日記 11/

  • 夜の住宅街の孤独さについて。

  • 子どものころ、夜が怖かった。みんなそうだと思う。

  • 母はよく、「家があれば人が住んでいるんだから、夜でも怖くない」というようなことを言っていた。

  • 今は、気晴らしの散歩で深夜徘徊をすることがある。

  • ロードサイドのコンビニ、牛丼チェーン、これらがあるうちは孤独ではない。

  • しかしやはり、真に孤独なのは住宅街だ、と思う。

  • 確かに母の言う通り、人は住んでいる。間違いない。

  • だけれど、僕がこの夜において孤独であるのには変わりない。

  • 確かに、住宅街なのだから、人は住んでいるのだろう。

  • もう寝ているか、明日に怯えながらベッド上でスマホを弄っているか、リビングでテレビを見ているか、家族の帰りを待っているか…各々の生活を、僕はある程度まで推測することはできる。

  • でも、だからこそ、なのだ。

  • 彼らには彼らの生活がある。僕とは一切関係なしに。

  • 夜の家々は、沈黙でそれを物語るのだ。

  • 僕はRPGにおける勇者ではない。勝手に家に上がれば、警察を呼ばれるか、その場で殴り倒されるだろう。深夜のインターホンですらトラブルになりかねない。

  • だから、夜の住宅街は沈黙で孤独を語る。

  • 電柱の二つ目が僕を睨む。『不審者に注意!』のポスターだ。

  • カーブミラーには誰も映っていない。

  • 自販機は絶えずわずかに唸り声をあげている。

  • 僕はこの夜で孤独になっていく。

  • 住宅街に隣接する団地を少し歩くと、コンビニがある。

  • 立地としては、住宅街のど真ん中だ。

  • 煌々とした灯りは、まるでセーブポイントのようだった。

  • 記憶は身体に刻まれたしわのようなものだと思う。

  • あるいは襞。

  • 最近、過去が増えていく感覚がある。

  • タブララサに刻まれた書き込み。

  • マジックメモ。

  • 老人は自身の耄碌に自覚的になった。

  • 自身の耄碌に気が付かないほど、痴呆が進行する前に、妻に「神」と「時間」を願った。

  • 妻が言ったことは正しく、時間の基準である。

  • 老人は、自身が完全に呆けてしまう前に信仰を打ち立てた。

  • これで、老人は痴呆が進んでも、安心して正統なる時間軸に生きることができると考えた。

  • ある日、妻が倒れた。

  • 老人はどうなるのだろう。

  • 祖母は祖父の事を「お父さん」と呼んでいた。

  • アルツハイマー型認知症が進行した祖母は、祖父の事を「実父」だと思い込むようになった。

  • 固有名と確定記述。

  • 記憶が乱調されてしまうこと。

  • 祖母の「お父さん」に、何が書き込まれていたのか、僕は想像してみる。

  • 祖母が僕の顔を見て、全く見当違いな人名を言うとき、祖母は何処の記憶に飛んでいるのだろうと考えてみる。

  • 最近ウィアードコアに興味を持った。

  • というか、あの感じに名前がついていることに驚いた。

  • 今後も、僕の作風と同化していくだろう。

  • 電車でGO!の、ポリゴン世界の孤独さについて考える。

  • 孤独さ、というか…孤立さ、とでもいうのか。

  • ざらざらとしたテクスチャで描かれる線路。

  • 電車を待っている、微動だにしない顔のない客たち。

  • あの世界にも生活があるんだろうか。

  • レールを走るしかないプレイヤーにとって、あの世界はひどく孤独である。

  • ポリゴンの夕暮れの気味の悪さ。同時に、心地よさ。

  • なんなんだろう、あの感覚は。