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21.貧に落ちきる意味

 今回は、 「貧乏」という言葉について考えてみたい。

言葉」は、それらが指し示すイメージや意味合いが、時代によって変化していく。

 教祖は、貧に落ちきる道を歩まれたが、それは現代の感覚でイメージする「貧乏」とは、少し異なるのではないか。
 月日のやしろとなられて以来、際限ない施しを始められた。有る物を次々と欲しい人に貰ってもらい、中山家はどんどん貧乏になっていく。


 普通に考えても、これは大変なことである。
 現代を生きる私たちでさえ、なぜそんな無謀なことをと、理解に苦しむのが正直なところであるが、当時にとっては、もっともっと、とんでもないことだったみたいなのだ。

 どうやら、今の感覚の「貧乏」という理解では不十分らしい。

 そこで今回は、江戸時代の慣習や生活様式を調べつつ、当時の概念でいう「貧に落ちきる」が意味するところを推察していきたい。


   ◆


この道付けようとて、有る物は人にやったり、貰て貰い、人の中へ出られぬようになったのも、道のためになったのや程に、程に。

おさしづ  明治三十二年二月二日 夜 
(前に一同揃いの上願い出よとのおさしづに付、本部員残らず打ち揃い願い出おさしづ) 

  

「貧乏」とは、口で言うと一言だが、実際に経験するとなると、誠に辛いものだと思う。

 物やお金、生活に必要なものが手に入らない。お腹が減る、不自由する、ということも大変だけれど、おそらくもっと辛いことは、それに伴う人々の評判であろう。

 貧乏という立場、レッテルによって、周りの目線は冷たくなり、人付き合いにまで影響を及ぼす。これが、貧乏の真の辛さではないだろうか。

 ただ、現代の我が国では、あまりその心配がなくなってきている。

 いろんな技術も進歩し、社会保障の制度も整ってきた。生活はとても豊かになり、貧乏が原因で飢え死にすることはまずないし、人権を失う心配もない。



「もっと稼ぎたい」
「収入を上げたい」
「副業しなければ」


などの意味で、 「自分は貧乏だ」と嘆く人は多いが、それは江戸時代の人に言わせれば、 「ちょっと贅沢できない」くらいのことであって、生活の根底から崩れ落ちるようなものではないだろう。

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 では、教祖が施しをされた当時の「貧に落ちきる」とは、何を意味するのか。現代との認識の違いは……。


   ◆


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 時は、江戸末期の徳川封建制の時代。

 まだ武士の天下であり、農民や商人とは、がっちりとした身分階級の差が存在した。

 武士の家に生まれたなら、その子は何時までも武士として、親の俸禄そのままに受け継いでいたし、農民や商人のもとに生まれたなら、どれほど才能があり剣術が優れていても、身分階級の殻を破って出世することなど、まず許されなかった。

 今でこそ、個人の腕によって立身出世は可能だが、当時は、個人の実力や努力などさほど関係ない。生まれた家の身分によって、生活様式が定められているのが常識である。

 よって、当時の人々にとっては、何よりも大切なものが、代々受け継ぎ守ってきた家柄であり、身分であった。


 今みたいに、一人一人の個性、人権、命が重要視された訳ではなく、ずっと守ってきた家の伝統、財産、格式というものが何より重んじられる。そんな時代であったのだ。


 たとえば道ばたで、農民が武士とすれ違う。農民は、相手の人格に頭を下げるのではなく、武士という身分に頭を下げたのだ。
 どれほどマヌケでどんくさい人格でも、相手がお侍さんであるならば、頭を下げなければならない。もし仮に、無礼な態度でもとろうものなら、 「切り捨て御免」。命を失ってしまうのだ。

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 人の命よりも、身分や家柄が重んじられる。代々受け継いできた家柄、伝統、財産を守り抜き、後世へ残していくことが、最も重要な使命であったのだ。


   ◆

 そうした世相の中、教祖は、

「高塀を取り払え。」
(『稿本天理教教祖伝』28頁)

と仰せられているのである。


 と、と、とんでもない……。

 中山家が代々守ってきたお家柄の象徴を潰せとおっしゃるのだ。

 これは単に、 「今後、物やお金に不自由して大変だろうなー」というレベルではない。

 家の没落を意味する。

 現代の感覚でイメージする 「貧乏」とは、全く次元を異にする大事件であったのだ。
 

 当然、周りの人々には、ご行動の意味が理解しかねる。狂気の沙汰としか思えないため、嘲り罵るより他ないし、奇妙だから付き合いをやめてしまおうという感情は、むしろ当然といえよう。

 
 ついには親戚に至るまで、付き合いをなくしてしまうほどであった。


 冒頭のおさしづで、
  人の中へ出られぬようになった
    (明治三十二年二月二日)


とあるように、当時の施しは、単なる「貧乏」へ歩む道というだけでなく、生活基盤の根底から崩れて落ちていくことを意味した、と考えられる。


   ◆


 さて、でも本当の問題は、ここから始まる。

 果たして、現代、そのひながたを辿るとは、一体どのように考えたらよいのか、という問題である……。


 おさしづを頼りに、次回は、そんなところから思案を深めていきたい。

R185.2.1


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