蛇足について02『蛇足との出会い』

私が何かを付け足すことの魅力に出会ったのは高校生の時である。
別のクラスの友人に国語便覧を貸した時のことだ。何事もなく休み時間に返してもらい自分の国語の授業時に開いてみると何やら文字が書いてあった。川端康成の『雪国』の書き出しである「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の雪国の部分が消されてその横に『おもちゃのバンバン』と書いてあったのだ。

国境の長いトンネルを抜けるとおもちゃのバンバンであった

おもちゃのバンバンとは当時地元にあったチェーンの玩具屋である。有名な文学作品に突如差し込まれた身近な店名。そこから浮かび上がった情景のリアリティと違和感に私は笑いそうになったが授業中だったので必死に耐えた。当時教科書の落書きと言えば芥川龍之介の写真にサングラスを掛けさせるとか正岡子規の写真をリーゼントやモヒカンにするなどが主流であったが、それは初めて見るタイプの落書きだった。
数週間後、また便覧を貸した時のことだ。返してもらって期待して開くと、今度は太宰治の『走れメロス』の書き出し「メロスは激怒した」に何か書いてあった。今度は書き換えではなく、付け加えるパターンだった。

数学教師のメロスは激怒した

当時通っていた学校によく怒っている数学の教師がいて、瞬時にその先生を想像させた。自分が思い描いていたメロスの姿が、50代で大きな三角定規を持っている背の小さい白髪交じりの男に変わった。わずか数文字が世界を変えたのだ。
これが初めて出会い、そして意識した「蛇足」であり、その後の自分の人生を大きく変えることになったのだ。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?