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夫が沼にハマる音がした

ここ数ヶ月、日々の発信をTwitterよりnoteですることが増えた夫を、文字書きの端くれである自分はひそかにニヤニヤと見守っていた。
なんでもいいからツイートよりすこし長い文章を書き上げて、なんでもいいから投稿し、それをそこそこの頻度で続ける。この、何か書きたい人間が常に飛び続けてなければならないハードルをnoteによってクリアし続けている夫の姿はとてもキラキラしていたし微笑ましかった。あと単純に自分は夫の文章がハチャメチャに好きなので、なんでもない日記でも更新されたものがあるとワクワクしていた(たまにそこで自分が登場していたりするとハワワとなるのだがそれはまた別の話)。
そんな折、逆噴射小説大賞の一報を見た夫がちょっとだけソワソワしていたのを自分は見逃さなかった。

「書きなよ」
「ええー小説だよ?嫁ちゃん向きじゃない?」「note日記が書けてるなら絶対書ける!いいから書こうとにかく書いて」
「うーん、じゃあ思いついたら……」

そんな会話が成された数日後。

スパイン・ザ・リベンジャー
ゲットバック・マイ・ライフ
ブラッドストーム・イン・ジ・アビス

夫はまんまとコンスタントに3作書き上げてしまった。特に2作目を書き上げた際、「投稿した!早く読んで!!」とドヤ顔で自らのスマホを見せてきた時、自分の脳内には夫が文筆の沼にハマる音が聞こえたほどだ。ほらーーー言ったでしょ、絶対書けるって。

自分は小説その他テキストを書くことで金銭をもらっていた時期がある(とあるwebゲーム媒体でプレイヤーのリクエストに沿ってセミオーダーメイド感覚の小説をお届けするというTRPGのGMに近い感覚のやつだ)。そこで得たのは、書き上げ続けることでしか文章の筋力はつかないというルールと、web上では一作品の重みよりも新しく読めるものがあることのほうが強いという感覚だった。
自分が悩みながら得てきた感覚やハードルへの意識を、noteとダイハードテイルズと心あるヘッズの方々の影響で軽々と獲得していき、順調に今日も何か書こうとしている夫はとても楽しそうなので、どうかこのままなんでもいいから書き続けて欲しいなあと思う次第である。

#日記

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