もしも惚れ薬があったら
「あーあ、惚れ薬があればなぁ」
「惚れ薬?」
「そう、どんな人でも相手のことを好きにさせる惚れ薬」
「ほう」
「電車でいつも見かけるあの子だって、惚れ薬を飲ませれば、あら不思議。俺のことが大好きに」
「うわぁ。そんな薬、絶対ない方がいいよ」
「なんでだよ。お前もほしいと思うだろ?」
「その薬って、一回飲ませてしまえば、一生効果が続くの? それとも、継続的に飲ませないと効果がない薬?」
「え?」
「もし、一回飲んで一生効果が続くとしたら、相手はお前のことをずっと好きでいるっていうことだろ。つまり、どれだけひどいことをしても、ひどいことを言っても、その相手はお前のことが好きなままなわけだ」
「うぇ? うん、まぁ」
「浮気をしようが不倫をしようが、どれだけ非人道的なことしようが、相手は変わらずお前のことが好きなままなわけだ。それって怖くない? もはや恐怖でしかないよね?」
「いや、あのさ……」
「仮に継続的に飲ませなきゃいけない薬だったとしたらさ、お前はきっと不安になるよ。その相手の好きという感情はその惚れ薬があるからこそ、成り立っているわけだから」
「あの……」
「薬を飲ませるのを忘れたら、その効果が切れた瞬間に相手は好きという感情を失くしてしまうのか? それとも例え薬の力だったとしても、一緒に過ごした時間で、情でもなんでも残って、少しでもまだ好きでいてくれるのか? でもお前は薬をやめることなんてできないよ。だって、わからないから。相手がそれでも好きでいてくれるかどうかが、わからないから」
「いやぁ、あの。ほんとにさ……」
「いつのまにか立場が逆転していたわけだ。相手を惚れさせた、と思っていたのに、気づけば、お前が身動きが取れなくなってしまっているわけだ。そうやって薬の力に頼って。どんどん依存していくんだ。そうやってやめられなくなるんだ、薬を。そもそも、それは本当に好きっていう感情なの? それが人工的に作られた感情であったとしても、本当にそれは“好き”という感情だと呼べるの? お前がほしいのは、そういうものなの? 中身が伴ってなくても、パッケージさえよければ、それでいいの? それに——」
「あのさぁ!」
「……」
「……ほんとに、軽い気持ちで、言っただけなんだよ。もしも、惚れ薬があったらなぁって……さ」
「……」
「……」
「等身大でぶつかれば大丈夫さ。勇気持って告白してみなよ」
「お前にだけは、恋愛相談はしない。絶対に」