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「世界はジャズを求めてる」2021年4月第2週(4月8日)放送分スクリプト(出演 池上信次) #鎌倉FM

※文中曲名/アルバム名に下線のあるものはSpotifyのプレイリストにリンクしています(Spotifyの扱いがないものはリンクしていません)。

M1 番組テーマ曲:What the World Needs Now Is Love/Stan Getz

「世界はジャズを求めてる」

こんにちは。この番組は、週替わりのパーソナリティがJazzを中心としたさまざまな音楽とおしゃべりを送りします。毎月第2週の担当は、ジャズ書籍編集者のワタクシ池上信次です。ワタクシの回は「20世紀ジャズ再発見」というタイトルで、毎回テーマを決めて特集を組んでお送りします。

「20世紀ジャズ再発見」というタイトルなのですが、今回は21世紀の今日もバリバリ現役で活動中の渡辺貞夫を特集します。「ナベサダ」の愛称で、日本でもっともよく知られる、日本を代表するジャズ・プレイヤー渡辺貞夫は1933年生まれ。今年2021年に音楽生活、なんと70年を迎えました。まずは最新アルバム『SADAO 2019 ライヴ・アット・ブルーノ−ト東京』から1曲、「バタフライ」を聴いてください。

M-1 渡辺貞夫「バタフライ」

『SADAO 2019 ライヴ・アット・ブルーノ−ト東京』から「バタフライ」でした。メンバーは、ラッセル・フェランテ(p)、ジョン・パティトゥッチ(b)、ひたすらブラシをプレイしていたのは、スティーヴ・ガッド(ds)です。2019年8月のブルーノート東京でのライヴです。渡辺貞夫は1933年生まれ。この演奏は86歳のときですから、いやホントすごいことです。

1951年にプロ活動を始め、プロ活動10年を経ずして『スイングジャーナル』の人気投票で1位になりました。そこからずっとの日本のジャズを引っ張り続けているのは、驚異的としかいいようがありません。88歳になった現在も活動は変わらず、昨年12月にはオーチャードホールで恒例のクリスマス・コンサートを開催しました。私も観に行ったのですが、いやあ素晴らしかったですね。そして今月にはサントリーホールで70年記念のコンサートが開催されます。(→緊急事態宣言発出のため延期になりました)

この「バタフライ」の演奏が収録されているCD『SADAO 2019 ライヴ・アット・ブルーノ−ト東京』のライナーノーツは、村上春樹が書いているのですが、一部を抜粋して紹介しますと、

「長い歳月にわたって演奏家として活動を続けるということであれば、他にも何人かの名前を挙げることもできよう。しかしその時代に時代に合わせて積極的にスタイルを更新し、レパートリーを大きく変化させながら年輪を重ねていくジャズ・ミュージシャンとなると、正直言って他にほとんど例を見ない。1960年代前半までの、チャーリー・パーカーの流れをくむバップ・スタイルから、60年代後半のボサノヴァ、70年代に入ってからのいわゆる『新主流派』的な演奏、80年代におけるフュージョン・ミュージックにおける目覚ましい成功、アフリカ音楽への傾倒、それから現在の、優秀な若手ミュージシャンを積極的に登用する「ネオ・アコースティック」ジャズへと、その歩みはまさに留まることを知らない。」とあります。

今日はその幅広い活動から代表作を紹介します。とはいえなにしろアルバムは80枚を超えていてとても紹介しきれませんので、そのごくごく一部ということで。

渡辺貞夫の出発点は、ビバップでした。プロとして活動を始めたときのアイドルはチャーリー・パーカー。当時はまだパーカー存命の時代だったんですね。ボサ・ノヴァやってもエレクトリックやフリーやっても、フュージョンやっても、渡辺貞夫は、いつの時代もそれらと平行してビバップに根付いた作品を発表してきています。次はそういった作品の中から、「バード・オブ・パラダイス」と「ドナ・リー」を2曲続けて聴いてください。

M-2 渡辺貞夫「バード・オブ・パラダイス」

M-3 渡辺貞夫「ドナ・リー」

1977年録音のアルバム『バード・オブ・パラダイス』から、「バード・オブ・パラダイス」と「ドナ・リー」でした。ピアノはハンク・ジョーンズ、ベースがロン・カーター、ドラムスはトニー・ウィリアムス。当時この3人は「グレイト・ジャズ・トリオ」として活動し人気を博していました。それにしてもすごい勢いのアドリブですね。これはナベサダ・フュージョンの最初のアルバムである『マイ・ディア・ライフ』というアルバムの直後に録音されたのですが、当人にとってはフュージョンでもビバップでも、等しくジャズという意識なのでしょう。その根っこはアドリブ、ということでしょうか。

この次のアルバムはまたフュージョンでした。そのアルバム『オータム・ブロウ』から「ザ・チェイサー」を聴いてください。

M-4 渡辺貞夫「ザ・チェイサー」

アルバム『オータム・ブロウ』から「ザ・チェイサー」でした。アルバム・リリースの順番でいくと『マ イ・ディア・ライフ』『バード・オブ・パラダイス』の後、『カリフォルニア・シャワー』の前という時期です。フュージョンというとスタジオで緻密に作り上げるイメージがありますが、この演奏はライヴです。こういうアドリブ主体の演奏を聴くと、ビバップとちゃんと繋がっているということがわかりますね。

このアルバムの名義は「サダオ・ワタナベ・フィーチャリング・リー・リトナー&ヒズ・ジェントル・ソウツ」。デビューしたばかりの「ジェントル・ソウツ」をそのままバックにして、東京でライヴをやったんですね。〈メンバー:渡辺貞夫(sn)、パトリース・ラッシェン(p)、アンソニー・ジャクソン(b)、ハーヴィー・メイソン(ds)、スティーヴ・フォアマン(per)、アーニー・ワッツ(ts)〉

曲は渡辺貞夫のオリジナルです。ジェントル・ソウツにはサックスのアーニー・ワッツがいるのですが、ほとんど休ませてジェントル・ソウツを乗っ取ってしまったという、じつに大胆な企画です。

渡辺貞夫の熱いソロに刺激されたんでしょうか、リトナーもパトリースもすごいソロを聴かせますね。ライヴらしいちょっと危うい部分もあって、じつにスリリングな、ジェントル・ソウツとしても屈指の名演だと思います。

M-5 渡辺貞夫「カリフォルニア・シャワー」

そして、このあと渡辺貞夫は、いまバックに流れている、「カリフォルニア・シャワー」が大ヒットして、化粧品やスクーターやコカコーラなどたくさんのCMに出演したりして、ジャズを超えて人気者になっていきます。そしてヒットは「モーニング・アイランド」と続き、武道館でコンサートをするほどになりました。この一連の作品はデイヴ・グルーシンとのコラボレーションによるもので、ここで広く明るくて爽やかな「ナベサダ」のイメージが認識されたのですが、今振り返ると、これは渡辺貞夫のごく一部といえるものでしょう。

そして1983年、アルバム『フィル・アップ・ザ・ナイト』では、プロデューサーにラルフ・マクドナルドを迎えて、また新たな一歩を踏み出します。そこから1曲「セイ・ホエン」を聴いてください。

M-6 渡辺貞夫「セイ・ホエン」

アルバム『フィル・アップ・ザ・ナイト』から「セイ・ホエン」でした。メンバーは渡辺貞夫(sn)、リチャード・ティー(el-p)、ポール・グリフィン(synth)、エリック・ゲイル(g)、マーカス・ミラー(b)、スティーヴ・ガッド(ds)、ラルフ・マクドナルド(per)。この顔ぶれはまるごとグローヴァー・ワシントン・ジュニアの『ワインライト』の制作チームなんですが、もちろんグローヴァーとはお聴きの通りテイストはかなり違っていて、当時の最高のメンバーを集めたらこの顔ぶれだったということでしょう。このアルバムは『ラジオ&レコード』誌のアメリカ西海岸チャートで第1位となり、翌年の同じメンバーによる2作目『ランデヴー』は『ビルボード』誌の全米ジャズ・チャートで第2位を獲得しました。「世界のサダオワタナベ」ですね。

次はその翌年、1985年のライヴ・アルバム『パーカーズ・ムード』から聴いてください。これはチャーリー・パーカー愛奏曲を演奏したアルバムです。プロジェクトを一区切りすると、原点のビバップにいったん戻る、ということでしょうか。曲は「星影のステラ」です。

M-7 渡辺貞夫「星影のステラ」

アルバム『パーカーズ・ムード』から「星影のステラ」。メンバーは渡辺貞夫(as)、ジェームス・ウィリアムス(p)、チャーネット・モフェット(b)、ジェフ・ワッツ(ds)でした。当時注目されていた若手を集めてのライヴでした。

ここまで、フュージョンとビバップの演奏を紹介してきましたが、渡辺貞夫の活動はそれだけではありません。次は1970年録音の『ラウンド・トリップ』から、タイトル曲「ラウンド・トリップ ゴーイング&カミング」を聴いてください。

M-8 渡辺貞夫「ラウンド・トリップ」

「ラウンド・トリップ」でした。フェードアウトしましたが、演奏は20分以上あります。渡辺貞夫のこのような(フリーな)演奏はちょっと意外に思われた方も多いのではないでしょうか。メンバーはチック・コリア(p)、ミロスラフ・ヴィトウス(b)、そしてジャック・ディジョネット(ds)。今見るとすごいメンバーですが、録音された1970年は、チックのリターン・トゥ・フォーエヴァーも、ヴィトウスのウェザー・リポートも結成の直前です。ディジョネットはマイルス・デイヴィスのグループです。当時もっともとんがっていた若手3人を渡辺貞夫はフィーチャーしたのです。時代の一歩先を読んでいたんですね。

ここまで聴いてきた曲は、1970年から2019年まで、50年くらいの時代の違いがあって、幅も広いわけですが、どの曲も「渡辺貞夫」であることがすぐわかります。これはすごいことですよね。これこそが「ジャズ」だと思います。ジャズにおいては、スタイルよりまずその前に「個性」こそが重要なんですね。

さて、今日は渡辺貞夫を聴いてきましたが、音楽生活70周年だけあって、その活動は幅広く、ブラジル音楽もアフリカ音楽も紹介できませんでしたが、それらはまた機会があればということで。

最後は「ウィズ・ストリングス」の1曲でお別れです。渡辺貞夫の「ウィズ・ストリングス」は1992年からたびたび行なわれているいる企画ですが、豪華な企画であるウィズ・ストリングスで何枚もアルバムを作っている、というかそもそも作れる人は世界中を見ても渡辺貞夫しかいません。今月行われる70周年記念コンサートも「ウィズ・ストリングス」で行われます。(→緊急事態宣言発出のため延期になりました)

曲は1994年のライヴ・レコーディング『ア・ナイト・ウィズ・ストリングスvol.3/サダオ・プレイズ・パーカー』から「イージー・トゥ・ラヴ」。

M-9 渡辺貞夫「イージー・トゥ・ラヴ」

「世界はジャズを求めてる」本日の選曲・解説はジャズ書籍編集者の池上信次でした。ではまた。


*世界はジャズを求めてる」は、アプリやウェブサイトを使って世界のどこでも聞けます。毎週木曜午後8時から1時間、再放送は毎週日曜お昼の12時から1時間です。

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