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ひっくり返す鍵

先月から私のもとに、経営者仲間からの電話やメッセージが相次ぎ、
全員が全員「今回の事態はかなり厳しいですね」と、初めて聞くような弱音をこぼしていた。

普段楽天的な私でもさすがにわかる。
これは最悪の事態を想定しなければならない。

倒産。

その時期の差こそあれ、この二文字が忍び寄っていると口にした友人経営者は少なくないし、
スタッフを守るために、一部事業を閉じる決断をした友人もいる。

無論この数週間、私の頭にももちろんその二文字がずっとのしかかっていた。
いつ来るか、どこまで持ち堪えられるか。
それを回避するために何をしたらいいか。
そんな不安を抱えながら、税理士さんのお力を借り、融資の申請などを淡々と。
この間、低血圧からか少し目眩が続いたりもしていたので、とにかくよく眠るようにした。
今は絶対に、身体を痛めつけてはいけない。
少しずつ、短期戦から長期戦の思考に切り替えていった。

融資審査の結果待ちになってからは、
スタッフとzoomミーティングしながらメンバーの思いを聞き、
できることをまとめ、気持ちを立て直していった。
みんなの顔を見て、声を聞いて、
センジュ出版を立ち上げた頃の自分を思い出していた。
この会社をどうしてつくって、この会社が何をしようとしていたのか。
しずけさとユーモア。
モモになりたかった私。

ようやく、沈んでいた気持ちが伸び上がった。
ダブルミーニングで重い腰を上げて、
休んでいたスクワットを再開することができた。
過去に、会社にとっていちばんの危険はお金を失うことより
私が私を信じられなくなることだという怖さを知ったことがあり、
今回は沈むことも意図的に、前向きに考えた。
きっとこの嵐のような不安は私の前を過ぎ去っていく。
だから今は急がず、この不安をちゃんと味わって、そのことを信じようと思った。

立ち上がったタイミングで、ラジオで話すご依頼がきた。
もう少し早いご連絡だったら、もしかしたらお断りしていたかもしれない。
言葉が上滑りしてしまうのが自分でもわかったから。

昨日お会いした番組制作のご担当者さんは私とほぼ同年代のパパ。
ここのところ、心の内にずっと細波が立っていたとおっしゃった。
こんな時こそ、ラジオや本ができること。
人の想像力を信じて育む。
明日の収録はそんな話もできたらいいと思う。

ところで、私がキャンプが好きな理由は、
五感を研ぎすませて、知恵を絞ることの楽しみを思い出したいから。
普段とは違う次元の時間を遊びたいから。
何百年と生きている大木の前で、
人間の小ささを確かめたいから。

そして、私が職住接近に切り替えたのは、
家族との時間を増やしたかったから。
「はたらく」と「くらす」を、限りなく溶け合わせたかったから。

はからずも、今回の新型コロナ禍において、
ないものの中から知恵を絞ること、
普段とは違う次元の時間に身を置くこと、
目に見えぬ自然の力を前に人間の小ささを痛感することが
続いている。
さらには、いまや家族との時間が一日の中心になっている。

望んでいたことが、当初のイメージとは異なるけれど、
いま目の前にあるとも言える。

すべてが収束した後の世界に、
今感じている経済や目に見えぬことへの不安がすべて、ひっくり返ったとしたらどうだろう。

ひっくり返す唯一の鍵が、
争うことでも、奪い合うことでも、否定し合うことでもなく、
お互いを敬い、共に手を取り合うことだったらどうだろう。

今朝、昨日の配信を見てくださったファンクラブ会員の方から、

「吉満さん、昨日の配信お疲れ様でした。
 世の中が大変な状況で、出版社として何ができるかと深慮されているご様子、我が身を省みてはずかしいかぎりです。
 ただ、個人的には今まで通り、良い本を作っていただけるのが一番いいと思います。

 吉満さんに本のことをどうこういうのは釈迦に説法ですが、『アウシュヴィッツの図書係』という本をご存知でしょうか。
 実話を基にしたほぼドキュメンタリーに近い小説なのですが、この本を読むと本の持つ力というものがとてつもなく大きいということを思い知らされます。

 生きては出られない、いつ死ぬかわからない状況でも、たった8冊しかない本に人は心の拠り所を求めるのですよ。
 センジュ出版さんの本を心の拠り所にする人は必ずいます。
会社の維持も大変でしょうが、どうぞこれまで通りいい本を作り続けてください」

と、メッセージをいただき、センジュ出版の8冊の本を思った。

この状況の中で、どなたかにとっての心の拠り所になる、
センジュ出版の本。

そうだ。
私はそんな中途半端な気持ちでこの会社をつくったんじゃない。
どの著者も、そんな中途半端な気持ちで、この原稿を預けてくださったんじゃない。
息苦しかった世の中に、石を投げて、波紋を作ろうと思った。
世の中をひっくり返す、唯一の鍵に賭けたかった。
それがセンジュ出版でありたかったし、そんな大仰な思いを信じてくれた仲間が一人、二人と、たしかにいま、目の前にいる。

私は今までと同じに、今まで以上に、
その人たちと手を取り合って、
本をつくって、届けていこうと。

そう思っています。

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