(2022.4.17更新)一句選集(仙臺俳句会2022)
■ご参加者に全作品から一句選(選評は任意)をしていただきました(敬称略・受付順)。
■一句選および一句選評の募集!
冊子のご参加者以外からの一句選(選評は任意)を募集しております。
各作品10句から1句ずつ選び下記メールアドレスまでメールください(書き方はnote掲載の形式をご参考になさってください)。いただいた1句選は本noteに更新していきます。なお全作品からでなくてもいいです。1句から受付けますので、お気軽にご参加いただければ嬉しいです。
〈送信先:sendaihaiku★gmail.com(★を@に変えて)〉
1 令和4年3月20日まで受付分
⑴ 小田島 渚 選
・いもがらは八分音符の髭のあぢ 小田島 渚(自選)
編集発行人です。今年も力のある12名のご参加をいただき大変有難いです。
仙臺俳句会(対面でも夏雲でも)にご参加いただいた方はどなたでもご参加いただけますので、来年もよろしくお願いいたします。
自選は〈蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま/中村草田男〉のオマージュとしての一句。
・トウキョウトガリネズミいて憲法記念の日 渡辺 誠一郎
忘れられないからと言って名句になるとは限らないのですが、でも忘れられないトウキョウトガリネズミ。
・落日の影の重さや薔薇一輪 𠮷沢 美香
部屋の一輪挿しでしょうか。夕日を受けてできた薔薇の影の重さを見たところで、薔薇の重厚さが極まったと思います。
・夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
おそらくは令和3年夏に『小熊座』編集長を勇退された渡辺誠一郎氏への挨拶句。超人的に編集長をこなされてきた姿が浮かびます。
・星流るエンド・ロールに名を留め 武田 菜美
余韻に浸りつつ映画の最後のエンド・ロールを観るのも映画の楽しみの一つ。名を留めとあることから亡くなられた大俳優を思わせます。
ところで個人的にエンド・ロールに名前が載ってみたいと思っている派。自分が出演ではなくて、映画の中で小説とか詩みたいに句を使ってもらいたい。憧れます。
・胡粉擂る乳鉢きゆると雪催 佐復 桂
佐復さんが初めて参加くださった句会での句でなかなか衝撃でした。乳鉢と乳棒がすり合わされる音が静寂を強め、日本画の画材である胡粉のマットな白さ、乳鉢の艶のある白さ、雪が降りそうなグレイッシュな空、まだ降らない雪の白さとのグラデーションが見事。
・カフタンの親子風船ひとつづつ 佐藤 涼子
カフタンとはトルコの民族衣装で、長袖で長い前開きのガウンのような形状をしている。その親子とは性別はわからないが、風船を子供だけでなく大人も持っているという。どことなくシュールな佇まいに惹かれる。
・夕まぐれ踏絵を洗ふ水白し あさふろ
江戸幕府がキリシタンを発見するために踏ませた踏絵。木や金属の板に彫られているものが思い浮かび、洗うことがあったのかもしれないが、その事実がどうというより踏絵に内包される歴史やそれを巡る人間の心のありようなどが、夕暮れという一日の終わりの時間に水に洗われるようでもあり何かいたたまれないものを伝えてくる。
・冬木に日木の生涯の閃けり 浅川 芳直
解釈しようとすると難しい一句。意訳すると「冬木に日があたっている。するとその木の一生が主体に一瞬にして見えた」ということになるだろうか。ここで主体はその木と一体となって「閃」いている。閃きという主観の強い言葉が「生涯」という硬直的な言葉と上手く響き合い、この言葉の組み合わせ方でないとならないだろうと思わせられた。
・ホットレモネード夫だけ泣く映画 丹下 京子
生涯を共にするなら笑いのツボと泣きのツボが一緒だとよさそうだが、一緒に映画を見ていたら、夫だけがどうして泣けるのかわからない映画でほろほろと泣いている。一体どこがそんなに悲しいのか、理解はできないながらその差異も含めていとおしい時間が流れる。
・どの姫の摘み余したる菫かな 恩田 富太
万葉集の一番最初の歌は、雄略天皇の〈篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさね〉から始まる。野原に菜摘みをしている娘を見初めてどこに住んでいるのか名前は何というのかと尋ねている。掲句の姫はもう姿を消しているが、菫のような可憐な姿が思い浮かぶ。
・アンテナはぴんと霜夜のラジオかな うにがわえりも
霜夜でなくともラジオのアンテナはいつもピンとしているものだ。でも霜夜のラジオはまるで生き物のようにアンテナをピンと立てている気がしてくる。寒いからではなく霜夜にしか拾えない声があるかのように。
⑵ うにがわえりも 選
・御降りと言うにはちょっと多くないか うにがわえりも(自選)
「御降」という季語は、自分の中では「ちょぴっとだから特別な恵みがある」という感覚で捉えていたのですが、何ですか今年の「御降」は。 多けりゃいいってもんじゃないでしょう(笑) ありがたみがあまり感じられなかった今年の正月です。
口中のマスクが覗く獅子頭 渡辺 誠一郎
鬼房が薔薇の黄色とすれ違ふ 𠮷沢 美香
水無月の電源全て切りにけり 水月 りの
啓蟄や旧坑道は闇を吐き 武田 菜美
いもがらは八分音符の髭のあぢ 小田島 渚
牛の背の漲る肉や聖五月 佐復 桂
封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
風呂吹を見下ろす家族写真かな あさふろ
荒星に流るる星の幾筋か 浅川 芳直
をどりばに傘転がつてゐて朧 丹下 京子
友達にともだちがゐる花疲れ 恩田 富太
⑶ あ さ ふ ろ 選
甘鯛の観葉植物ではない眺め あさふろ(自選)
・故郷をまた問われたり残る雪 渡辺 誠一郎
故郷を問われて、自分を含む世界と故郷とを繋ぐ起伏の多い道が想起され、かすかに嘆息を覚える。融けるのを待つ「残る雪」が切ない。
・雷や指に米粒貼りつきぬ 𠮷沢 美香
おにぎりを握っているのでしょうか。明日は気候に恵まれることを願いつつ。あるいは、もしかして、雷おこしを齧っている場面かもしれない。
・夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
夕立までも編集されてしまうのか。凄腕編集長。
・明治草引込み線の果に海 武田 菜美
時間を遡っていった先に海を見つけたような、不思議な感覚。ひたすら懐かしい。
・小鳥来るたび見つけたる誤字脱字 小田島 渚
「小鳥来る」から「字」達がじっとしていられなくて、急に踊りだしたり、勝手に見に行ったりしているのでしょう。小鳥の真似をしているのかも。これは大変だ。
・木の実木の実ここ木の実あるねさうね 佐復 桂
80年代に"カプリソーネ "という果実飲料があった。CMの♪そーねそーねカプリソーネ、そ~ね♪というフレーズが頭に残っています。句半ばの「こ」の三連打がいいですね。
・カーディガン緩びし方をまた着たり 佐藤 涼子
くつろぐときは 着慣れた方がいいですね。カーディガンならば尚のこと。
・果実酒の翳のただよふ夜の秋 浅川 芳直
これは今年漬けたばかりの、若い「果実酒」のことでしょうか。大きな広口瓶が幾つも、流し台の下の暗がりに並んでいる。たまに取り出しては、眺めているのでしょう。
・汗だくの人の隣が空いてゐる 丹下 京子
注目され焦ってさらに汗が。もう止まりません。
・どの姫の摘み余したる菫かな 恩田 富太
摘まれた「菫」と摘まれなかった「菫」。後者のほうが少ないのでしょうか。姫たちの通った後は「菫」にとっては台風一過の如くあるのでしょう。
・ペンを持つ今を寒稽古と思う うにがわえりも
寒いことをそのように表現されたことに心意気を感じます。
⑷ 佐復 桂 選
胡粉擂る乳鉢きゆると雪催 佐復 桂(自選)
トウキョウトガリネズミいて憲法記念の日 渡辺 誠一郎
落日の影の重さや薔薇一輪 𠮷沢 美香
パレットにプルシアンブルー小鳥来る 水月 りの
梅探る缶コーヒーに暖をとり 武田 菜美
まん丸の眼球が欲し残る雪 小田島 渚
睫毛まで濡らし粕汁啜りけり 佐藤 涼子
甲冑のままで受け取る吊し柿 あさふろ
もう消えし夢の記憶の爽やかに 浅川 芳直
台本に付箋夜食のパン齧る 丹下 京子
あたらしき杭の傾く春の土 恩田 富太
御降りと言うにはちょっと多くないか うにがわえりも
⑸ 浅川 芳直 選
故郷をまた問われたり残る雪 渡辺 誠一郎
落日の影の重さや薔薇一輪 𠮷沢 美香
夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
水打ちてなほも心の渇くなり 武田 菜美
獅子舞に噛まれわたしは誰でせう 小田島 渚
国に人あり葛餅にきな粉あり 佐復 桂
カーディガン緩びし方をまた着たり 佐藤 涼子
甘食のふんだんにあり初時雨 あさふろ
逆光や春暑き日のガスタンク 丹下 京子
あたらしき杭の傾く春の土 恩田 富太
御降りと言うにはちょっと多くないか うにがわえりも
⑹ 恩田 富太選
・のどけしや市外局番から違ふ 恩田 富太(自選)
新潟県長岡市から、Webで仙臺俳句会に参加させていただいている。自選は結社誌に掲載された句だが、市外局番の違う町の人たちへの挨拶とした。俳縁ある以前から仙台には思い入れがあり、これまでに3度訪ねた。岩沼駅で芭蕉像を拝んでから、避難丘の並ぶ海辺へ下った記憶が新しい。
・カーディガン緩びし方をまた着たり 佐藤 涼子
緩んでいる方こそが気に入りということ。着ることでさらにくたびれてしまう。切なさが少しあり、それでもまた着たい気持ちも良く分かる。
・甲冑のままで受け取る吊し柿 あさふろ
秋祭や時代行列が想像される。褒美にと軒から直に、吊り縄ごと貰っただろうか。武者の装いには妙に似合いそうだ。秋のうちの吊し柿はまだ粉を吹ききらないか。帰って吊るせとでも言われたかもしれない。
・もう消えし夢の記憶の爽やかに 浅川 芳直
今朝に夢を見て、しかし早々に忘れてしまった。ただ心地よく残る夢の感触を、秋の爽やかに重ねる。あえて景を伴わぬ、感覚のみの繊細さが秋の空気に溶け出すよう。
・紫陽花の青に打ちのめされてをり 丹下 京子
作者は、今回の句集に絵を添えてくださった方。ある紫陽花の青への感動が甚しく、自身の筆で写し取ることは叶わないことに打ちのめされている。ところがどうか、俳句は映像を持たないゆえに、読者は其々の「青」をまざまざとイメージさせられる。そもそも言葉では色彩を描けないというのにだ。
・国に人あり葛餅にきな粉あり 佐復 桂
国の大本は人。葛餅にとってきな粉とはそれほどに大事。人々は国を成すが、きな粉を集めても葛餅にはならない。そこを言い切ってしまったのが可笑しい。
・獅子舞に噛まれわたしは誰でせう 小田島 渚
邪気を食わせるはずが、自我まで食われてしまったか。それともアイデンティティクライシス。新年早々に只事ではないようだが、暦が切り替わったからといって、直ちに心が整うほど人間は簡単ではない。音韻と文体の軽さの陰に不穏さを孕む。
・夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
夕立を颯爽と急ぐ姿は、〆切日に一斉に届く原稿を捌いている様子とも。日頃から、「五月雨式」に届く原稿には苦労されていることと思う。私にも身に覚えがあり、申し訳がない。
・星流るエンド・ロールに名を留め 武田 菜美
「巨星堕つ」ならぬ、無名の名優が逝く時には、このような感慨があるのかと思う。その夜に空に流れた星は、一俳優を思わせる只一つであってほしい。
・妹の金魚のいない金魚玉 渡辺 誠一郎
おそらく一匹の金魚に、「妹の金魚」を加えたがっている。金魚玉の光の屈折は、そこに不在の妹(下の子が欲しいのか、それとも死別か)を幻視するようでもある。
・父の日の石に座りて握り飯 𠮷沢 美香
上五で軽く切りつつも、「父の日の石」という読み方をしたい。父の日であるために、只の石が意味を持った。黒く厳つい石かもしれないし、経年で滑らかな石かもしれない。「握り飯」は音韻を巧みに設えたようであり。また、味や舌触りを想像させもする。
・チョココロネ垂らしたあとに初明り うにがわえりも
去年今年の感慨をチョコの染み跡で表した。新年に目覚めて初めて見る景がそれでは冴えない気分。しかし、伝統的な情趣をあえて取り繕わない実感でもある。
⑺ 丹下 京子選
・ホットレモネード夫だけ泣く映画 丹下 京子(自選)
一番最近作った中で気に入っている句です。
こんな句を作ったことをもちろん夫は知らないし夫だけ泣いていたことに私が気づいてるのを多分夫は知らない。笑える。
心臓を洗い流すなら大夕立 渡辺 誠一郎
雷や指に米粒貼りつきぬ 𠮷沢 美香
夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
星流るエンド・ロールに名を留め 武田 菜美
いもがらは八分音符の髭のあぢ 小田島 渚
天帝のチェスの駒めく冬木立 佐復 桂
封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
甲冑のままで受け取る吊し柿 あさふろ
蟬の屍を日陰に運ぶ朝かな 浅川 芳直
山茶花の宅地ふたつを隔てあり 恩田 富太
アンテナはぴんと霜夜のラジオかな うにがわえりも
⑻ 水月 りの選
・夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの(自選)
大夕立の中を走っても、編集長は、濡れてはいない。独自の次元を切り拓き進んでいく。
・心臓を洗い流すなら大夕立 渡辺 誠一郎
ショパンは死の前に、自分の心臓をワルシャワに返してほしいと言ったそうです。
・鬼房が薔薇の黄色とすれ違ふ 𠮷沢 美香
鬼房先生の蠟梅の句を思い出しました。明るい黄色が喜太郎さんにお似合いです。
・星流るエンド・ロールに名を留め 武田 菜美
エンド・ロールが天の川のよう。名前の一つ一つも星の一つ一つのようです。
・獅子舞に噛まれわたしは誰でせう 小田島 渚
獅子舞に噛まれたからといって、ライオンになったりはしないと思いますが。最近、獅子舞も見かけなくなり淋しいです。
・木の実木の実ここ木の実あるねさうね 佐復 桂
かつて、林檎の中にりんごの中にringo-という句を作ったことがありました。言葉のリズムが魅力的。
・封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
息だけが入っている手紙が雪の夜に届いたら。ひょっとして、雪女の息だったら、決してその封を切ってはなりません。
・夕まぐれ踏絵を洗ふ水白し あさふろ
踏絵を洗う水の白さが、夕方の静寂さを引き立てている。
・鳥帰る廃船といふ道しるべ 浅川 芳直
かつては憧れの存在であった捕鯨船も展示船になったりしている。鳥は何を思い、どこに旅立つのか。
・紫陽花の青に打ちのめされてをり 丹下 京子
打ちのめされるほどの青とは、どのような青なのだろう。幻の青い鳥、ケツァールの青だろうか。
・友達にともだちがゐる花疲れ 恩田 富太
友達の友達は友達だ、という歌もあるけれど、続々と紹介されるといささか疲れも。桜は美しいけれど。
・初夢は無地明日から本気出す うにがわえりも
無地の初夢の意味するところは何でしょうか。本気を出した後見た夢の内容を知りたいものです。水玉模様の夢なんて、あるのでしょうか。
⑼ 佐藤 涼子選
トウキョウトガリネズミいて憲法記念の日 渡辺 誠一郎
鼓膜にも届く木漏れ日夏の川 𠮷沢 美香
ふらここに剥製のマリーアントワネット 水月 りの
梅探る缶コーヒーに暖をとり 武田 菜美
遠足のひとりは誰も知らない子 小田島 渚
牛の背の漲る肉や聖五月 佐復 桂
夕まぐれ踏絵を洗ふ水白し あさふろ
島凪ぐや落花行き着く貝の殻 浅川 芳直
をどりばに傘転がつてゐて朧 丹下 京子
初夢の街もう一度なぞりをり 恩田 富太
アンテナはぴんと霜夜のラジオかな うにがわえりも
⑽ 𠮷沢 美香選
故郷をまた問われたり残る雪 渡辺 誠一郎
薔薇の棘踏みし時より潔癖症 水月 りの
海鼠腸をすすり切字をとやかうと 武田 菜美
ことわりもなく棒刺され茄子の牛 小田島 渚
国に人あり葛餅にきな粉あり 佐復 桂
封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
鶴鳴くや水溶性の人類史 あさふろ
冬木に日木の生涯の閃けり 浅川 芳直
ホットレモネード夫だけ泣く映画 丹下 京子
どの姫の摘み余したる菫かな 恩田 富太
御降りと言うにはちょっと多くないか うにがわえりも
⑾ 武田 菜美選
・梅探る缶コーヒーに暖をとり 武田菜美(自選)
春にさきがけて咲く梅を探しての山に入り詩歌を詠むという風流な季語を現代の視点で詠んでみました。自販機の音を聞いていたい抱ければ幸いです。
・妹の金魚のいない金魚玉 渡辺 誠一郎
以前は金魚がいたのにの空しさが、かつては妹がいたのにの
喪失感を思わせる。
・炎天を鱗のありてホース這ふ 𠮷沢 美香
水道の蛇口につながれたホース。水を送られてのた打つ様が爬虫類有隣目ヘビ亜目を思わせる。炎天を免れようとするかに這ってゆく。
・夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
不意打ちの夕立と機敏に身を躱す姿に編集長という職分の忙しさと刻々と変わる状況に応じる柔軟な精神を見る。
・青蘆の風に少女のリコーダー 小田島 渚
リコーダーに息を吹き込むと髪が風になびくという実景から、青芦原を吹き渡る風のように清々しい少女の息をみちびいている。
・迢空忌古墳に募りゆく細雨 佐復 桂
まほろばの奈良のみやこを思わせる古墳と歌人として美学的世界を創り出した折口信夫にぴったりの細雨を取合わせている。
・封筒に吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
封筒を通して伝わってくる息の湿気が雪国のどんよりとした空気を思わせる。封筒に吹き込まれて逃げ場を失った息と雪に閉ざされた暮しがどこか似ている。
・鶴鳴くや水溶性の人類史 あさふろ
湿地でどこか悲しげな声で鳴き交わす鶴の声と人類はいつどうして生まれたかは今だに不確実な点があり水に溶けて消えてしまいそうという発見がリアルに結びつく。
・敗蓮の突つ伏す水の白さかな 浅川 芳直
枯れ尽くしてがっくりと首を垂れた蓮の姿から寒々とした風の音さえも聞こえてくる。水もうっすらと氷っているのではないだろうか。白さが雪のちらつく空をも思わせる。
・汗だくの人の隣が空いてゐる 丹下 京子
炎天下を急いで来て乗った電車でしょうか。疲れて空席を探してやっと見つけた一席。汗だくの人の横に座ろうかどうかと迷う一瞬が切り取られている。美しい汗は文学上にしか存在しないようである。
・あたらしき杭の傾く春の土 恩田 富太
雪解けを待ちかねたように始まる工場現場。まだ湿り気たっぷりの春の土のういういしさ、柔らかさが打ちこまれた杭の傾斜してゆく様子によって描かれている。
・ペンを持つ今を寒稽古と思う うにがわえりも
厳寒に素足で市内を振る気迫を持ってペンを持つ。まさに物書きとしての矜持とシャッポを脱ぐ思い。
⑿ 渡辺 誠一郎選
春眠の猫の尻尾が降りてくる 渡辺 誠一郎(自選)
黒揚羽私の首を曲がりたる 𠮷沢 美香
夕立をすり抜けていく編集長 水月 りの
啓蟄や旧坑道は闇を吐き 武田 菜美
遠足のひとりは誰も知らない子 小田島 渚
水底は動かぬままに水温む 佐復 桂
封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
消防車ゆゆゆと下る旧街道 あさふろ
敗蓮の突つ伏す水の白さかな 浅川 芳直
多摩川と梅と電車の見える部屋 丹下 京子
あたらしき杭の傾く春の土 恩田 富太
アンテナはぴんと霜夜のラジオかな うにがわえりも
2 令和4年3月21日受付分
⑴久 眞選
人類の先頭にいる蜥蜴かな 渡辺 誠一郎
雲白し胡瓜一本噛み終へて 𠮷沢 美香
パレットにプルシアンブルー小鳥来る 水月 りの
啓蟄や旧坑道は闇を吐き 武田 菜美
いつもどこか片づかぬ部屋クレマチス 小田島 渚
牛の背の漲る肉や聖五月 佐復 桂
カーディガン緩びし方をまた着たり 佐藤 涼子
人形の骨盤拾ふ野焼かな あさふろ
蟬の屍を日陰に運ぶ朝かな 浅川 芳直
桃色のセーターなんて私着ない 丹下 京子
どの姫の摘み余したる菫かな 恩田 富太
御降りと言うにはちょっと多くないか うにがわえりも
3 令和4年3月24日受付分
⑴髙橋 小径選
故郷をまた問われたり残る雪 渡辺 誠一郎
鬼房が薔薇の黄色とすれ違ふ 𠮷沢 美香
パレットにプルシアンブルー小鳥来る 水月 りの
海鼠腸をすすり切字をとやかうと 武田 菜美
ことわりもなく棒刺され茄子の牛 小田島 渚
鮊子の釘煮伯父より届きけり 佐復 桂
睫毛まで濡らし粕汁啜りけり 佐藤 涼子
消防車ゆゆゆと下る旧街道 あさふろ
鳥帰る廃船という道しるべ 浅川 芳直
断水の予定のメモや原爆忌 丹下 京子
あたらしき杭の傾く春の土 恩田 富太
エクセルを宥め賺して年の暮れ うにがわえりも
4 令和4年3月26日受付分
⑴ 捨 楽 選
・人類の先頭にいる蜥蜴かな 渡辺 誠一郎
一瞬、進化論の話かと思ったのですが、蜥蜴は今現在「先頭にいる」わけで。あの尖り気味の愛くるしい鼻っ面に導かれるならば、それもまた良し。
・黒揚羽私の首を曲がりたる 吉沢 美香
蝶も思わず目印にしたくなるような、すっとした白い首筋なのかな、と。妖艶さを感じました。
・パレットにプルシアンブルー小鳥来る 水月 りの
白いパレットに青い絵の具。どんな色の小鳥が来ても大らかに受け止めてくれそうな、無敵のコントラスト。
・模索せる糸口からすうりの花 武田 菜美
烏瓜の花のあの混線した感じは、迷っている心の内を可視化しているようにも思えます。季語の距離感が好きです。
・遠足のひとりは誰も知らない子 小田島 渚
バスの車内でも気軽におしゃべり出来ず、お弁当も静かに食べるのがコロナ禍の遠足スタイル。今までなら世にも奇妙な物語的展開になるような出来事も、最後まで気付かずに終わるかもしれません。切ない。
・胡粉擂る乳鉢きゆると雪催 佐復 桂
胡粉も乳鉢も雪催も白っぽくて冷たい感じがするのに、こうして読むとそれぞれが全く別の質感なのがわかります。「きゆる」というオノマトペがそれぞれをうまく繋いでまとめ上げていて素敵。
・封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
冬の吐息は殊更あたたかく感じるもの。封筒という閉じられた空間に息を吹き込むことで、温かさが増しているように感じました。
・人形の骨盤拾ふ野焼かな あさふろ
ドールが何体か我が家にいますが、骨盤ってあんまり意識したことがないので、新鮮且つ不気味でした。その骨盤は本当に人形のものなのでしょうか…(怖)
・敗蓮の突つ伏す水の白さかな 浅川 芳直
水に曇天が映り込んで白いのだと読みました。ただでさえ気分が沈む(個人的には頭痛まで酷くなる)曇り空にぼろぼろの蓮。目に浮かんだモノクロームな光景に、寒々しさすら感じました。
・をどりばに傘転がつてゐて朧 丹下 京子
日常の切り取りなのですが、最後の「朧」で踊り場がたちまち不思議な空間になりました。転がっているのはどんな傘なのか、想像するのも楽しいです。
・友達にともだちがゐる花疲れ 恩田 富太
友達から他の友達を紹介されたのは良いけれど、なんとなくアウェイにいるようで落ち着かない。口では「人混みに酔ったみたいで…」とか言ってるけど、単に人見知りなだけなんです。桜に集中させてください。
・エクセルを宥め賺して年の暮 うにがわえりも
わかる。とてもわかる。なんの前触れもなく応答しなくなったりしますからあの人。すっきりとした気持ちで年を越すために、人間はエクセル様のご機嫌を必死にとるしかないのです。
5 令和4年4月10日受付分
⑴ 米 七丸 選
人類の先頭にいる蜥蜴かな 渡辺 誠一郎
鬼房が薔薇の黄色とすれ違ふ 𠮷沢 美香
秋の雨小さき釈迦の青き糞 水月 りの
啓蟄や旧坑道は闇を吐き 武田 菜美
いもがらは八分音符の髭のあぢ 小田島 渚
迢空忌古墳に募りゆく細雨 佐復 桂
花冷えや卓にことりと白きマグ 佐藤 涼子
鶴鳴くや水溶性の人類史 あさふろ
敗蓮の突つ伏す水の白さかな 浅川 芳直
逆光や春暑き日のガスタンク 丹下 京子
友達にともだちがゐる花疲れ 恩田 富太
枯蓮や聴き分けている四和音 うにがわえりも
5 令和4年4月17日受付分
⑴ 小田 桐妙女 選
・妹の金魚のいない金魚玉 渡辺 誠一郎
切なさのリフレイン。妹も金魚ももう居なくて、金魚玉だけが残されている。それを見ている兄の心を思う。
・父の日の石に座りて握り飯 吉沢 美香
父の日だからこそ、「握り飯」と言っているのだろう。父は、いつまでたっても自分の父として動かない石。
・秋の雨小さき釈迦の青き糞 水月 りの
釈迦は人間の子どもかなと。青きが、糞を美しくしている。
・防人の歌など読まむささら萩 武田 菜美
なかなか詠めない句だなと。短歌(和歌)を読んでいないとと思うが、あまり気にせずに詠みたいと思える句。防人の歌とささら萩が響き合っている。
・いつもどこか片づかぬ部屋クレマチス 小田島 渚
片付かないのは、自分の心の部屋かなと。クレマチスが効いている。
・イヤリングおさへて外すマスクかな 左復 桂
私も経験あり。
・封筒へ吹き込む息や雪催 佐藤 涼子
あたたかくて佳い句。よく手紙を出す人なのかな。
・立ったまんまのブーツに耳が育っている あさふろ
耳が育つと表現したのが良い。
・亡き人の夢にふたたび余寒かな 浅川 芳直
これは、亡くなった人の夢に自分が出演したのだとしたら、すごい。そうではなく、亡き人が自分の夢に出てきたのだと思う。それで余寒だと、普通の句になってしまうかな。普通が悪いというわけではない。
・ホットレモネード夫だけ泣く映画 丹下 京子
あるある、で、夫だけが泣いたのかもしれないが、一緒にいる人が泣くと泣けないような状態とか、本当に泣くツボが違うとか、どちらもあるかな。所詮、夫は他人なんで。
・どの姫の摘み余したる菫かな 恩田 富太
菫を摘む姫の国で暮らしたい。
・アンテナはぴんと霜夜のラジオかな うにがわえりも
分かるなあという感じ。アンテナをピンとさせても電波が悪い時があって、こっちはちゃんとやっていますよ、でも聞こえませんよ、と。
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