ただいま、おかえり、アンサーミー
「ああ、最近おかえりって言われてないなぁ」
「おかえり?」
「そう。ただいまって言ったら、おかえりって返ってくるって噂の例のアレ」
「お前一人暮らしだもんな」
「そうだよ。暗闇に向かってただいまって言っても、帰ってくるのは静寂だけなんだよ?」
「まぁ、涙拭けよ」
「でさ、ふと思ったんだよね」
「人と人の繋がりの大切さ?」
「“ただいま”と“おかえり”ってセットじゃん?」
「まぁそうだな」
「“いただきます”と“ごちそうさま”もセットじゃん?」
「うん、そうだね」
「でもさ、この2つのセットって別物だよね」
「うん? どういうこと?」
「“ただいま”“おかえり”は2人の会話だけど、“いただきます”“ごちそうさま”は1人のセリフだろ?」
「あぁ、そう言われてみれば、確かに」
「だから、ただいまおかえりルールでいくと、“いただきます”は“召し上がれ”、“ごちそうさま”は“お粗末様でした”になるはずなんだよ」
「まぁ、そうなるな。ただいまおかえりルールだとそうなるな」
「な? 考えてみたらセットなんだけど、“ただおか”を順守してない言葉が結構あるんだよな、これが」
「ただいまおかえりルール、略して“だたおか”、ね。これ略称だけじゃ誰もわかんないぞ、おい」
「例えば、おはよう」
「“おはよう”のセットは“おやすみ”だろ?」
「ただおか、ただおか」
「おはようのただおかは……おはよう?」
「そう、正解! おはようのただおかは、おはよう」
「なるほどね。ただおかの言葉が同じ言葉になるパターンもあるのね。もう当然のように“ただおか”って使ってるけど、冷静に意味不明だけどね」
「じゃあ、ありがとうのただおかは?」
「ありがとうのただおかは、どういたしまして」
「正解! いいね、分かってきたじゃんか」
「おお、まんざらでもないな」
「じゃあ『私、最近引っ越してきたばっかりで、この辺りのお店全然知らないんですぅ〜』のただおかは?」
「は?」
「だから、『私、最近引っ越してきたばっかりで、この辺りのお店全然知らないんですぅ~』のただおかは?」
「いや、だから、は?」
「正解は『え、そうなんだ。俺いい店知ってるんだ、今度一緒に行こうよ』だぞ?」
「だぞ? じゃねぇよ。ただおかとか関係ないじゃんか。もうただの会話じゃん。セットとかじゃないじゃん。会話なんだから正解とかないじゃん」
「でも、女の子が暗にご飯誘ってくださいってアピールしてるのに、誘わないのは男として失礼だろ?」
「いや、そんな恋愛の駆け引きテクニック知らんわ」
「じゃあ『好きです、付き合ってください』のただおかは?」
「おいおい、勝手に話を進めるなって」
「正解は『私も好きです、よろしくお願いします』だぞ?」
「いや、断られるパターンも大いにあり得るだろ。あと、その『だぞ?』ってやつやめろ、ムカつくから」
「じゃあ『今日が何の日か知ってる?』『もちろん知ってるわよ、私たちが付き合ってちょうど一年の記念日、タクミ忘れてるのかと思ってた』『忘れるわけないだろ……ミキ』『どうしたのタクミ、しゃがみこんでっ……え?』『……結婚してください』『……はい』」
「いや、婚約しちゃった。出会って恋して婚約しちゃったよ。もうセットとか言葉とかルールとか全部どっかいっちゃったよ。セリフの中に名前まで出てきちゃったよ。もはやお前がペラペラ喋ってるだけじゃねぇか」
「ったく、細かいなぁ。店長が休みなのに厳しくしようとする、学生バイトに嫌われるフリーターかよ」
「お前が、ただいまおかえりルールとか言い出したんだろ」
「じゃあ『明日の朝、ゴミ出すの忘れないでね』のただおかは?」
「……もういいよ、好きにしてくれ」
「正解は『ああ、わかってるって、しつこいなぁ』だぞ」
「……」
「それから『だから昨日の夜忘れないでって言ったよね』『うるさいなぁ、謝っただろ』だぞ」
「……穏やかじゃないね」
「それから『飲みに行くなら連絡してって言ってるよね。晩御飯用意しちゃったじゃない』『急に上司に誘われたんだから仕方ないだろ』『それにしたって連絡の一本くらいできるでしょ』『あぁ、うるさいなぁ。こっちは仕事で疲れてるんだよ!』だぞ」
「おいおい……タクミ……」
「それから『……ユキって誰よ?』『は?』『ユキって誰って聞いてんの!』『お、お前、人の携帯勝手にみたのかよ!』『話そらさないでよ! ユキって誰って聞いてんの!』『お前に関係ないだろ!』『はぁ? なにそれ……最低』だぞ」
「ああ……ミキ……」
「それから『ただいま』『……』『あれ……ただいま』『……』『……ミキ?』『……』『……何だこれ、書き置き? しばらく実家に……』『……』『……ただいま』『……』」
「……」
「やっぱり、“ただいま”のただおかは静寂が正解なのかもな」
「いや、違うわ」
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