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【story19】空き家がまちをつなぐ-千住暮らし100stories-


青木公隆さん 40歳

千住寿町にある、空き家をリノベーションした複合コミュニティスペース『せんつく』。名前の由来は「千のつくるが行き交う場所」。銀鮭専門割烹、パン教室、整体カフェなどの「つくる」をコンセプトにした店が集まり、さまざまな人との縁が繋がっている。2022年12月には、千住宮元町に「学ぶ」をコンセプトにした『せんつく2』がオープンした。

2022年12月にオープンした『せんつく2』。1階には飲食店、2階にはフリースクールも実施する学習塾や自習室など、大人も子どもも学べる場として活動が始まっている

これらを企画・設計・運営をするのが建築家の青木公隆さんだ。木造でほっこりした雰囲気の『せんつく』の空気感とも少し違う、淡々と語る姿が印象的な青木さん。壮大なまちづくり計画と、本人の暮らしぶりを探ってみた。

魅力的な路地と空き家問題

時を重ねて味わい深さを増した建物がまちに残り、迷路のように張り巡らされた路地がある。それが千住の魅力のひとつだと青木さんは言う。「今も路地に入ると“こんな場所に出るんだ!”と発見があります。子どもを連れて散歩する時、路地に入ると手を放しますね。車の往来がない道って、子どもの遊び場としてもピッタリ」と笑う。

千住には車の往来の激しい大通りと、迷路のような路地が複雑に入り組んでいる


一方で、日本全国で社会問題になっているように、千住も空き家問題を抱えている。空き家には防犯上の課題、そして災害時は倒壊の恐れもある。空き家をリノベーションして、古くて新しいまちづくりを進める青木さん。建築の専門性を活かして、まちのコミュニティを生み出し、空き家再生を通じて地域を活性化する取り組みに励んでいる。

その取り組みのひとつが、現在2つある『せんつく』だ。工事前、千住寿町の『せんつく』は築70年を超え、千住宮元町の『せんつく2』は築60年を超えた民家だった。いずれも空き家として10年経っていた。リノベーションするにあたり準備をしている時、道行く人たちに「いよいよ解体されるんですね!?」と声をかけられたと言う。だが、日に日に建物がきれいになっていく様子に皆が驚いていた。


『せんつく』になる前の民家。 写真提供/青木公隆
『せんつく』になる前の民家。 写真提供/青木公隆

まずは、空き家の大家さんと信頼関係を築く

1店舗目の『せんつく』は、北千住駅西口から国道4号線を越え、路地を進んだ住宅街にある。この建物に面した細い道は、以前は商店街で肉屋や魚屋もあったそう。「『せんつく』には飲食店や整体など、小商いをする人達が活動しています。かつてあったという商店街らしさに繋げられたら楽しいですね」。

『せんつく』の2階の角部屋から見た通りの様子。車1台がやっと通れる狭さだが、かつては商店街として賑わっていた

千住には空き家が多いが、空き家を借りるためには大家さんとの信頼関係が欠かせない。建築や相続などの様々な課題があり、空き家となってしまっているのが現状だ。「空き家には、大家さんの思い出も詰まっています。リノベーションして思い描いたものと違うものになっても、元には戻せないですし、今まで感じなかった不便など問題が次々生まれるかもしれません。空き家を活用する上で、大家さんの想いやご自宅の思い出をきちんと聞くことが大事だと感じています」。

現在『せんつく』として利用されている空き家に惚れ込んだ青木さんは、「工事費の一部を自ら負担し、建物の設計から運営も自分達で行なうので、活用を任せてほしい」と大家さんにお願いした。大家さんと共同出資という形で、青木さんが設計と運営をすることが決まった。青木さん自らが入居するお店を集めて、運営にも携わっていくことを約束したのも、大家さんの心を動かすことになった。「リスクが全て大家さんに行かないよう、建てた後も継続して責任を持つことで、大家さんの不安を減らせるのではと思いました」。

次に考えたのは、営業形態。当初はゲストハウスや古民家レストランにするつもりで、何人もの経営コンサルタントに会って相談したが、こぞって反対された。それは、北千住駅から国道を渡った先で、駅から徒歩10分以上という場所が理由だった。不動産業界の常識とされている駅から徒歩何分といった駅近中心主義の発想からいったん離れてみようと考えを変えた。ある時『せんつく』を中心に地図に円を描いてみた。千住の西口側のエリアのど真ん中に位置することに気付いたことで、発想が変わった。

それは、電車を降りて行く人より、地域に住んでいる人が行きやすい場所。「つまり、地域にファンを増やせば、充分やっていけると思いました。当時、このエリアはお店が少なかったので、近所の人に喜ばれています」。

古民家リノベーションの苦労

リノベーションは間取りも含めて試行錯誤だった。「今ある建物を読み解くことが大切。解体して初めてわかることもあって、試行錯誤しましたね」。見積もりは予算の倍だったので、コストダウンする工夫をした。改修せずに元の建物を活かすデザインに変更したり、家具はいただきものを活用したり、お金の使い方も勉強になったそう。

工事中の『せんつく』 写真提供/青木公隆
改装後の『せんつく』は、天井や柱の木材は元のものを活かし、天井を高く見せるためにむき出しに
2階に通じる階段。木造建築ならではの温かみを感じる
北千住駅東口の学園通り商店街にあった『文具トラヤ』(2020年店舗は閉店)のオーナー夫妻からもらった棚。文具類や書類を入れるのに便利
石が埋め込まれた玄関のたたきは、当時のまま
外構の木の床は、区内に事務所を構える『大工店 賽』の佐野智啓さんからいただいた木材。解体現場で出た廃材を切って、ワークショップを通じて皆で地面に埋め込んだ

結局、『銀鮭銀鮭専門割烹ウチワラベ』、パン教室『しみずパン』など食にまつわるイベントを主宰する『千住コトノワ』、『ハンドメイド雑貨店 フロート』(現在は退居してネット販売のみ)、後に整体カフェ『Reliev(リリーブ)』が入居する複合施設という形に落ち着いた。

現在、『せんつく』に入居するのは4つの店や事務所

「1棟丸ごとでは、比較的大きな住宅のため家賃は高くなってしまう。一方で、複合施設にすると、入居者で家賃を分担することができる。また、それぞれの家賃が安く、固定費が抑えられることで、活動しやすい環境づくりを目指しました」。

『せんつく』の1階に入居するのは、『銀鮭専門割烹ウチワラベ』(写真上)と整体カフェ『Reliev』(写真下)

危機から生まれた地域コミュニティー

建物の中に複数の店を集めるのは、客層を広げるメリットもある。「パン教室には子育て世代の女性を中心に人が集まり、整体にはご年配のかたも多く通っています。整体に通うおばあちゃんが、パンが焼ける香りを嗅いで“今度はパンを作りに行こうかな”と思ってくれるかもしれない。そうして老若男女問わず、人の輪が広がっていったらうれしいです」。

『せんつく』では、それぞれの店を切り盛りするメンバーが2~3週間に1度集まってミーティングをする。『せんつく』に携わる皆で、自分ごととしてこの複合施設で次に何をしたら良いかなど、アイディアを出し合う。「ざっくばらんに話し合えて、和気あいあいとした雰囲気です。すごく風通しがよいですね」と、楽しげな青木さん。

『銀鮭専門割烹ウチワラベ』の内田洋介さんと打合せ。内田さんは『せんつく2』の学習塾の運営にも携わっている

古民家はリノベーションしたとしても性能に限界がある場合も。例えば、建具は昔ながらの木枠の窓で、冬は寒くて夏は暑い。1階の話し声が2階に聞こえてくることもある。「さまざまな不便さが気にならない寛容な人が古民家に向いています。ミーティングもそうですが、いろいろな意見や考えを尊重し、そして古民家の不便さを受け入れられる人でないと活動は難しいです。これは、建物の性能を上げて最近完成した『せんつく2』も同じ。だから、一緒に活動する人はとても大事です」。

建具も当時のものをなるべく残している。写真下は2階の和室の畳のすぐ上にある小窓。「昔は掃き掃除をして、ここから外にゴミを落としたんじゃないかな?」


『せんつく』がオープンしたのは、新型コロナウイルスの脅威が連日報道されるようになった直前の2020年2月。4月には初めての緊急事態宣言により、多くの店が休業に追い込まれた。『せんつく』もその影響を受け、不定期に営業する状態が続いた。夏の風物詩である花火大会が中止になり、千住の秋の祭りも中止…と多くの人が肩を落とした。

コロナ禍で通常営業できない時期が続いた

それを打破しようと企画されたのが『せんつく市』だった。「入居する『ウチワラベ』の内田洋介さんの提案で、2021年8月に夏祭りをすることにしたんです。子ども達に楽しい思い出を作ってもらおうって。2日間で200人以上の子どもが集まり、狭い路地に子どもがあふれるほどの大盛況でした」と青木さんは顔をほころばせる。不定期営業の店が多いため、イベントを開催することでどんなお店が活動しているか知ってもらう機会にもなった。

夏祭りとして開催した『せんつく市』の縁日の様子。久しぶりの金魚すくいや輪投げに、大人も子どもも盛り上がった 写真提供/青木公隆

初回の『せんつく市』が想像以上に大盛況だったものの、コロナの状況を鑑みて翌年の夏祭りは1日に限定し、100名が来場した。夏祭りも含め、『せんつく市』は2022年12月までに10回開催した。「2023年は『せんつく2』と行き来し、千住のまちを回遊しながら楽しんでいただける『せんつく市』を開催したいです」。

建築への想いが変わった新人時代

空き家再生を通して、地域の繋がりも復活させている青木さんだが、建築の道に進んだ当初はガラス張りの美術館など、美しさにこだわった建築を目指していた。それがなぜ古民家のリノベーションに??

青木さんは大学院で建築を学んだ後、2008年に日本設計に入社する。1年目にJICAの仕事でソロモン諸島のギゾ島という小さな島の病院を再建し、価値観がガラッと変わった。「この島は津波の被害を受け、病院を始めさまざまな建物が失われました。浸水しないように床を高くして、中庭を回廊にすることで通気性を良くするなど、機能性を重視して設計しました」。病院が完成すると、現地の人はとても喜び、新聞でも大々的に取り上げられた。

「その時に気付いたんです。建築は美的な評価だけでなく、その時代の社会課題に応えるべき存在でもある。見た目の美しさも当然実現させるべきことですが、社会が求めるものをつくりたいと考え方が変わりました。思い返してみると、今も人々の記憶に残る建築は、時代を象徴したものばかり。自分は建築という専門性を使って、社会貢献しようと決意しました」。

時代が求める建築とは何か。「社会全体が縮小に向かっている時代で、どのような社会を目指すべきかわかりにくいです。そのような中、今の日本は空き家という社会問題を抱えています。空き家再生はひとつの社会貢献になると考えています」。青木さんの現在の仕事は、店舗や事務所、医療系建築物などの建築設計に加え、空き家再生を含むまちづくり、そして教育・研究活動を進めている。忙しい合間を縫って、空き家再生に携わっているのだ。

多様な価値観を受け入れる 自分のルーツ

青木さんは物事を常に一歩離れたところから見ているが、それは拒否しているからではない。自分の固定観念にとらわれず、価値観の違いも認める懐の広さがあるからだ。それは、生まれ育った環境が影響しているのかもしれない。1982年にアメリカのテキサスに生まれ育ち、4歳で帰国。母方の祖父はインドネシア人というクオーターだ。「複雑なルーツで多様な文化で育ってきたせいか、違う価値観の人や環境の中で生活しても、素直に受け入れられるという個性はある気がします」。

大学院生の頃、パリの設計事務所で修業をしていた期間がある。その時、ヨーロッパのさまざまな国を1人で旅をした。「北欧の洗練された雰囲気も好きですが、自分が特に惹かれたのはスペインの南部のアンダルシア地方。お祭りをしているわけではないのに、いつもお祭りのような雰囲気ですごく陽気なんです。キリスト教とイスラム教の文化が混在して、多様な文化があるのもおもしろくて」と、旅の話が止まらない。

宿場町として栄え、北関東との交通の要衝でもあった千住も、昔からさまざまな人が暮らしている。よそものを受け入れる文化が根付いたまちなのも、青木さんの性に合っているのかもしれない。そんなところに魅力を感じて千住へ? 意外にも答えはノーだった。

利便性だけで決めた千住暮らし

青木さんは幼少期に帰国してからは、茨城県の守谷で育った。つくばエクスプレスが開通してからは、より利便性が高まって子育て世代に特に人気を集めているまちだ。建築の仕事をして、2012年に29歳で独立。当初は茨城県の取手のまちづくりに携わっていたため、実家のある守谷と取手にも行きやすい場所として常磐線沿線のまちに住むことに。2015年から足立区の綾瀬で暮らし、より双方に行きやすい場所へと2019年に住まいを千住に移した。「単にアクセスの良さで住むことに決めたので、千住の本当の魅力には気付いていなかったです(笑)」。

実際に住んでみると、冒頭に書いたように歴史の厚みや路地に魅力を感じた青木さん。それは、実家のある守谷とは正反対だという。「守谷は1980年代に田畑や沼しかない土地を住宅地に開発した新しいまち。碁盤目状の整然としたまち並みや自然豊かなところは魅力的ですが、歴史の深さは感じることができません。一方で千住は、古い地図を見てもさまざまな歴史を感じます」。

趣のある建物が点在する千住

そして忘れてはならない魅力は、人。「地域おこしをする人、個性的な店主など、これでもかってぐらいおもしろい人が多い! 千住で毎月会えるユニークな人たちが、地元では年に1回会えるかどうか(笑)」。千住にはコミュニティがたくさんあり、世界が広がる。

千住仲町のミリオン通り商店街を散策していたら、『仲町の家』を拠点に数々のアートイベントを手がける『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』事務局の吉田武司さんに遭遇。千住で友人やまちづくりの仲間が増えた今、知人にバッタリ会うことはしばしばある

空き家再生の矛盾を克服した『せんつく2』の誕生

2022年12月に『せんつく2』がオープンし、また新しいコミュニティが誕生した。『せんつく』から徒歩5分ほどの場所にあり、千住宮元町の区立青葉中学校の並びの五差路に面している。北千住駅からはさらに遠く、辺りに店はほとんどない住宅街。夜になると真っ暗だが、『せんつく2』ができてからパッと明るい光が灯った。

「こちらも元は民家で10年ほど空き家でした。敷地いっぱいに建築物が建て増しされていて、車の往来はあるのに見通しが悪く、通学路にしては危険な通りでした」。まず建て増しされた部分を削ぎ落すことで、見通しが改善。そして住宅街の中で明るい場所があることで、地域の人の安全と安心に貢献しているはずだ。

『せんつく2』になる前の民家。トタンで建て増しされていた 写真提供/青木公隆

この物件は、大家さん自ら『せんつく』のような建物にしてほしいとリクエストがあった。「『せんつく』を受け入れてくれる人がいるとわかり、うれしかったです。『せんつく2』は思い切って、個人で土地・建物を取得しました」。『千住まちづくりファンド』を利用したことで、金融機関からの大きな融資も得られ、『せんつく』より予算は潤沢だった。しかし、こだわりを追求しようとすると資金がかさむ。資材の高騰も追い打ちをかけた。「最終的には予算をかなりオーバーしましたが、結果には満足しています」。

大がかりな改修工事は、近隣の住民から注目を集めた 写真提供/青木公隆

今回こだわったのは耐震と耐火。「自分に与えた課題が、建築物の性能も含めた再生だったので、見た目を美しくするだけでなく、現行法レベルに建築物の性能を高めることに力を入れました。自社事業として初めての試みだったので、まず資金の問題は目をつぶり、一度理想のものをつくって目指すべき建築物に必要な設計や工事、資金、事業収支を理解しようと思いました」。

足立区でも力を入れる空き家の再生は、過去につくられた魅力ある建物を後世に残す役割を果たしている。一方で、住宅密集地で古い木造家屋が多い千住は、細街路の拡幅整備や住宅の耐震工事なども急務となっている。「空き家を再生する仕事をしてきて、自分でも矛盾を感じている部分でもあります。空き家再生が、老朽化建築物のただの延命措置になってはいけない。本当の意味での空き家再生は、まちづくりしつつも防災に強いものでなければいけない。どの立場の人にも納得してもらえるよう試行錯誤しました」。

『せんつく2』は完成までに、初めての内見から2年半かかり、『せんつく』より1年長くかかった。ほぼ骨組みだけにして、建物の傾きも直し、耐震の筋交や壁を入れ、外壁も耐火性能を与えた。間取りも元のものとはかなり変えることになった。交差点に面した大きなガラス窓は、最後に思い付いたアイディア。「空間を広く見せることもできるし、外から見た時、特に夜は目立ちます。今となってはこの建物のシンボルのような存在です」。

大きな窓は建物の北側に面している。敬遠されがちな方角だが、一日を通して安定した光が入る良さがある

室内に入ってまず印象的なのが斜めに渡された木の柱。これは耐震補強のための筋交だ。「普通は壁などで隠しますが、『せんつく2』は学びがコンセプトなので、あえて見えるように設計しました。来てくれたかたに耐震の話をしてもわかりやすいし、窓際なので隠してしまうより外の光も取り込めます」。

実際に見ることができる耐震補強の筋交

『せんつく2』は“学ぶ”がコンセプト

『せんつく2』には、1階に創作炭火焼の店『Orto(オルト)』が入居し、2階の『ウチマナベ』は、『せんつく』の『銀鮭専門店割烹 ウチワラベ』内田洋介さんが運営する学びの場。大人も子どもも一緒に、英語や絵画などを学べる塾だ。不登校の生徒を受け入れるフリースクールも併設し、千住で初のフリースクールとなった。「区内の学校とも連携して、良い形で運営ができたら良いですね」。

『せんつく2』は写真中央。右手側に見えるのが区立青葉中学校
「集団行動になじめない、家庭が貧しくて教育を充分に受けられない、という子ども達の助けになれば」と、内田さん。基本的に外部から講師を招き、内田さんは運営に注力する

内田さんは『銀鮭専門店 ウチワラベ』にて、貧困に悩む人に無料で食事を提供する取り組みを続けているが、塾に通う子どもが『せんつく2』に入居する『Orto』で食事ができるプランも始めている。「内田さんはニューヨークで“殴られ屋”としても活動したおもしろい経歴の持ち主。波乱万丈な人生の中で学んだことを、子ども達に伝えようとしています。自分は建築の専門家なので、そこから出るつもりはありません。自分は建築で場所を提供し、各々が専門分野で力を発揮し、社会貢献できたらと思っています」。

2階の階段を上がってすぐの窓際席は自習室。机はこれから用意する

2階は今後、大人も利用できる自習室もオープンする予定だ。このスペースにある棚には、地元で活躍するつくり手の作品を並べ、販売することも考えている。「千住には革製品の職人さんも多いです。ここに来て作品のこと、地域に根付く文化のことを知ってもらえたら」。

造り付けの飾り棚に、地域の職人による手づくりのものを並べる予定
『Orto』店主の松尾宏さん。炭火焼の高級レストランなどに勤務し、独立して店を構えた

1階の『Orto』は、駅から遠い立地が心配されたが、順調にお客さんを集めているという。夜になると、大きな窓から明かりが漏れ、お店の中がよく見える。そのため、「何のお店なの?」と通りすがりに寄ってくれるお客さんも多いとか。

『せんつく』を利用しているお客さんが、2号店を楽しみにしていたとオープン早々駆けつけてくれたそう。いつか『Orto』で食育に関するイベントを開き、自分も子どもに学びを提供する場をつくれたらと松尾さん。

右は『Orto』で腕を振るう松尾宏さん。子ども食堂も運営していく

目指すは10個の『せんつく』

『せんつく』が2つ完成し、今後は3も予定されたりしているのだろうか? 「約20年かけて、『せんつく』を10までつくりたいと思っています!」と目を輝かせる青木さん。10個なのは、キリがいいからという理由ではない。「郵便局って、まちを歩いているとほどよい距離感で目に入りますよね? 千住には、郵便局がちょうど10ヶ所あって、おそらく適切な距離で分布して、生活のニーズを支えています。『せんつく』も、暮らす場に当たり前のように存在して、地域の生活インフラのようになることが目標です」。

『せんつく』は1軒100㎡ほどある。10個できれば、合計1000m2。これはちょっとした公共施設と同程度の大きさだそう。「大きなものを1個つくるのではなく、小さく分散させて、入居している個人の力を発揮して、その周辺の生活をより豊かにできたらと思っています」。

『せんつく』の入り口にて。ロゴも印象的

2つの『せんつく』が完成し、建築系だけでなく、社会学などの研究者からも問い合わせがくることが増えたという。まちづくりのモデルとして、多くの人の注目を集め始め、何やら大きなうねりが生まれそうな予感がする。

コンセプトは“つくる”、“学ぶ”と続き、今後も施設ごとに変えていく予定だ。「全て自分だけでつくるのではなく、いずれ誰かが引き継ぎやすいよう、マネしやすいものをつくりたいと思っています。そのためにも、『せんつく3』は建築面で1と2の反省点を踏まえて設計できれば」。入居するお店も、今までとは全く異なる業種が入るのかもしれない。

「そして、『せんつく5』あたりでは、お金を全く使わず、誰でも楽しめる場をつくりたいです。民間が運営する公共的な施設にして、地域のすべての人に開かれた場にできたらと。そのためにも『せんつく4』までには事業収益を上げられるようにしないとなぁ…」と、熱く語る。

そして驚いたのが、空き家にはこだわっていないということ。「さらに先の『せんつく6』や『せんつく7』は新築で考えています。空き家再生はひとつのきっかけであって、『せんつく』というコミュニティを千住のまちじゅうに展開していくのが夢です」。いずれ、10個ある『せんつく』で『せんつく市』を同時開催する日も来るのかもしれない。「10個もあれば、まちの一大イベントになりそうですよね(笑)」。

千住に密着し過ぎない距離感がモットー

青木さんの壮大な構想を聞くと、よほど千住愛が強い人なのかと感じる。だが、「ずっと千住に住むつもりはないんです」とキッパリ。理由は、建築・まちづくりをする上で、いつでもフラットな視点で見ていたいから。「千住はおもしろくて好きですが、『せんつく』を通じて活動している皆さんとか、周りの人が地域に密着していたら充分。自分はその環境づくりができれば満足です」。

青木さんは昨年博士論文を書き上げて、今年からは東京大学大学院の特任助教となり、教育・研究者の顔も持つ。「まちづくりや都市デザインは研究対象でもあるので、ドライに見る必要があるんです。好きになりすぎて、周りが見えなくなると、失敗すると思います。冷静にまちを俯瞰して眺める視点が必要です」。

そう決意したのは、千住の街づくりに携わり始めた2016年頃の出来事がきっかけだった。
「千住には、まちを活性化しようと活動するコミュニティがたくさんあります。知り合いが増え、ありがたいことに多くのイベントに誘われて参加しました。しかし、その場は楽しいけれど、一時的に携わるだけで、この先何に繋がるのだろうと疑問に感じたことがあって…。自分は地域に20年30年と残っていく仕組みづくりに力を入れようと考えを新たにしました」。

土曜朝のひとり時間

「以前の『#千住暮らし』の記事で、『せんつく』に入居してくれた赤根いずみさんや、高木みほさんが取り上げられたことがすごくうれしいです。千住暮らしを楽しむ人を増やしたいだけで、自分の千住暮らしは記事にするようなものではないですよ」と苦笑いする青木さん。無理を言って、千住暮らしの一部をのぞかせてもらった。

打合せや読書などで『珈琲物語』、『Sd Coffee』、『P-KUN CAFE』といった喫茶店やカフェにもよく行くが、土曜の朝は『SLOW JET COFFEE』で1人朝食をとりながら、読書をしたり、論文を書いたりするのが日課だ。普段の仕事や子育てから離れ、リセットできる数時間。たいてい7時の開店を目指して行き、家族が朝食を食べ終える頃に帰る。休日は青木さんが子どものお世話をする役割なので、その前の静かな時間を満喫している。

注文するのはいつもブラックコーヒー。店内で焙煎されたコーヒー豆は、香り高い

「家にいるとオンとオフの切り替えが難しくて、朝の時間を無駄にしていると気づきました。ある時ここで過ごしたらすごく集中できて…。論文提出前は毎週のように通っていましたね」。座るのは、入口向かいの1人席。PC作業ができるよう、電源も確保されている。

「カウンターにはお店の人とお喋りしているお客さんがいて、テーブル席は家族連れが多い。朝早いのに、テーブル席がすぐ満席になるのに驚きました。一方、店に向かいながら路地を通ると、土曜の早朝は人通りもなく静か。曜日や時間でこんなに違うんですね」

店に通っていると、ある時おもしろいことに気付いた。「見たことがある人がここにも、あそこにも…。お互いがお互いを何となく認識しているのでは。言葉は交わすことはないけれど、人の気配があって、何だか居心地が良いですね」。

この店に来たのは、仕事関係の打合せで連れて来られたのが始まり。古民家をリノベーションした建物にまず惹かれた。調べるうちに、このカフェを運営する企業バルニバービの会長である佐藤裕久さんの考えに共感。「あえて人通りの少ない不便な立地を選び、古さを残しつつも今っぽいオシャレな建物に再生し、今や北千住を代表する人気カフェのひとつ。『せんつく』も便利な場所にはないけれど、地元の人が集う場所になればいいなと思います」。『SLOW JET COFFEE』の隣にあるピザの店『AD’ACCHIO(アダッキオ)』も同社が運営していて、仕事の打ち上げなどでたびたび訪れるお気に入りだ。

なじみの店でも素性は明かさない

この日は、スポーツタイプの自転車でおすすめはどれか相談に行った。「ここで扱う自転車はとにかくオシャレ。子ども用の自転車ってキャラクターものしか見たことがなかったけれど、こんなに洗練されたデザインがあるんだって驚きました。やっぱり目立つみたいで、子どもを公園で遊ばせていると、子連れのお母さんに“どこで買ったんですか?”と聞かれました(笑)」。

「千住は坂がないので、シングルギアの自転車を選ぶ人が多いかな。鉄は重いけれど、しなるから体への負担がマイルド」と、店長の中太愛さん。素材や乗り心地をていねいに説明してくれる。

お店は夫婦で切り盛りしているが、2人とも青木さんの素性は最近まで全く知らなかった。ある時、『せんつく』の整体カフェ『Reliev』に来ていた愛さんとバッタリ会い、そこで初めて青木さんが『せんつく』をつくったことを知った。「『せんつく』を主役にしたいので、自分はあくまで影として支えられたら。だから、プライベートで会う千住の人には、自分の仕事のことはほとんど話していません」。

『自転車雑貨 FLIP&FLOP』の中太理貴さんと愛さん

愛さんは、『せんつく』の整体カフェの常連。「カフェでカレーが食べられる日は、友達と朝に行って、店長の高木みほちゃんも交えてお喋りする時間が楽しみ」と愛さん。中太夫妻の子ども達は偶然にも『せんつく2』の側を通学で通ることがある。子ども達が「何だかオシャレな店ができたみたい!」と夫妻に話し、どんな施設なのかと盛り上がったそう。

生きものがいるまちに憧れて

お気に入りの自転車で走り、千住内の公園に行くことも多い。千住には公園が多いのも子育て世帯にはありがたい環境だ。ただ、青木さんが千住暮らしで唯一不満なのは、昆虫などの生きものが少ないことだという。荒川土手や公園など緑は多いが、確かに蝶やバッタなどはあまり見かけない。「育った守谷は生きものがいっぱいいて、幼い頃は捕まえて遊んだものです。僕はカエルやカマキリの卵を持って帰って家でよく孵化させていました」。

四季折々の自然を楽しめる『柳原千草園』。東武線牛田駅、京成線京成関屋駅から徒歩約5分ほど

「生まれ育った環境って、子どものその後の人生に大きな影響を与えると思うんです。僕が幼い頃、開発中の守谷は身近に建設現場がいっぱいありました。大工さんに木材の切れ端をもらって工作に夢中になったことが、建築の道に進むきっかけになったと思います」。また、青木さんの弟である青木達哉さんは、実家周辺の森で昆虫を採取して標本にするのが好きで、大人になった今は著名な登山家として活動している。

自身の幼い頃の経験から、子ども達にも自然に触れてほしいと考えている。そのため、休日には自然の中で遊ばせ、時には近県でグランピングや農家体験をさせている。そんな中、千住にも生きものがいると情報を得る。それは、『柳原千草園』のザリガニだ。「『大橋眼科』の移築プロジェクトで知り合った阿部朋孝さんから教えてもらいました。ちゃんと水辺があって、生きものが育つ環境が整っていますよね」。

せせらぎが心地よい『柳原千草園』

千住で生きものマップを作ることも、青木さんの密かな夢だ。「『せんつく』の玄関先に花を植えたら蝶が来るようになりました。もしかすると、自分が知らないだけで生きものが生息する場所があるのかもしれません」。生きものと人が共存するまちづくりもおもしろそうだ。

名刺代わりの店で仲間と飲む

オンオフ問わず足を運ぶのは、自家製クラフトビールを楽しめる『さかづきBrewing』。店主の金山尚子さんが1階の醸造所でさまざまなフレーバーのビールをつくり、千住内外問わずお客さんが多い。「建築仲間だったり、千住を案内してほしいという友人を連れて行くことが多いです。ビールも料理もおいしいし、店舗の設計を手がけたので建物の説明をしながら飲んでいます(笑)」。

千住ほんちょう通り商店街から1本脇に入った路地にある。赤い扉と、外からも見えるビールの醸造タンクが目を惹く

『さかづきBrewing』の店舗は、もともと北千住駅東口にあった。瞬く間に人気店となって手狭になったため、西口側に新たな店舗を設けた。コロナ禍の2020年にオープンし、東口の店舗はしばらくお休みしている。ビールの醸造所も兼ねるとなると、普通の飲食店の設計以上の苦労がある。また、この建物は普通の民家だったため、飲食店仕様にする必要もあった。「どこが大変だったかと聞かれたら全て。特に醸造所や厨房の設備を実現することが大変で、工事が休みの土日もうなされていたほど」と振り返る。

店主の金山尚子さん。この日はオープン前の準備中にお邪魔した

店主の金山さんはコロナ禍、そして妊娠7か月でのオープンとなり、公私ともに大変だった時期を振り返って話が弾む。2号店がオープンして今年で3年を迎えるが、建物のメンテナンスや経営のことなど、ざっくばらんに近況報告。お互いに子育て真っ只中ということで、「家に帰ったら怪獣が大暴れして大変! 仕事している方がよっぽどラク!」と言う金山さんに、大きくうなずいて笑い合う。

建てて終わりでなく、お店が無事にオープンした後も顔を出し、時には宴の時間を楽しむ青木さん。『せんつく』も『せんつく2』の中のお店も同様だ。プライベートで訪れるお店では、自分の素性を明かさないという青木さん。仕事で繋がった場所だからこそ、素になってのコミュニケーションがしやすいのかもしれない。他にも、千住内では『美容室 citra』、『東京巧版社』のほか、『文具トラヤ』が営業していたビルの建て替えにも携わるなど、人との繋がりで仕事の場も広がっている。

『せんつく』を共に盛り立てる『Orto』の松尾さん、『銀鮭専門割烹 ウチワラベ』『ウチマナベ』の内田さんと

千住のランドマーク 移築への新たな挑戦

千住の歴史的建造物のひとつであった『大橋眼科』 写真提供/舟橋左斗子

現在進行中のプロジェクトの中、特に大きな注目を集めているのが『大橋眼科』の移築再建プロジェクトだ。北千住駅西口から真っすぐ伸びるアーケード沿いにあったレトロな雰囲気の洋館が、再開発に伴い解体が決まったのが2022年。多くの人が肩を落としていた時、ひとりの若者が移築再建に名乗りを挙げた。1731年に創業し、健康食品や化粧品の受託開発や通信販売を行う企業ノルデステの社長を務める阿部朋孝さんだ。

大橋眼科 移築プロジェクトの実行委員会メンバー。左から『大工店 賽』の佐野智啓さん、『ノルデステ』代表の阿部朋孝さん、青木さん 写真提供/青木公隆

解体が決まったのが急すぎて、移築先も探す時間も、図面作成をする時間もない状態で動き出したプロジェクト。青木さんはこの実行委員会のメンバーとなり、奔走した。工事費だけで見積もり1億2000万円以上という途方もない金額。クラウドファンディングで2000万円の資金援助を募り、目標金額を上回る2300万1900円を達成した。

「それだけこの建物が多くの人に愛されていたということ。ただ状況を見守ることしかなかった中、阿部さんはとんでもなく大きな決断をしました。阿部さんをはじめ、この建物に愛着を持つ人たちの想いを実現できるよう、建築家としてこれから尽力するつもりです」。

クールな印象の青木さんだが、とんでもない情熱を秘めていた。いずれはアフリカで小学校を自らの事業で建設するのが夢だと目を輝かせた。千住でも、そして日本から遠く離れた地でも、人々が集える建物をつくり、まちに活力を生み出していくのだろう。



Profile あおき きみたか
アメリカのテキサス州生まれ。建築家・一級建築士・博士(環境学)。2006年に東京理科大学工学部建築学科を卒業後、2008年に東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士(工学)、2022年 東京大学大学院新領域社会文化環境学専攻 博士(環境学)を修了。2012年に独立し、建築設計事務所『ARCO architects』を設立。現在は千住で空き家再生を通じて複合施設『せんつく』『せんつく2』などを企画・設計・運営している。2023年から東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻特任助教に着任。
https://arco-architects.info/

取材:2022年12月26日、2023年1月6日、1月12日
写真:伊澤 直久(伊澤写真館)
文 :西谷友里加

文中に登場したお店など

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