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戦後焼け野原となった東京の人々の生活を支えた『東京のヤミ市』(松平誠)【読書ログ#156】

新橋の駅前に、ニュー新橋ビルという古いビルがある。駅前のSL広場を見下ろす位置に、ドーンと建っている大きくて立派な雑居ビルだ。

地下から地上4階くらいまでに店舗が入っているのだけど、そのほとんどは新橋サラリーマン向けのお店で、入っているテナントの種類は様々。

地下と地上は飲食店やマッサージ店が多めで、その他、金券ショップや、おじさん洋品店、マッサージ店、喫煙者ひしめく喫茶店、マッサージ店、マッサージ店、ゲームセンターなどが入っている。噂では風俗店もあるらしく、新橋のおじさんが欲するものが全てそろっているマイナスイオンモールだ。

5階から上は小さい事務所がひしめいていて、さらに最上階は住宅用になっているらしいのだけど、3階以上に行ったことが無いので詳しいことはわからない。聞いた話では、坪単価1万5千円以下で事務所が借りられるそうなので、場所を考えるとかなりリーズナブル。来客は無いけど事務所が必要な業態だったら超お買い得。

そんなニュー新橋ビル。行ってみると分かるのだけど、3階から上は自分のレベルが十分にあがっていないと足を踏み入れるのが怖いビルだ。なんともいえない雰囲気が漂っている。すべてが古く、くすんでいて、妙に共用部が広い。そして通路に曲がり角が多い。3階ですら、歩いていると女神転生で深入りしすぎたときのような不安があるので、そのから上はどうなっているのか、想像もつかない。

そんなニュー新橋ビル。現代の商業施設になれた人にとっては独特すぎるほど独特で異様な雰囲気を感じる建物なのだと思う。不惑を超えた私にも違和感がある。若い人をつれていくと、最初は大喜びしてくれるが、1階から離れるとすごく不安そうになっていて面白い。連れて行った私も不安なんだけどね。でも、10歳位上のオジサマと一緒に行くと、水が合うのかスッと落ち着いているように見える。心が穏やかになり、生まれ育った田舎に帰った時のような顔をしている。

そんなニュー新橋ビル。本書を読んで、そのおいたちを知る事になった。始まりは戦後の復興をささえたヤミ市だ。畳3枚程度のスペースしかない露天がギッチリとならび、ありとあらゆるものが売られていた。しかし、時代が進み露店が嫌われるようになった際に、新橋でヤミ市を仕切っていた組(暴力団ではなくテキ屋の組)が、木造で平屋の「新生マーケット」を立てたのだが、それが今のニュー新橋ビルの場所なのだ。いわれてみれば、そのころからの権利者かな? という感じのお店もあるよね、真相はわからないけど。

東京のヤミ市(松平誠)

本書、200ページ弱と薄めの本なのだが、東京のヤミ市に関して、必要な知識がコンパクトに網羅されている。ヤミ市は、戦後を題材にしたコンテンツにはよく登場するけど、いったいどういったものだったのか、どんな人たちが店を開き、どんな人たちが利用していたのか、何が売られていて、何が売られていなかったのか。どのようになりたち、どのように人々に利用され、そしてどのように消えていったのか。そんなことを考えたこともないので、本書で紹介される情報は初めて知る事だらけでとても面白かった。

目次は以下の通り

第一章 望遠レンズでみるヤミ市
 バルーンに乗って一九四七年の東京探訪/新宿はヤミ市のターミナル/渋谷―エネルギッシュな三角地帯/新橋―巨大など呑み屋街/銀座・有楽町―ヤミ市のできない都心/上野広小路―アメ横の母体/池袋―ボランタリーチェーンの理想と現実

第二章 覗きこむヤミ市
 ヤミ市建築の変化―ヨシズ・バラック・マーケット/ヤミ市の地域・建築設計―新宿/ヤミ市建築の豪華版―新橋「新生マーケット」/ヤミ市の店舗建築とディスプレイ1―昼のマーケット/ヤミ市の店舗建築とディスプレイ2―バラック長屋の飲食店街/ヤミ市の店舗建築とディスプレイ3―三階建ての夜の街/インフラストラクチャーの構築

第三章 ヤミ市にひしめく人びと
 第一世代の出自/初期ヤミ市商人からの脱却/ヤミ市地下活動へ/ヤミのプロ商人/ヤミ市を生き抜く

第四章 ヤミ市料理のレシピ
 「国際的なメニュー」の登場―配給では食べられない時代/洋食編/韓国・朝鮮料理編/和食編/中華料理編/ドリンク編/デザート編

第五章 太陽の下のヤミ市
 ブティック/荒物屋/日用雑貨・化粧品屋/パチンコ屋/生鮮食料品店/電気器具店 第六章 新宿ヤミ市・夜のシナリオ 夜のマーケット・それぞれの風景/酒場の作法 第七章 新焼け跡再興のプロデューサー テキ屋と焼け跡商売/「組」型経営管理法/東京のカポネ/土地をめぐるヤミ市の論理 第八章 ヤミ市の生活文化論 ヤミ市文化の闇/ヤミ市の産んだ食文化/ヤミ市パチンコ屋を逆照射する/カラオケと軍歌の相似性/ヤミ市の時代を駆け抜けて

都内の代表的なヤミ市エリアの紹介から、露天のなりたち、カストリやバクダンと呼ばれた自家醸造の酒のこと、おから寿司や汁粉など、玉石混交立ち並んだ食い物屋のこと、庶民を虜にしたパチンコや宝くじ。そういったことが詳しく紹介される。

とくに、現代では祭りの出店で御馴染み「テキ屋」と呼ばれる香具師たちが、どのように戦後のどさくさにまぎれ闇市を立ち上げ、仕切ってきたのかが詳しく紹介されていて興味深い。

彼らは、焼け野原となった土地を不法占拠し、勝手に区分し、店をひらかせ、権利料と賃料をしのぎにしていた。あからさまなタダ乗りだし、違法なのだけど、戦後の占領下で行政が機能していないとき、生活に困っていた市民はヤミ市を歓迎し、立ち上げた組は喝さいをあびた。

法もルールもなく、とにかく市場を立ち上げ、仁義と暴力で秩序を保つ、これは、全国どこでも祭りがあればすぐに露店を立ち上げ商売をしてきた組のものにはお手の物で、その手腕がほめそやされた。しかし、復興が進み、地権者が戻ると、法とルールと権利で生きる者たちに疎まれ追い出されるようになる。ヤミ市の役割が終わるころ、彼らもまた解散し、かつての組は無くなってしまった。

戦後のあるいっときの原風景を知る事が出来る良書だと思います。

巻末のヤミ市年表や、ヤミ市キーワード集も興味深いよ。坊や哲とかが生きていた時代の空気感が伝わってくる感じ。

さて、冒頭でご紹介したニュー新橋ビル。そろそろ取り壊され、再開発される事になっている。老朽化が原因で、今のままだと震度6~7で倒壊する恐れがあるらしい。

2023年には竣工ということなので、オリンピックが終わる頃には取り壊しだろうか。ぜひ、取り壊されるまえに「むさしや」でナポリタンを食べ、エスカレーターで二階にあがり、気に入った喫茶店で、本書を読みながら食後のコーヒーを楽しんでみてください。

でも、地震がきたら一目散に逃げてね。


「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。