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Errand Pressについて 九龍ジョーさんの仕事④

前回少し触れたErrand Pressについて。九龍さんは相談役という立場で書籍の編集に携わっているようです。Didion以外にも、いましろたかし、前野健太、坂口恭平、惣田紗希といった表現者たちの著作を刊行しています。Errandとは英語で「使い走り」のことだそう。

長いあいだ読み継がれてほしい本、新しい作家たちの自由な本、心に残ったり刺さったりワクワクさせてくれたりする本、おもわず身体をゆらしたくなる本。そんな本を世に送り出したいという思いからはじめた、東京のちいさな出版社です。身を軽くして走りまわるうちに、本のみならず、本にまつわるさまざまなモノや情報も発信していければと考えています。(Errand Press HP 「弊社について」より)

この文章を読んでイメージしたのは落語に登場する丁稚さん(大体、名前は定吉)。奉公先ではあれこれ指図される立場だから、毎日いろんな仕事に追われて大変です。使い走りに出れば、トラブルを巻き起こし番頭さんを怒らせることもしばしば。それでも、落語のなかの丁稚さんはすこぶる愉快で陽気です。彼らを通して見る江戸や上方の情景がとても人間味があって活気に満ちて映るのは、彼ら自身がいちばん街を楽しんでいるからなのかもしれません。そんな丁稚的な軽やかさをErrand Pressにも感じています。

話が脱線しましたが、そんなErrand Pressの最新刊(といっても刊行は昨年12月)である石川直樹さんの『東京 ぼくの生まれた街』を紹介します。

世界のあらゆる場所を旅しながら写真を取り続けてきた石川さんが、コロナ禍を機にカメラを向けたのは自らの生まれ育った街である東京。石川さんの「新しい冒険」の入り口といえる一冊です。

カバーを裏返すと、東京の地図が印刷されていて、30ほどの地名が手書きされています。おそらくこれは今回収められている写真の撮影場所。大部分が都心ですが、「小笠原諸島」という文字もあります。

撮影場所や時系列(コロナ前の写真も収められている)がバラバラに並ぶ構成になっているから、東急東横線(地下に潜る前!)の写真の次にカモシカの写真が来たりします。オリンピックに向けて東京は目まぐるしく変化していて、写っている建物ですでに失くなってしまったものも多数あります。だからといって、失われていく東京を記録しておくためのものでは、この本はないと思っています。

人や動物、ビル群や店の看板、上野の西郷さん、すべてが等価で断片的に写されているような印象を受けます。巻末で石川さんは「ドブネズミのように這い回っていると」と書いているけど、文字通り鼠の視点でみると東京はこんな感じなのかなと思います。そう思うと、この構成も腑に落ちてくる気がします。人を写している写真も、鼠がたまたま「人にでくわした」っていう感じ。ただ、あくまでこれはわたしの主観であって、東京で生まれ育った人からしたらもっと別の感想を持つのだと思います(当たり前ですが)。

個人的には石川さんが東京について書いた文章も読んでみたいと思います。すでにどこかで書いているのかもしれないけど、知っている方いたら教えてください。

「街」に関連してもう1冊。九龍さんが寄稿されているわたしの好きな街(監修SUUMOタウン編集部、ポプラ社)。

15名の方々がそれぞれ自分が思い入れのあるの東京の「街」について文章を寄せています。九龍さんは2013年から暮らした「東中野」について書いています。

8ページの短い文章ですが、西アジア料理の店「パオ」を中心とした小さなお店の集まりとそこに集う人々との時間が凝縮されていて、そこに立ち会っていたわけではないのになんだかグッとくるのは、「街の記憶」というのがよく行っていた店やそこで出会った人などと密接に結びついているからだと知っているから。道路を走る銀座線のくだりは幻想的で、すぐ醒めるところも良い。

印象的なのは、多くの人が今は住んでいない街について語っていることです。わたしもいつか自分が暮らした街について書いてみようと思います。


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