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『ザ・トゥルーコスト』を見て考えたこと 2

~世界経済全体の効率化か、国内産業の安定か~

『ザ・トゥルーコスト』を見て考えたこと ~国の発展とはなんだろう?~
これの続きです。こちらを先にお読みください。

 国が発展するということは、「軽工業」から「重工業」への変化だろうと考えていた。今の状態はそれとは異なっている。そこで、「世の中の条件が変わってきているのか?」と自問して筆を置いた。
 その後、『現代経済学の直感的方法』(長沼伸一郎*)著)を読み、『ザ・トゥルーコスト』で起こっていることを考えたいと思います。

工業国になるためには特定分野に集中

 工業国になるためには、国家が一丸となって、低賃金を武器とし、その国が得意とする分野に全力を集中するのが戦略の王道であり、日本はその成功例のひとつである。日本では、「繊維」を国が育てた。生糸から始まり、生地、服(縫製)と人的資源を活かし、工業国の仲間入りを果たした。
 補足すると、日本が工業国へ育った時期は、北側先進国のネットワークの中で仕事を割り振っていた。その中で「互いに」分担し発展していく状態で、繁栄は、北側先進国だけで固定化された。
 「互いに」と書いたが、正確には「順番に」である。先進工業国は、コストを抑えるために後発工業国に発注する。その後、後発工業国の技術力とコストが上昇していき、発注される国は、別の国にシフトしていく。しかし、この過程で、技術力は向上し、公害対策なども進歩していく。そして、後発工業国は、もう少し技術の高い分野へシフトしていくことになる。そして、「順番に」発展していく。(「1」ではこのイメージを記載)

途上国と先進国の差は固定化

 さらに時間がすすみ、1980年から1990年になると、低賃金を武器として、安い製品を生産しても、先進国の製品との間では、技術的に格差があり、競争できなくなり、この様な戦略は取れず、途上国と先進国の差は固定化されていく。さらに、低賃金という切り札も産業ロボットの誕生により切り札ではなくなった。

以下、余談。1990年代に国の繊維系の研究所のテーマとして、「自動縫製機」を見たことがあります。現在であれば、縫製は、人件費の安い国に委託すれば良いので、研究テーマとして疑問符が付きそうですが、当時の日本では、コストダウンのために、縫製を受け持つ産業ロボットの開発が求められていました。
 統計資料を調べると、日本の衣類の輸入浸透率は、1991年に51.8%、2000年に85.5%まで上昇し、2003年には90%を超える。2020年では97.9%です。つまり、今は当たり前に多数の衣料品が輸入されていますが、1990年には、想像がつかなかったのだと思います。
繊維ニュース 2021年06月11日
https://www.sen-i-news.co.jp/seninews/view/?article=368321

北側先進国の技術に南側途上国の人的資源の組み合わせ

 その後、21世紀に入った頃から、南側途上国の国内でも比較的教育の高い少数の集団だけを集めて、それを北側先進国が管理できれば、十分質の良いものができることがわかってきた。
 例を上げれば、北側先進国の情報(企画、ノウハウ)をもとに、機械を南側途上国に持って行くことで、そこの安い人件費で、質が良く、安いものを生産できる。服の生産は、まさにこれである。

仕事が交換可能では、産業は安定しない

 この仕組では、北側先進国からみれば、国境線を無視して一番安い下請け仕事のできる場所を世界中から探し回ることができるようになった。しかし、途上国から見れば、途上国側は交換可能で、他の途上国に仕事が奪われてしまう可能性がある。
 映画の中でも、「安くしないと仕事がほかのところにいってしまうので、安くするしかない」との経営者側のセリフがあった。この様に他の途上国に仕事が奪われてしまうことが、現実にあることを示している。
民間企業では、他の途上国に仕事が奪われないように、費用を安いままにする。つまり、人件費を安いままとしたい。さらに、安全対策よりも、コストを下げる方法を選ぶことになる。
 また、公害規制を厳しくすると、発注する北側先進国の企業が別の途上国の企業を選ぶため、国としても手を打ちにくい。つまり、この状態では、安い仕事ではあるが、いつかはその技術を習得し、国が発展していくイメージが見いだされない。発展することもなく、貧しいながら我慢して仕事をし、それでいて、他の途上国に仕事が奪われてしまう危険性がある不安定な状態である。

世界経済全体の効率化か、国内産業の安定か

 突き詰めると、今の状態は、国境線を無視して一番安いところに仕事を依頼し、世界経済全体の効率化を最適に行っている状態といえるが、途上国側では、仕事が奪われてしまう危険性がある不安定な状態で、国内産業は安定していない。
 また、『ザ・トゥルーコスト』の中では、発注する北側先進国側の意識を変え、人件費が安いから仕事を発注するのではなく、安全対策や公害規制を行う企業を選んで行く必要性が述べられている。

*)長沼伸一郎:理工学系の人にとっては、『物理数学の直観的方法』の作者として有名。その後、経済分野として、『経済数学の直観的方法 マクロ経済学編』や『経済数学の直観的方法 確率・統計編』などを執筆。基本的な見方が理系であると思う。

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