見出し画像

Clubhouseでウイグル人の「声」を聴いた

 中国新疆ウイグル自治区で中国政府による非人道的な強制収容が行われているというニュースは以前から断片的に報じられていた。私も新疆ウイグル関連のニュースを見聞きしていたが、それらの情報を深く追うことはなく、なんとなく忘れていた。2021年に入り、アメリカやイギリス政府がウイグル問題に対し懸念を示し始めた。
(参考)2月5日にイギリスBBCが出した記事:
https://www.bbc.com/japanese/55945241

歴史の「目撃者」として

 強い関心を持っていたわけではなかった私だが、意図せずしてウイグル問題に「出会って」しまった。偶然とはいえその場に居合わせた人間として、自分の知ったことを共有するべきだと思った。私が台湾人だということは関係なく、人として行動すべきだ、と。大海の一滴だが、何もしないという選択肢はない。ただそれだけだ。これから書くことは、それ以上でもそれ以下でもない。

 2021年1月下旬、Clubhouseという「音声SNS」アプリが日本で急激に広まった。私は1月30日にこのアプリを使い始めた。Clubhouse内には、様々な人が開いた多種多様なテーマの部屋があり、それぞれの部屋で色々な人が話しているのを聞くことができ、自分が発言することもできる。最初はこのアプリの使い方を想像できなかったが、使い始めたらすぐにClubhouseが作り出す「場」の面白さを体感し、熱心なユーザーへと転じた。

 2月6日夜、「新疆ウイグルに強制収容施設がある?」(注:筆者訳)というタイトルの部屋を見つけた。簡体字(中国で使われている漢字)で部屋のタイトルは書かれており、中国語の部屋だろうということは予想できた。それ以外は、1300人が参加している大きな部屋だなと思ったくらいで、怖いもの見たさのようなささやかな好奇心で部屋に入った。長居するつもりは全くなかった。

画像1

 ところが、足を踏み入れた後、あまりの衝撃に、翌朝の7時まで離れることができなくなってしまった。聞くに耐えない発言も多々あり、一瞬退室したが、現実に存在する異なった考え/声を聞けるチャンスを逃すべきではないと思い直し、部屋に戻った。

Clubhouseで起こっていたこと

 中国国外に住んでいる中国人2名がモデレーターだった。一人は漢人の男性、もう一人はウイグル人の男性。ピーク時は参加者が5000人にまで達したので、全員のプロフィールを把握するのは困難だったが、発言をしていた人たちから推測すると、参加者は中国国内外に住む中国人(漢人、ウイグル人、その他の少数民族を含む)が主だった。私のような中国語を理解する他地域の人間も少数参加していた。

 お伝えできるのはあくまでも私が聴いた範囲に限られるが、この部屋で行われていた議論・発言の中で、「新疆ウイグルに強制収容所がある?」という部屋のタイトルに沿った問いに対する答えは、「ある」「たぶんあると思う」「収容施設はあるけれど強制収容所(集中営)ではなく教育施設(教育営)だ」という概ね3パターンに分かれていた。

やや雑な括り方だが、どんな人がどんな答えをもっていたのかというと、以下:
1. 「ある」と言う人たちは、実際に家族が収容された人たち。
2. 「たぶんあると思う」と言う人たちは、新疆ウイグル自治区に現在暮らしている漢人、または、かつて自分が接した新疆ウイグル自治区出身の友人や知り合いの反応から推測している人たち。
3. 「強制収容所ではなく教育施設だ」と言う人たちは、中国政府の行動を正当化したい人たち。

それぞれの言い分

1. 「強制収容所がある」と言う人たち
 彼らは家族を人質にとられて沈黙を貫いていたが、黙っていても結局家族は解放されないという事実を目の当たりにし、声をあげて世界に助けを求め始めた人たちだ。中国政府の復讐を怖れて匿名にしている参加者が多い中、実名で参加していた方を二人だけここでは紹介する。英語メディアで既に取材を受けている方たちなので、私がここで紹介することは差し支えないと判断した。

Nyrola Elimaさん。スウェーデンに住むウイグル人女性。両親、従姉、従姉の3人の子供が今も新疆ウイグル自治区に住んでいる。彼女の従姉は既に3回収容されている。1回目は、単に、「ウイグル人再教育のため、一世帯から一人収容所に入所」という理由でランダムに連れていかれた。2回目は、海外に送金した罪で再度収容された。家族が海外送金先の明細を提出し、テロ組織への送金ではないことを証明したが、解放されることはなかった。3回目は、何の理由なのか全くわからないまま今も収容されており、生死不明。従姉のことを世界に発信したが、事態は改善せず、現在は両親と連絡を取り合うことで彼らにも危害が及ぶことを怖れ、両親とも連絡をとっていない状況。毎朝SNSを開き、両親のSNSが立ち上がっていることを確認することでしか安否を知ることはできないとのこと。

2020年12月16日に掲載されたCNNの記事にNyrolaさんの活動が取り上げられている。
https://edition.cnn.com/2020/12/16/china/uyghurs-silenced-abroad-intl-dst-hnk/index.html

Rayhan Asatさん。アメリカに住むウイグル人女性。ハーバード大学のロースクールを初めて卒業したウイグル人。現在は弁護士としてアメリカで働いている。彼女の弟は、新疆ウイグル自治区に住む起業家だった。2016年に米国務省のプログラム(International Visitor Leadership Program)に参加後、中国に帰国したところで消息を絶った。
「多くの漢民族中国人も似たような米国務省のプログラムにこれまで参加していたため、そこにリスクがあるとは考えていなかった。弟は地元では有名な起業家であり、中国政府系メディアでも新疆ウイグル自治区への貢献を高く評価されていた。しかし、そんなことは関係ないのだとわかった。他の親族に危害が及ぶことを怖れて、何年もの間、声をあげなかった。私は弁護士であるにも関わらず。その間弟一人を犠牲にしてしまったことを今とても悔やんでいる。米国務省に働きかけ、弟が参加したプログラムは国家転覆などを目的にしたものではないという声明を出してもらったが、未だに弟の所在も生死も不明のままだ。今どんな姿になっているのか、どんな思いでいるのか、食事はできているのか、生きているのか、考えない日はない。」と語った彼女の声が脳裏から離れない。
彼女のホームページ:
https://www.rayhanasat.com/

2. 「たぶんあると思う」と言う人たち
 故郷の話になると言葉がつまっていたウイグル人の友人を思い出し、「そういうことだったのかもしれない」と話す非新疆ウイグル自治区出身者たちが多数いた。また、新疆ウイグル自治区在住の漢人女性は、ウイグル人に限らず、この数年で警察の取り締まりがとても厳しくなり、漢人でも警察に連行されていく。自分もただ道を歩いているだけなのに、警察に携帯電話を見せるように要求されることがある。でも、テロ活動を予防するためだと言われているので、治安維持のためには仕方ないのではないかとも思うし、そのために無罪の人たちが犠牲になっていると聞くと、どうしていいのかわからないと語った。「中国は素晴らしい経済成長を遂げていて、だから私は中国を誇りに思っている。まさかそんな非人道的なことをしている国だとは信じたくないという気持ちがあって、新疆ウイルグ自治区で起こっていることを否定する材料を探してしまう。」と正直に告白する別の漢人女性もいた。

3. 「強制収容所ではなく、再教育施設だ」と言う人たち
 新疆ウイグル自治区で育ち、現在はアメリカ留学中の漢人男性は、自分が子供のころは漢人もウイグル人も仲良く暮らしていた。今新疆ウイグル自治区にあるのはあくまでも再教育施設であって、ユダヤ人強制収容所のような非人道的な場所があるとはとても信じられない、とやや興奮気味に語った。「収容されるのには理由があるはずだから、その理由を知りたい」と中国政府が法の下にこの政策を実行していることを信じている漢人女性もいた。また、「言うことを聞かない子どもがいたら、ちゃんと学べるところに子どもを入れるだろ?それと同じだ。」と発言した漢人男性もいた。
 彼らに共通するのは、「テロリストから住民を守るために必要な場所。ウイグル人が犯罪者になるのを予防するための場所。だから、強制収容所ではなくて再教育施設だ。」という認識だ。この日のClubhouseで被害者家族たちが語った話の中に登場していたのは、テロ活動とは全く関係のない自分たちと何ら変わりのない一般人だったことを、彼らは受け入れていない(受け入れられない)様子だった。そして、無意識なのだろうが、多数派のもつ特権を振りかざしていた。
 ウイグルで育ったある漢人の女性は、「私の両親は、新疆ウイグル自治区を開拓するために移住させられ、その発展に貢献した。ウイグル人は中国政府から少数民族の恩恵を受けていたが、私たち漢民族は何も与えられなかった。漢人の学校に通うウイグル人は良いが、ウイグル人の学校(ウイグル語で教育される)は高校までしかないので、そこに通うウイグル人は教養レベルが低く、自然とテロリストになりやすい環境にある。その人たちに教育の機会を与え、中国語をちゃんと勉強させて、仕事できるように技術を学ばせるのは、政府の政策としては良いことだ。多少の犠牲を払っても治安を維持するためだ。」と言った。よくもこんなことが言えたものだと鳥肌がたったが、彼女は自分の言ったことを心から信じているのだろうと感じた。
 これに対してウイグル人男性が返答した。「かつてはウイグル語で大学教育まで受けることができた。中国政府がその大学を廃止し、ウイグル人の教育の機会に制限をかけたのだ。今の話を全部置き換えてみよう。ウイグル人が多数派で、漢人が少数民族になった社会を想像しよう。漢人の2割は再教育のためにと連行されて、自由を奪われ、中国語(普通話)を禁止されるが、ウイグル語を指導され、素晴らしいウイグル文化の薫陶を受け、職業訓練も受けることができる。あなたはそれをされて嬉しいのか?漢人がテロリスト化して社会混乱を引き起こすことを予防するために、あなたのお父さんを犠牲にするのは仕方ない、と言われて納得できるのか?」彼の言葉が最も真理をついていると私は思った。

「声」を聴いて思うこと

 新疆ウイグル自治区で起こっていることは、これまでも世界中で起こっていた。ヒトラーのユダヤ人大量虐殺しかり、台湾の白色テロ(白色恐怖)しかり。言論の自由を奪い、人格を奪い、人を人として扱わないことが罷り通る社会が存在してきた。どんなにそこに立ち向かって克服しても、また違う時代の違う地域で同じことが起こる。そう思うと、無力感に襲われる。今の平和な日本にいる私としては、自分の身に同じことが起こるとは到底想像できないが、何かの要因が変われば、ある日突然当事者に転じるのかもしれない。そんな想像力を持ち続けることがとても大事だと改めて思う。

 私は体力の限界を迎え、翌朝(2月7日)の7時にclubhouseのウイグル部屋から退室した。その後、2月7日午後1時時点ではまだ部屋が続いているのを確認できたが、いつどのように終わったのかまでは見届けられなかった。常に同じ人たちがずっと部屋にいるわけではないので、入れ替わり立ち替わり違う人が出入りし、同じような発言が何度も繰り返され、そのたびに「中国政府の言い分を信じる漢人」が「迫害されてきたウイグル人」を傷つけるという場面が再生産され、聴いているのがとても辛かった。人は自分の信じたいものを信じ、聞きたい言葉を聴く。自戒の意味を込めて、このことを忘れてはいけないと思った。そして、勝手ながら、傷つけられても発信することを止めないでほしい、と願った。何か手助けできればと思い、この文章を書くことにした。Twitter上で英語や中国語でこの部屋のことを発信した人たちもいる。私と同じように心を揺さぶられたのだと信じたい。

 中国では、政府による情報統制が行われており、中国共産党に都合が悪い内容等は厳しく検閲され、FacebookやGoogleなどはVPNを繋がないと中国本土では使用できない。VPNに繋ぐことを中国人は「壁を越える」と表現する。この記事を書いている2021年2月8日午後時点では、Clubhouseは中国本土からの利用でも政府当局の検閲を受けず、壁を越えずともアプリ使用が可能なようだが、中国本土のユーザーがClubhouseをインストールするためには、App Storeでの登録先を中国本土以外に設定する等の工夫が必要となっている。今後、中国政府当局がClubhouseを検閲の対象としたり、アクセスを遮断する等の対策をとる日は遠くないだろう。私がClubhouseで「出会う」中国人は皆それを強く認識している。だからこそ、この場が貴重であり、私にとっても中国人の「声」が聴けるこの一瞬を貴く思う。その声が、自分の意見とは大きくかけ離れていても。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?