れ役ともいうべきECTとの愛憎半ばする関係(第5章)、記憶障害や骨折といった副作用への恐れに対して技法上の変革が行われながらも、ECTの行く末に暗雲が立ち込めてくる様子(第6章)、そして1960年代から1970年代にかけて、反精神医学や患者の権利擁護、医療訴訟や医療倫理のムーブメントが立ち上がるなかで、映画などのメディアによって描き出されたネガティブなイメージの影響のもと、ECTが社会的・政治的に抑圧され忘れられてゆく過程(第9章)は、いずれも読み応えのあるものでした。

 こうした歴史そのものの面白さに加えて、ショーター、ヒーリー、そして本書の主なインタビュイーであり、いわば第三の著者であるマックス・フィンクの考え方がにじみ出ていることが、本書をより興味深いものにしています。

 精神病性うつ病のような本物の疾患(real disorder)を扱う本物の医科学としての精神医学が、精神分析の流行や、DSM-IIIという「革命」、巨大化した製薬企業の利害関心によって歪められてきたことを憂う歴史家、エドワード・ショーター。
 精神薬理学の専門的知識をもつ精神医学者でありながら、抗うつ薬の研究開発の暗部を暴いた現代精神医学批判の旗手、デイヴィッド・ヒーリー。
 カタトニア(緊張病)と電気けいれん療法という、精神医学の二つのレガシーを戦前から現代にいたるまで守り伝え、ついには蘇らせた伝説的精神神経科医マックス・フィンク。

 この三者にとって、精神分析やSSRI、そしてそれらのターゲットである神経症や「うつ」は、精神医学に後から付け足された余剰部分であって、したがって精神分析(あるいは認知行動療法)か薬物療法(SSRI)かという争いは些末な(しかし巨大な)パイの奪い合いのようなものだろうと思います。精神分析やSSRI、そして不安-抑うつ症候群がすくなくとも一時期、精神医学の主流あるいは代表的事物であったことと、教育や政治、あるいは哲学や宗教などが扱うべき問題が不当に医療化(medicalization)されたこと(いわば精神疾患という神話の物象化)とは表裏一体の出来事である。しかしカタトニアとECTは違う。本物の病気と、本物の医療とがそこにはある――このような著者たちの見解が、本書には通奏低音として鳴り響いているようにおもいます。

 その見解に対して、自らはどのように考えるのか、どのようなスタンスをとるのか、という思いで読み解くならば、本書はより刺激的かつ興味深いドキュメントとなるでしょう。値段は約7000円と高価ですが、書店等でお見かけの際に、とりあえず手に取ってご覧いただければ幸いです。


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