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【SELF特別セミナー】#003 消費される観光から持続可能なラーニング・ジャーニーへ

(写真・文:SELF編集部  かつ しんいちろう)
*この内容は、一般財団法人 国土計画協会 発行の「人と国土21」2021年11月号(第47巻4号)に寄稿したものを加筆修正したものです。
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見栄えのする観光スポットを見て終わりの観光スタイルはすたれてきている。そのスタイルのピークは「死ぬまでに見たい絶景」と言われるスポット推しの観光のしかただった。そうした観光では「見た!凄かった!シェアした!」で終わる。その人の人生や周りの人の人生にもたらすものは少ない。「見たことがある」という事実だけだ。10カ所あると10カ所全部周ってコンプリート。100カ所あっても100カ所周ってコンプリート。終わった後に虚しさが残る。

コロナ禍という環境と映像技術の発達で、自宅にいても感動的な風景を見ることができるオンライン・ツアーの技術が発達した。ドローンによる4Kや8Kの映像は、実際に見に行っても見れないようなベストなショットを目の前に出してくれる。

変わって、新しい旅のしかたとして注目したいのは、ラーニング・ジャーニーである。ラーニング・ジャーニーとは、旅を通して学ぶということ。学びは私たちの人生を豊かにしてくれる。今回は、このラーニング・ジャーニーについて、奄美群島を題材にして考えてみる。

奄美群島はどうスペシャルであるのか

どの土地もスペシャルな要素を持っている。では、奄美群島が世界でも稀有な場所として、どうスペシャルであるのだろうか?5つに絞って特徴を挙げてみる。

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一つ目は、地質的特性。奄美群島は、約200万年前にユーラシア大陸と切り離された大陸の端である。昔大陸にいた動物が残っており、独自の進化を続けている。そのため世界でも屈指の面積当たりの固有種の数を誇り、そのことが世界自然遺産委員会に高く評価された。古生層などの古い地質も特徴的である。

二つ目は、地理的特性。ジェット気流や黒潮の流れによる亜熱帯湿潤気候に属し、雨が多く温暖で、植物や動物の北限と南限の重なる地域である。これも生物多様性に大きく貢献している。

三つ目は、統治の歴史。南の琉球国に支配され、薩摩に支配され、アメリカ領になる。強力な島全体の統治が自らの権力構造で行なわれたことが無く、歴史に翻弄された地域である。

四つ目は、大規模な観光開発がなされていない地域であること。奄美群島も、かつてはバブルを経験した。高度経済成長期では、全国多くの地域が経済成長に沸いたが、奄美群島も1972年に沖縄が返還されるまでは最南端の島々であり、筆者が小さい頃の奄美大島は観光客や新婚旅行客で賑わっていた。ご存知のように沖縄の返還後は沖縄の観光ブームにより、すっかり人々の脳裏から奄美群島は忘れられてしまった。大規模資本による観光開発を逃れたことは、今にしてみるとだいぶラッキーなことである。

五つ目は、「古き良きモノやコト」が今も残っている地域であること。ハワイ島のフラの師範であるクムの方が奄美大島に来島された際、「ここには古き良きハワイの雰囲気が残っている。」とおっしゃっていた。以前ご案内した台湾の方も同じようなことをおっしゃっていた。世界中の人が「何か懐かしい情景」として心を打つものが残っているということだろう。2017年3月に「奄美群島国立公園」として指定された際にも「環境文化型」という特徴がクローズアップされた。近代化の波で都市部では無くなってしまった人々の暮らしと自然の結びつきが、まだ残っている貴重な地域なのである。

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訪れるべき場所としてのポジショニング

旅で訪れる場所のことをディスティネーションと呼ぶ。上述したように、多くのスペシャルな特徴を持っているにも関わらず、近くの魅力的な沖縄のリゾート地や高い航空運賃により、奄美群島は大勢の観光客が訪れることなく一定数の奄美マニアの間で大切にされてきた「穴場」的なディスティネーションであった。
実際に、お会いする多くの方から「初めて来ました。とても良い場所だった。また来ます。このままであるために、あまり人に来て欲しく無いし、教えたくない。」というご意見を伺う。クチコミが最も効果的な宣伝ツールと言われている中、うれしいような困ったようなご意見である。
観光産業のマーケティングという視点からすると、この「穴場」というのは実はあまりよくない。単に存在を知られていないということだ。知られてはいるが受け入れ人数に制限があって予約が取れなかったり、価格帯が高くセレブが集う希少で憧れの高級リゾートのようなディスティネーションということではない。

どこそこみたいということではなく、奄美群島としての独自のポジショニングを獲得しなくてはならない。これは、島内の観光事業者との対話の中でも良く耳にする言葉である。オーバーツーリズムによる観光資源の破壊、観光客のもたらすゴミの問題、地域住民の生活への障害など他山の石にすべきことは沢山ある。今のところ私たちはそうしたトラブルを回避できてきた。
そこで、今回、次に来る新しい旅のスタイルとしてラーニング・ジャーニーを考えてみた。

ラーニング・ジャーニーの地としての奄美群島

では、奄美群島でラーニング・ジャーニーをするといった場合に、どのようなことが考えられるのであろうか。いかに5つの事例を挙げてみる。

[自然環境の保全]
世界でも有数の固有種数を誇る地域において、実際に現地で動植物を見て、それらの種が守られてきた理由と、その保全について学ぶ。エコツアーガイドや環境学習施設などが整ってきている。
[住み続けられるまちづくり]
SDGsの11番目のゴールでもあるまちづくり。地域社会のベースは過密な都市から再び集落のような開疎な地域コミュニティに戻る。どのようにして地域コミュニティを維持していくのかを、一緒に活動に参加しながら学ぶ。観光によるまちづくりは、奄美群島のいくつかの地域で受入れ体制も出来てきている。

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[海洋ゴミを通して学ぶ循環型社会の形成]
ビーチクリーンをして、海洋ゴミの分析を行ない、どこから来たのか?なぜ来たのか?どうすればそれは無くなるのか?を考える。SDGsでは12番目のゴール「つくる責任つかう責任」にあたる。地元の高校や、地域団体、いくつかの学術機関でイベントとして活動しているので、今後プログラム化する必要がある。
[ブルー・ツーリズム]
海洋資源の保護と食のつながりについては、地元の魚の消費と資源保護に力を入れている漁協や漁業従事者によるツアーも行なわれている。一例として奄美市の大熊漁港にある宝勢丸鰹漁業生産組合では、漁業の現状解説から、生簀での釣り体験、カツオのさばき方体験、実食と一連の流れをツアー化している。
また、漁業資源としてだけではなく、カーボンニュートラルに貢献する海の藻場の再生(ブルーカーボン)や、鯨やサンゴの観察による温暖化防止への気づきなど海からの学びに関する樹教育コンテンツは海の美しい奄美群島には適している。

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[ダーク・ツーリズム]
先の大戦で奄美群島はアメリカ軍との地上戦を免れた。最前線の場所として今も当時の軍事拠点の跡がいくつか破壊されずに残っている貴重な場所でもある。戦跡を訪れ、当時の様子を知り、平和を学ぶ。そうしたダーク・ツーリズムの地として近年資料が整理され、地元ガイドの方も増えつつある。

ラーニング・ジャーニーの実施ステップとは

ラーニング・ジャーニーの実施ステップ

ラーニング・ジャーニーの実施ステップとして、上記の図にある5ステップで進めることを筆者は推奨している。

ステップ1.事前学習
現地に来る前に、必要な知識の事前学習をオンデマンドのコンテンツで行なう。事前にコンテンツを準備するので外国語対応も可能である。使うデジタルツールはYouTubeなどの世界中の方が使い慣れたアプリケーションで十分。学習内容の確認もGoogleフォームなどのクラウドサービスで無料で行なうことができる。一定の点数に満たない場合は参加資格を得られないということにすれば、参加者のレベル合わせにも効果がある。
また、事前学習は現地での時間を有効に使うことにも貢献する。
ステップ2.体験・体感
現地での体験・体感にはスマートフォンがあれば良い。写真を撮ったり、動画で残したり、メモを書くという作業ができる。GPSデータを残しておくと資料としてはさらに良い。
ステップ3.共有
一人の体験も重要であるが、参加者での学びの共有も重要である。現地で学びの共有の時間を設け、お互いの意見を交換する。その際の記録をGoogleドキュメントで参加者による共同編集をすると、お互いの気づきが学びに相乗効果をもたらす。クラウドサービスを利用するので会場にはWi-Fiが飛んでいると良い。
ステップ4.企画・プロトタイピング
学んだことを社会に還元することもラーニング・ジャーニーの目的の一つ。では、自分たちに何ができるか?旅の後はSlackやFacebookグループなどで情報交換をし、現地と一緒に小さな解決策をプロトタイプとして作ることを勧める。
ステップ5.アクション・評価・改善
実際にやってみた結果、どうであったのかを数値で計測し、評価し、改善を行なう。行政においてもデータに基づいた政策決定 EBPM(Evidence Based Policy Making)が行なわれているように、民間においてもデータによる客観的評価を導入すると後の支援も受けやすくなる。
また、こうした一連のプロセスをオープンデータとデジタル・アーカイブとして公開することは、次のチャレンジの参考になる。

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さいごに

今回は、奄美群島を題材にしてラーニング・ジャーニーのありかたを考えてみた。日本全国、世界中どこでもその土地の特性をいかしたラーニング・ジャーニーを設計することができる。知ること、学ぶことは私たちの人生という旅を豊かにしてくれる。

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