『宵山万華鏡 (森見登美彦)』【読書ログ#19】
急に夏が来た。夏には夏らしい小説を読もう。
森見登美彦の読書感想をあげると過剰気味にぐいっと来る方から、今の季節ならばと『宵山万華鏡』を薦められる。もちろん森見登美彦作品だ。
私は、薦められた本は、たとえそれが官能小説だろうと、買えるものであれば必ず買って読むことにしている。
アイン・ランドも、虚数の情緒も、涼宮ハルヒの憂鬱も、全部買って読んだ。ウラジミール・ソローキンだってこれから読む。
残念ながら官能小説はまだ薦められたことが無い。官能小説を読んでもおそらく感想を書くわけにはいかないだろうし、過去のエピソードをおりまぜる手法にも大きな弊害が出そうである。他人に薦めたくなるような官能小説を薦めないでください。お願い致します。
さて、森見登美彦の『宵山万華鏡』は京都の祇園祭が舞台で、お祭り期間中の <宵山の日> の出来事を書いた短編集だ、こういった形式のものを連作と呼ぶそうだ。
いままでの作品が楽しかったので、今回もワクワクしながらページをめくりはじめたが、読み始めてしばらくしたのち、この作品を楽しむには、祇園祭をある程度知らないとダメだぞ、と気がついた。お祭りにまつわる正体不明な固有名詞が多い。
そこで、たちまち読むのをやめ、ひとしきり祇園祭とはなにか? について、これから観光に行くかのような心づもりで調べた。Wikipediaで調べた。
そしてまた最初から読んだ。おー、うかぶ、うかぶ。情景がうかぶ。
森見作品はまだ4冊目だが、今回も京都が舞台で、他の作品と同じ世界の話のようだ。読んでいると『夜は短し歩けよ乙女』で演じられた偏屈王の関係者が出てきたりする。マーベル作品のような楽しさがある。伊坂幸太郎もたまにこれをやるが、とても愉快で楽しい仕掛け。私は好きだ。
各短編では、宵山の1日を、まさに万華鏡を覗き込むかのように、様々な表情でみせてくれる。
全体的に静かで幻想的なお話が多いのだけど、おバカなお祭り騒ぎのお話があって、これが愉快で楽しい。現実と虚構の混ざり合った世界に、スッと入って行くと、おバカで愉快な情景が極彩色に浮かんでくる。
ギリギリ繋ぎ止められた現実からプイッと離れ、妄想に入ったときのドライブ感たるや。いつもながら、現実にはありえない不思議な情景が眼前に広がってくる筆力は素晴らしい。椎名林檎のPVでも見ているかのようなリズムと色彩が迫ってくる。
一体全体、どうやったら、こんなに楽しい妄想を他人様に差し出せるようになるのか。サービス精神旺盛で朗らかな人柄の妄想家なのだろう。素晴らしい。
ただ、その人柄が邪魔をするのか、森見登美彦は、深い絶望に落ちた人が書けていないように感じる。身を切るような悲しさや、喪失が伝わってこない。逆に、愉快な人たちを、ことさら愉快に書くのはとても得意。良い人生を送ってきたのだなと羨ましくなる。
不思議で楽しい夏だったなぁ、という読後感。夏はこれからが本番だけど。
「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。