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ドラマチック妄想ゲーム

「ドラマチック妄想ゲームってあるじゃん」

「え、何それ? 知らない。流行ってんの?」

「いや、今俺が考えたんだけどさ」

「さも常識かのような口ぶりで言うんじゃねぇ」

「まあまあ。聞けよ。まず、1人がお題を出すんだよ。場所・シュチュエーション・アイテムの順番に3つ。例えば、公園・雨が降る中・花火、みたいに。それで、もう1人がその3つのお題を使ってドラマチックな妄想をするっていうゲーム」

「名前そのままだな。うーん、なんとなく分かったような……。じゃあ、さっきのお題でお前試しにやってみてよ。公園・雨が降る中・花火、はいっ」

「そうだなぁ……。


◇◇◇
タカシは高校2年生。今日は学校終わりに仲良しグループで公園に花火を持ち寄って集まることになっている。
そのグループの中にはタカシの気になっている女の子、マユもいる。
午後7時、約束通り花火を持ち寄り公園にみんな集まったが、突然の雨。
「これじゃあ、花火できないね」
そう言うと、1人、また1人と帰っていく。
そうして、気づけば残ったのは、タカシとマユの2人。
2人で屋根のあるベンチに座っている。
「マユちゃんも雨がひどくなる前に早く帰りなよ」
タカシは言った。
「うん、そうだね。……でも、せっかくだから」
マユは袋の中から2本、何かを取り出した。
「あ、線香花火……」
聞こえるのは雨が地面を叩く音と、ぱちぱちという線香花火の音だけ。
雨をしのげる、わずかなスペースに寄り添うように、しゃがみこむ2人。
マユちゃんの横顔はいつもより少し大人びて見えて。
タカシの心臓は痛いくらいにドキドキしていた。
◇◇◇


……みたいな感じ?」

「そんな青春がしたかった!! はぁ、なんか胸が苦しい!! 要領はわかった! 俺にもお題をくれ!」

「だろ! よし、そうだなぁ……。じゃあ、高速道路・渋滞・ラジオ、はいっ」

「えぇっと、うーん……。


◇◇◇
今日は娘の旅立ちの日だ。
サトルは大学入学を機に地元を離れ、東京に行くことになった一人娘のメグミを駅まで車で送り届けている。
奥の方で事故があったらしく、高速道路は渋滞を起こしていて、さっきからほとんど動かない。
メグミとは思春期のせいか、中学にあがったころから、なんだかぎこちなくなり、この頃はまともに会話もしていない。
この車内でも「すごい混んでるな」「そうだね」のやりとりだけで、あとは気まずい沈黙が流れている。
「何か聞くか」
空気を変えようと、サトルはラジオをつけた。流れてきたのは、サトルが学生の頃に流行った懐かしいロックバンドの曲だった。
こんな曲、メグミが知っているはずがない。
サトルはチャンネルを変えようとしたが、そのときメグミがその曲のメロディに合わせて鼻歌をくちずさんだ。
「こんな昔の曲知ってるのか?」
「うん、最近若い子たちの間で流行ってるんだよ」
メグミによると、古い感じが逆に新しいらしい。
「お父さん、昔コピーバンドやってたんだぞ」
「へぇ、すごいじゃん」
ラジオの選曲のおかげで、久しぶりに娘と会話らしい会話をすることができた。
一瞬の間が車内に流れて、サトルは、このタイミングだ、と口を開いた。
「メグミ、東京いっても頑張れよ。でも、きつかったり、つらくなったりしたら、いつでも帰ってこい。お父さんはいつでもメグミの味方だからな。それだけは忘れるなよ」
これだけは伝えなければと、何日も前から考えていたのだった。
横並びでよかった。正面で向かい合って同じことを言う自信がサトルにはなかった。
メグミは黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「あの、さ。私、お父さんと、どういう風に話していいか分かんなくなった時期があって。それで、一回そういう風になると、そのあと、どういう風に話せばいいのか余計に分かんなくなっちゃって……。でも、お父さん。口数は少ないけど、私がやりたいって言ったときは、やってみろって背中押してくれるし。ほらっ、今回の東京の大学のことだって、心配するお母さんのこと説得してくれたり。……あの、だから。本当はすごく感謝してるんだ。……お父さん、いつもありがとう。私、東京行っても頑張るよ」
サトルは、ぐっと唇を噛み締め、絞り出すように「おう、がんばれ」と言うのが精一杯だった。
渋滞していて本当によかった、とサトルは思った。
こんな状態では、まともに運転ができないだろう。
サトルの視界は涙でぼやけて、前がほとんど見えなかった。
◇◇◇


……どう、かな?」

「いや、長ーーー! でも、ドラマティック! 親子愛できたかぁ。俺、娘いないけど、娘が男連れてきたら『認めんっ!』って追い返す自信あるわぁ」

「このゲーム楽しいな! あ、でも次のお題ちょっと待って。一瞬トイレ行ってくる!」

「わかった。いいお題考えろよー!」

〜数分後〜

「あのさ……」

「あ、おかえり。お題考えた?」

「さっき、トイレいって鏡みたらさ」

「うん」

「うっすらニヤニヤしてる自分が映ってて」

「うん」

「冷静に考えたらさ」

「うん」

「今って平日の昼間じゃん」

「うん」

「2人で特に何かするでもなくダラダラしてるわけじゃん」

「うん」

「なんか……虚しくなっちゃってさ……」

「ああ、気づいちゃったか、このゲームの弊害に」

「このゲームの弊害?」

「あまりにドラマチックなことを妄想しすぎると、自分の現状を猛烈に虚しく感じてしまうことがあるんだよ」

「……ダメじゃん」

「まぁ、一長一短だよな」

「短のダメージでかすぎだろ…」

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