見出し画像

6 脇目をふりながら考える

脇目もふらずに集中する――とても重要なことですが、それは最後に考えをまとめる段階で、いやでも、そうならざるをえないわけで。何かアイデアをひねり出そうなどというときには、むしろ注意散漫な状態のほうがうまく行きます。

いまこうして原稿を書いている最中、庭では小さな黄色の蝶が飛んでいます。それが2匹ずつペアになって、2組飛んでいます。姿かたちはモンシロチョウのようですが、よく見ると白くないし、ということで、ネットで調べてみるとキチョウとかモンキチョウといわれる蝶らしいことが分かりました。

そこで少し蝶にについて興味が湧いてきたので、いろいろ調べてみたら、「蝶道」という言葉に出会いました。「けもの道」という言葉は知っていましたが、さほど虫に興味があるわけではない私としては、はじめて見る言葉でした。意味は文字通り、「蝶が飛ぶルート」のこと。これは、とくにアゲハチョウの場合に見られることのようで、わが家の小さな庭でも、妻の話によると、アゲハチョウは決まった方向からやって来て、また決まった方向へと飛んで行くといいます。

ここから、世界には、さまざまな移動するものたちの「軌道」が描かれていることがわかります。「猫道」「蟻道」「蛇道」「蠅道」……。2次元から3次元まで、それらを線で表すと、どのような軌跡を描くか、想像しただけでも楽しそうですね。

新宿や渋谷といった盛り場についても、ファッションを見て歩いている人、本を探している人、飲み屋をはしごしている人など、それぞれ経路が違っています(いまはそれができませんが)。「今日は、どこを歩き、どこに立ち寄りましたか」という質問を投げかける街頭調査をしたことがあります。地図の上にルートを簡単に描いてもらったのですが「人間道」もほんとうに多様だなとあらためて思わされました。

唐の時代の寒山は、「白雲抱幽石」という詩で、「重巌我卜居、鳥道絶人跡」(険しい山の中に占って居を定める。鳥の道ばかりで人跡未踏)という表現を使っています。急峻であれば、鳥道もくっきりと見られるでしょう。そう言えば、うちの庭にやってくるヒヨドリやオナガも、決まった方向にある樹木の枝から飛んでくるのが分かります。

オーストラリアのアボリジニには、自らの土地の聖なる場所――たとえば、水のあるところや狩りをするところ――を歌に込めた「ソングライン」、すなわち「歌の道」があります。かつて、『ソングライン』(ブルース・チャトウィン著・芹沢真理子訳 めるくまーる 1994年)という書名を見たとき、まだその言葉を知りませんでした。でも、そこから喚起されるイメージが一瞬に伝わってきて、本を買ったことを思い出します。

庭でふと目にした蝶から、いろいろなことが分かってきました。いかがでしょう。この「考える道草」とでも言える作業、なかなか魅力的ではないでしょうか。これらが目下の仕事にすぐにフィードバックするとは限りません。しかし、時間の許す限り脇目をふっておくことで、たくさんの思考の部品が作られ、それが形を変えて、アイデアやプランを考える上で必ず役立つはずです。何より、日常がもっと楽しくなることは請けあえます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?