氷菓を首筋に当て、長い階段を登る
蝉が鳴きだしていないのが不思議なくらい、大気は夏だった。
公園へと続く階段は長く、その果ては首が痛くなるほど見上げなければ観測できない。のぼりきったら、きっと町が一望できる高さだ。
僕は聳え立つかのような階段の前で一旦立ち尽くして、元来た道を引き返して、スーパーで『ガリガリ君コーラ味』を買った。
首筋にあてがいながら、一歩一歩階段を登る。中腹で振り返りたかったけれど、まだだ、まだ…と言い聞かせながら。
階段を登り切った。ガリガリ君の袋には、少しだけ溶けだした氷菓がコーラになって溜まっている。
振り返る。
きっと、蝉はこんな感じの風景をそのひと夏に見て、そして死ぬんだろうと思った。
亡くなった祖父の事を思い出す。
葬儀というのは死んだ者のためじゃなく、残された者のために行うのだ。それは誰だってよく知っている。だって、死んだ人間はもう死んでいるからだ。
でも、それと同時に、葬儀は間違いなく死んだ人間のためにあるのだ。僕はそう確信した。
祖父は日本酒が好きだった。
葬儀が終わって、親戚一同の会食があった。大往生だったので、みんな思い出話に浸っていた。和やかな雰囲気だった。
僕は日本酒をガラスのコップに次いで、祖父の遺影の前に置いた。その時、祖父は喜んでいた。間違いなく、喜んでいた。
普段、僕はめったに祖父に会うことはなく、夏休みに会うくらいだった。親の帰省に合わせて、夏休みの三日間くらいをともに過ごした。だから、祖父と過ごした時間は、そんなに長くはない。
大学に入ってからは、親の帰省に着いていくことも少なくなった。だから、生前、遂に祖父と日本酒を呑み交わすことはなかった。
だけど、あの時、僕は間違いなく、祖父と日本酒を呑み交わした。
書いているうちに急にいろいろなことを思い出した。庭でバーベキューをしたこと。焼き味噌おにぎりを作ってくれたこと。暗くなったら花火をしたこと。スイカを食べたこと。祖父の趣味は花の写真を撮ることだったこと。
ガリガリ君を食べた。頭がツーンと痛くなった。