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29 誰かを思い浮かべながら考える

Aさんと話すときと、Bさんと話すとき、あなたは同じあなたですか。いや、こういった方がいいかしら。AさんとBさんという「鏡」に映し出されるとき、自分が何だか少し違って見えませんか。相手の立場が異なるとか、話題や親しさが違うからということもあるでしょう。ともかく、何か、2人の間に漂う空間が違ってくる。
アメリカを代表する精神分析家のトーマス・H・オグデンは、言いました。「分析家と被分析家の『あいだの空間』に第三の主体が産みだされる」(和田秀樹訳『「あいだ」の空間 精神分析の第三主体』新評論1996年)。
相手が変われば、両者の「あいだの空間」も異なったものになる。そして、その空間というか気配が、逆に出会っている2人のあり方を左右するというのです。それは、誰かと企画を考えるときにも起こりますね。
例えば、Aさんと考えるときは、リスクに敏感になる。そのアイデアが、私たちの日常の危うさとか問題を減らしてくれるのかどうかを気にかけてしまうのです。Aさんがいつも「否定的な面」に気づくからでしょうか。結果として議論の方向は、リスクを減らすための施策、ソリューション(解決策)を考えることになります。
一方、Bさんとペアを組んで企画を立てていくと、双方がダジャレやホラ話をしながら、「いいね。それ」という感じでアイデアが盛り上がる。仕事の話をしているというよりも、はたから見ると、ただ、おしゃべりをしているように見えるのです。
ということは、Aさんとの場合は、「こんなことが、起きたらどうする?」と「企画の穴」を埋めていくことができます。Bさんとの場合、後になってから、「あっ」と抜けている部分に気づくことも。「事件」が発生しなければ、Bさんとの企画案の方が、軽やかで、しかも、アイデアにひねりがあって強い。ですが、目配りが足りないのでしょうか、たまに問題を起こすこともありますが。
相手によって考えの道筋が変わるなんて、自分にそれこそ「主体性」がないのではないかと不安になることもあります。でも、実は、人との関係によって、私たちは変わってくる。アイデンティティといったものも、自分だけの内面で作られるのではなくて、そのときに出会っている人との関係の中に「浮上する」と思った方がいいのでしょう。
さて、こうした便利な「相棒」が目の前にいないときは、彼らを思い浮かべながら、発想すればいいのです。「あいつなら、どういうか」と想像しながら、考えを進めていきます。深く付き合っている相手なら、自分の心の中に「出てこい」といえば、出てくるはず。「このアイデアには、のってくるな」「この部分は、突っ込んでくる。危ないぞといわれる」といったことが不思議なことに見えてきます。その時々で、Aさん、Bさん、Cさん…を呼び出せばいいのです。人の思考はひとりぼっちで生まれるのではなく、異なる他者との関係の中で行われるのでしょう。そう、実在の人でなくても、本を読みながら、著者と対話をしながら、そこに生まれる「あいだの空間」で考えていけばいい。ひとりで思い悩むのと、ひと味違う名案が出るというわけです。


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