何気ない一言
「何気ない一言が嬉しいことってあるよな」
「何気ない一言?」
「うん」
「半額セールとか?」
「うん違うね」
「ハッピーアワー」
「それも、違うね」
「3連休」
「ううん、違う」
「手数料無料」
「ちげーよ」
「半額セール」
「それ最初に言っただろ、ほんと記憶力悪いな、おまえ」
「でも、全部嬉しいじゃんか」
「いや、嬉しいけどね。そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうことよ?」
「俺、あんまりお酒が好きじゃないんだけど」
「うん、知ってる」
「そう言うと、会う人会う人『えー! もったいない! 人生半分損してるよ!』みたいに言われて、正直うんざりしてたんだけど」
「うん」
「ある友達と初めてご飯に行った時に、そのことを言ったんだよね。『だから、一杯くらいなら付き合えるけど、あんまり飲めないんだ』って」
「うんうん」
「そしたら、そいつは『え? 嫌なら飲まなくていいよ。おまえの分も俺が飲むからさ!』って笑って言ってさ」
「へぇ」
「なんか、そう言ってもらえたのが、すげぇ嬉しくて」
「それは、嬉しいな」
「まぁ、結局そいつ、その日飲みすぎて次の日、二日酔いになってたんだけどさ」
「なるほど、何気ない一言ってそういうことか」
「うん。他にも、俺マイナーなインディーズバンドのライブとか行くの好きなんだけど」
「うん、それも知ってる」
「たいてい、そう言うと、みんな『何で有名な曲聴かないの?』とか『それ面白いの?』っていう反応をするんだけど」
「うん」
「ある友達は『へぇ!面白そう!連れてってくれよ!』って言ってくれて。それだけでも嬉しかったんだけど、本当に連れてったら『音楽のこととか、あんまり分かんないけど、すげー楽しかった!』って言ってくれて。なんか、嬉しくてさ」
「うんうん」
「他にも、俺が一回仕事で大きなミスをやらかして、もしかしたらクビになるかも……みたいなときに」
「ああ、そんなことあったなぁ」
「ほとんどの人はさ、腫れ物に触るように『大丈夫?』とか『落ち込むなよ』って感じだったんだけど」
「うん」
「ある友達は『飲み行くぞ!』ってヘコんでる俺のこと連れ出して、そのくせ飲むのはそいつばっかりで。それで『やっちゃったことは、しょうがないんだから、これから何ができるか考えなよ! 全力で挽回しようとして、それでダメだったら、しょうがないじゃん!』ってさ」
「へぇ、いいこと言う!」
「すごい嬉しかったし、元気付けられたし。よし! やるだけやってみよう! って前向きに考えられるようになってさ」
「いいやつだな、そいつ」
「うん。……ま、ある友達って全部おまえのことなんだけどな……おまえは忘れてるだろうけど……」
「え? なんか言った?」
「ううん。何でもない。いつもありがとな。俺と仲良くしてくれて」
「何だよ急に気持ち悪い。それに俺がおまえといて楽しいから一緒にいるだけなんだから、ありがとうもクソもないって」
「……ずるいなぁ、ほんとに」
「? なにが?」
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