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36 みっつ並行して考える

デュアルディスプレイ、あるいはマルチモニターで、トレーダーのように働く人が増えています。昔、売れっ子作家は3本、5本といった連載を同時進行で書いていくという話を聞きました。今も、そうかも知れませんが。そんなことが可能なのだろうかと不思議でしょうがなかったのです。
 しかし、考えてみれば、オフィスで仕事をしているとき、メールを処理しながら、電話を受けつつ、書類に判を押して、誰かと話している、などということをしています。複数の作業を同時進行でこなしていくこと、慣れてしまえばさほど難しいことではないのかも。
 同時進行の作業が時として、互いに良い刺激と転換を、心と身体にもたらすことも少なくありません。例えば、ある作家がいたとして。
 A誌に連載中のミステリー。昔の恋人から突然、湖に呼び出されたヒロイン。心を揺らし迷いに迷ったものの、結局湖へと足を運んでしまう彼女。……彼女の死体が湖に浮かぶのか、元恋人のアリバイ作りに利用されてしまう彼女なのか……これくらいのお話はちょっと気のきいた読者なら、とっくに先読みしているはず…。それを超えたプロットを……、ふーむ。
 と、ここでB誌のエッセイにスイッチ。コロナ前、イタリアへ行ったときのネタを書いていたんだっけ。エッセイは思いつくまま、気分によって話が動くんだけど、ふとコモ湖畔のレストランで突然話しかけてきた男性のことを思い出した。アパレル関係の社長と自ら語った初老の男。なるほど、とても繊細な色遣いとテクスチャーのスーツが印象的だったなぁ。
 そうだ、A誌のヒロイン。元恋人と湖畔のレストランで、ぎこちなく食事しているところへ、突然見知らぬ初老の男が話しかけてくる……のはどうだ?
 おっと、C誌の続きだ。まず前回までの話を読み返す。舞台は江戸の終わり近く。町内に謎の辻斬り横行……だったな。ん、考えてもみなかったけれど、この辻斬り犯、じつは元恋人に関係する女であった、というのも、ありか。湖畔ならぬ、お堀端で……
 これはまったく、陳腐な想像なのですが。まるで違ったタイプの話を3本、平行して考えていたことで思いもよらぬ展開が頭の中で起こるというのは、十分ありうることでしょう。
 ひとつのことに固執し続けるよりも、いくつかの仕事を同時に進めている方が、脳にとって刺激になるのは間違いありません。午前中に数字データでグラフを作り、一旦ストップ。午後は、ネットで資料収集、必要なら、誰かを捕まえて情報確認し、夕方もう一度グラフを眺めてみると、朝には思いも付かなかった変化に気が付く、といったことは実際に起こるものです。
 ただ、いきなりいくつものテーマを一度に考えてみようというのには、無理があるでしょう。まずは最低限、3つのことを同時に平行して考えるあたりから始めるのが確実なところだと思います。
 3つの内容が離れているほうがいいのです。遠いほど、異なった思考回路となって、他を刺激しあいます。この話から分かることは、暇だった人が、一つの仕事に取りかかるよりも、すでに忙しい人が、もう一つ仕事をする方がてきぱきとできてしまうということ。だから、知的な業務は、バランス良く配分されずに、特定の「できる人」に集中してしまうのですね。それも、良いのか悪いのか、微妙ではありますが。


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