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2022年ふりかえり 〜たくさんの愛と感謝をこめて〜

自分にはめずらしく、おだやかで安定した1年だった2022年。意識的に振り返らないと、なんとなく「こんな1年だったなあ」と解像度が低いまま終わってしまいそうなので、振り返っておきたい。

1月

小布施にきて初めての自分起点での企画「おぶせ0円マルシェ・ごみ0マルシェ」を実施。
小布施は、自分から手をあげればそれに乗っかって、助けたり盛り上げたりしてくれる人がたくさんいるまちだ、ということを実感。本当にたくさんの人に助けてもらって実現した。
「信濃毎日新聞」という信州の地方紙にデビューできたことも、私にとっては嬉しい経験だった。

0円マルシェの様子。不要になったものが新たな人のもとにわたって、循環していく。


2月

複数のオンラインイベントが並行してあり、バタバタと慌ただしくすごす。もともと短い2月が、さらに体感時間短くすぎていった。
その中でも小布施の同世代と渋温泉に泊まりにいくなど、適度に息抜きの時間をとれたことは、身体的にも精神的にもよかったと思う。


3月

2月にはじまった「ローカルSDGsユース・ダイアログ」の対面回を長野で実施。長野県内でESD(持続可能な開発のための教育)を実践するひとたちを中心とした場に、ファシリテーターのひとりとして参加した。
小布施町外のつながりが限られていた中で、同じような関心をもって近くで活動しているひとたちと出会えたことに励まされた。

こちらも2月にはじまった「小布施バーチャル町民会議」の報告会(参加者が構想したつくりたい小布施の未来の発表の場)も開催された。このイベントにもわたしはファシリテーターのひとりとしてかかわった。
オンライン開催だったが、実は参加者の多くが小布施にきてくれた。報告会が終わったあと、宿で夜遅くまで語り、最後にメッセージ交換までしたのが合宿みたいでめちゃくちゃエモかった。
一方で、せっかくそうして考えてくれた構想を形にしていくことが、この小布施においてさえとても難しいということを、このあとひしひしと感じることになった。

3月はélabRural Laboの長野県辰野町の拠点、神田酒家といった、以前からの知り合いが各地につくっている場にも積極的に出かけていった。
自分も近い将来、多様なひとたちが表現できる場をつくりたいと思っていて、それがそれぞれの形で実現している場を訪れることはすごくよい刺激になった。


4月

新年度になったが、特に立場も変わらず(立場が変わらないということがひさしぶりだった)、区切りの感覚もなく日常が続いていく。

境内アート小布施×苗市」という小布施のお寺で毎年開催されているアートイベントの1企画として、2回目の「0円マルシェ」を実施した。
お祭りの中ということもあって、たくさんの人がきてくれて、たくさんのものが循環した。
「ローカルSDGsユース・ダイアログ」で出会ったひとたちがわざわざ足を運んでくれたのがうれしかった。
もう一つうれしいことに、数ヶ月後に小布施にきてくれたひとから、「0円マルシェで鍋をもらったひとに、伊那市(同じ長野県内ながら、小布施から車で3時間くらいかかる)で出会ったよ!」と教えていただいた。自分がしたことを通じて、遠くはなれた人とのご縁が、こんな形でつながることもあるんだ、と感動した。

「境内アート小布施×苗市」での「0円マルシェ」。多くのひとが訪れてくれた。

友人が移住を検討するタイミングにあわせて、岐阜県の郡上市を訪れた。再生可能エネルギーを活用したエネルギーの自給自足を早くからめざしている地域として、学生時代からあこがれていた場所の一つだ。
小水力発電が行われている石徹白地区や、「明宝ハム」を生み出した明宝地区などを訪れて感じたのは、「地域活性化」が叫ばれる前からずっと、ここに住むひとたちは「自分たちの村は自分たちがつくる」という意識で暮らしてきたのだ、ということだった。
どのようにしてそんな地域が生まれるのか、わたしにはまだわからない。きっとずっと探究し続けていくのだと思う。また郡上に暮らすひとたちの話を聴きにいきたい。


5月

自治体職員の方たち向けの研修が小布施で開催されて、わたしはその運営の責任者と当日のメインファシリテーターの両方を務めた。学生時代からイベント慣れしているので運営は苦ではないけど、その分新たな発見も少なく、作業になってしまいがちだな、と感じた。

GWに学生のときからの友人が、月末に両親が小布施にきてくれて案内した。去年の春はまだ小布施にいなかったので、初めての小布施の春で、小布施が「花のまち」でもあることを体感できた(サムネの八重桜も、このときの写真)。


6月

MAKERS UNIVERSITYの出張授業で地元茨城の常磐大学高校にお邪魔した。高校2年生向けに、自分がしている「まちづくり」のお仕事、地元を離れて茨城に対して感じていること、などを話した。
わたしは高校生が将来一緒に社会をつくっていく仲間だと思っているし、それをストレートに高校生に伝えた。
全体の場で挙手しての質問は少なかったけど、アンケートには突っ込んだ質問や共感の言葉が寄せられていて、不器用なメッセージを受けとってくれたことに感謝した。


7月

自分で企画し、全体ファシリテーターとしてかかわった「(ちょっと)未来のくらしスクール」がスタート。10月まで月1回、家の断熱、太陽光発電、防災、ゼロウェイストをテーマに、快適かつ環境にやさしく暮らす方法を学ぶ場をつくった。中学生から70代まで、町内外から多様なひとたちが参加してくれて、知ることを心から楽しんでくれている様子が見えてとてもうれしかった。
それぞれの分野にくわしいひとたちに講師になっていただいたのだけど、みなさん本当に楽しいコンテンツを考えてくださって、このメンバーでいろいろなところでできたら最強だろうな、と思った。

「(ちょっと)未来のくらしスクール」の第2回(8月)では、太陽光発電システムをみんなで自作した。

6月からはじまった「ローカルファシリテーター養成講座」の対面回もあった。この講座は地域で実践するひとを増やしたい、という思いから、わたしが業務委託をいただいている会社で企画したもので、Green Innovator Academyの1期生希望者向けにプロトタイプとして実施した。
6月からのオンラインではファシリテーターとして地域で活動するためのスキルを学び、対面回ではお互いがファシリテーションを行うワークショップに参加しあった。みんな臨機応変に進行の仕方を調整していて、すごく頼もしかった。
夜はやっぱり宿で遅くまで語った。みんな環境に関心があるので、それぞれのフィールドでどう取り組んでいくか、時に話題は哲学的な内容にも及んで、話が尽きなかった。

MAKERS UNIVERSITYの出張授業で、今度は長野県内の松本県ヶ丘高校にお邪魔した。希望者を対象に放課後に実施する形だったので、参加者は少なかったが、その分濃い話ができた。終わった後も残って、個別に話を聴いてくれた子たちがいたのがうれしかった。松本の街に出て、地域にかかわりたいという子がいたので、高校の近くにあるわたしの大好きな本屋「栞日」に行ってみたら、とオススメした。

小布施見にマラソン」を走った。人生初のハーフマラソン。ただ小布施のはふつうのマラソンではなく、オブセ牛乳やクレープがエイドで出てきたり、抹茶野点があったりするおもてなしマラソンだ。コスプレして走るひとも多い。そんなわけで、5時間というハーフにしては超長い制限時間の中で走り切れればいいや、と軽い気持ちでエントリーした。
実際に走ってみると、1年住んでいても通ったことのない道も多くて新しい発見がいっぱいあった。心からのおもてなしも肌で感じられたし、何より町外からきたひとたちが、口々に開催してくれたことへの感謝(コロナ禍で3年ぶりの開催だった)を話していて、走っている間に感極まりそうになった。
完走したまではよかったものの、運動不足がたたって、1週間たっても足の痛みがとれなかった。

小布施見にマラソン。近所の山なのだけど、初めて早朝に見ると神々しかった。

月末にはRural Laboのツアーで八丈島に行った。同じ日本とは思えないくらい雄大な大自然が広がっていて、絶えず感動の連続だった。海はものすごくきれいで、海水浴場の中でもサンゴと熱帯魚が見られたし、夜空には見渡す限り一面星が輝いていて、天の川もこれまで見た中でいちばんくっきりと見えた。
ツアーの間、他の参加者とずっと一緒にすごして寝食をともにしたので、すごく仲が深まった。小布施でもこういうリトリートやりたい。

八丈島は海も空も言葉が出ないほど美しかった。


8月

月始めに小布施でジェレミー・ハンターさんによるマインドフルネスのセッションがあった。ジェレミーがひとりひとり話を聴いていく中で、わたしは自分の中でくりかえされている望ましくないパターンに気づくことができた。わたしは自分より立場が上の(と自分が思っている)ひとと自分の意見が食い違うとき、自分の意見を押し込めてだまってしまうことが多いのだけど、それが積み重なると自分の中にもやもやがたまっていき、最後はそのひととの関係を自分からフェードアウトしてしまう。もしそのひとと関係を続けていきたいと思うなら、しっかりと自分の意見も伝えて対話すべきなのだ。小布施では話しやすい雰囲気を作ってくれるひとが多いこともあって、自分の殻に閉じこもってしまうことは少なくなったと思う。

小松サマースクールの「社会人との語り場」でお話。当日は北陸で豪雨があった日で、電車が運休する中なんとか会場にたどり着くことができた。プログラムの課題とはいえ、参加者みんなが質問を考えてきてくれて、積極的に直接話してくれたのはうれしかった。運営メンバーも7日間のプログラムの4日目で相当疲れているはずなのに、とても丁寧に対応してくれた。
加賀で事業をしている友人と会場で再会して、一緒に加賀のまちを巡り、たくさんのひとたちと出会えたのもよい経験だった。

お盆には、かなりひさしぶりにいとこ全員が祖父母の家に集まることができた。もうみんな大学を卒業しているので、それぞれのしていること、住んでいる場所について聞いているだけでも楽しかった。
今年は祖父の誕生日(3月)、祖母の誕生日(4月)、お盆、年末と祖父母に会って顔を見せられたのはよかった。祖父母が元気なうちにできるだけ顔を見せて、よい報告も持ち帰れるといいな、と思う。

下旬にはいとこが住んでいる徳島県海陽町を訪れた。途中で牟岐町と美波町にも立ち寄り、牟岐町で教育の取り組みをされている方と話したり、美波町を観光したりした。同じ海部郡で隣り合っていても、地理的・歴史的な背景が違うと町の様子も全く違ってしまう。
いとこは海陽町に移住して4年目で、いまは民間で教育系の事業をしている。Iターンして地域にかかわることについては、わたしよりも少し先輩だ。いとことそのパートナーに案内してもらって、藍染めをしたり、漁港で朝競りを見学させてもらったり、漁港で直接いただいたお魚をぜいたくにごちそうになったりなど、これ以上ないのではというくらい海陽町を満喫した。
もともと縁がなかった地域に飛び込んで、地域のひとたちと一緒に暮らし、働いている仲間が近い親戚にいることを、改めてとても心強く感じた。

いとことパートナーの方と海部藍で藍染め。


9月

高校生のときに参加した「数理の翼セミナー」の同窓組織「湧源クラブ」(通称、湧源)の1年に1回の同窓会「大定例会」に初参加した。わたしが大学院生のとき、運営側でかかわっていたセミナーに参加してくれた当時の高校生が、大学生になって幹事をしてくれることになったからだ。
それだけでも十分感慨深いのだけど、湧源自体が自分の理系アイデンティティを思い出せる貴重なコミュニティとして、非常に楽しい時間だった。会場となった秩父も趣があって素敵なまちだった。

学生時代からの大切な友人たちに、学生のとき以来の再会ができたこともとてもうれしかった。その友人たちは「世界青年の船」の過去参加者たち(いわゆるSWYer)で、縁あってSWYerではないわたしも仲間に入れてもらっている。みんな住んでいる場所もやっていることも違うけど、お互いを尊重して対話しあえるひとたちだ。お互い住む場所や仕事が変わったり、新しい家族ができたりしても、このつながりは続いていくのだろうなと、尊い気持ちになった。


10月

時間をかけて準備してきたおぶせフローラルガーデンの30周年記念イベントが行われた。わたしは出店エリアの責任者として、出店者とコミュニケーションをとって出店内容を調整したり、資材を調達したり、会場設営・撤収のとりまとめをしたりした。
3月の「小布施バーチャル町民会議」での提案内容を一部でも形にするために、エディブルフラワー(食べられるお花)でKUTEN。のタルトをデコレーションするブースを作った。
地域で何かを形にするときに、地域外のひとたちと協働することの可能性と限界の両方を感じた機会だった。地域外に住んでいて、地域に実際に足を運ぶのが難しいひとたちのかかわりしろをどうつくるか、そもそもつくる必要があるか、は関係人口施策に取り組む/取り組もうとしているすべての地域でまじめに考えたほうがよい問いだと思う。

フローラルガーデン30周年イベントの出店エリアの様子。

「鉄道開業150年記念 JR東日本パス」が発売されたのを利用して、3日間の東北の旅に出かけた。詳しく書こうと思ったけれど、1記事分になってしまいそうだったので、別の機会に。

学生時代から所属しているClimate Youth Japanのメンバー・OB/OGが、有志で小布施を訪れてくれたのもうれしかった。何人かはわたしが西粟倉にいたときにもきてくれたメンバーだった。学生時代一緒に活動していたメンバーが、みんな就職してもそのまま環境・エネルギーにかかわる仕事をしていることは本当にすごいことだと思った。いつか一緒に仕事できたらと思う。


11月

月始めにiLEAPの気候変動と食のワークショップ"Climate Change and Food Systems - Youth Leading the Way -"に参加し、那須塩原のアジア学院へ。詳細はこちらの投稿にゆずりたい。たったの4泊5日だけど、とにかくものすごく濃い時間で、人生の指針になるような学びがいくつも得られた。iLEAPのみんな、アジア学院のみなさんとは、これからの人生でまた何度も出会い直すような気がする。

iLEAPのワークショップの参加者集合写真。

以前からご縁があり気になっていた「ぶんじ寮」と「コアキナイハウス」にも滞在できた。
ぶんじ寮では、ちょうどみんなで干し柿をつくるタイミングでわたしも参加させてもらったり、「ぶんじ食堂」のお手伝いをして地域通貨「ぶんじ」をいただいたりした。
コアキナイハウスでは、隣の建物の「ソーシャルバー PORTO」や「コアキナイガレージ」でのコアキナイ(小商い)の場にお邪魔した。
地域通貨とそれが循環するコミュニティも、小商いを通じて小さなチャレンジが始められる場所も、自分がまちにほしいと思っているもので、体験したからには形にしたい。

東京で中高の親友同士の結婚式があり、出席した。新郎が中高同じ部活だったということもあり、新郎が衣装替えのために中座するとき、エスコート役の1人にサプライズで選んでもらった。ほかにも随所に懐かしい思い出が散りばめられていた。大好きな2人が心から幸せそうで、わたし自身、これまでの人生でいちばん幸せなひとときだったのではないかと思う。


12月

忘年会シーズンは、たまたま予定が重なって東京に行くことに。

学生のときから敬愛しているWELgeeのおふたり、働きつつ大学院に通い、研究もしているかけがえのない友人、学生時代から国連の活動をしていながら、実家の銭湯を継いで経営しているソウルメイト、いまはアフリカで大使館に勤める東大の後輩…たくさんの旧友たちに会えた。

代表の思いに深く共感して6年前に参加し、いまも理事をしているAlazi Dream Projectの忘年会、「自分たちは社会を変えられる」と信じる強さとやさしさを合わせもつ同世代が集まるNO YOUTH NO JAPANのALUMNI PARTY(同窓会)にも参加できた。

Alazi Dream Projectの忘年会。SNACK LIFE IS ROSE GINZAにて。
NO YOUTH NO JAPAN初めてのALUMNI PARTY。

さらに、Green Innovator Forumにも少しだけだけど顔を出せた。「小布施バーチャル町民会議」や「ローカルファシリテーター養成講座」で小布施にきてくれた1期生と再会を果たした。

東京に滞在した数日間で、ローカルで活動しながらそれをグローバルな文脈に位置付けることの可能性、自分たちに押しつけられた世代間の不公平に対して、若者世代が声をあげていくことの重要性を改めて強く感じた。これらはわたしの来年の活動の中で、大切な価値観になっていくと思う。


日常

できごとを手がかりとして振り返ると、日常がこぼれ落ちてしまいがちになる。上に書いたようなできごとが経験できるのは、小布施での日常があってこそだ。

お仕事としては、去年に引き続き町の政策づくりにかかわるものと、今年から小布施にある葛飾北斎の美術館、北斎館の新規事業にかかわるものが加わって、いまはこの二つが継続的なお仕事。
前者は、以前からわたしがやりたかった環境・エネルギー政策ど真ん中のところに、ありがたいことに少しずつ巻き込んでいただいていて、ますますそこにコミットしていきたいと思っている。
後者は、年度末までにみなさんにもお披露目できる予定。楽しみにしていてもらえるとうれしい。こちらも難しいけどエキサイティングでやりがいのあるプロジェクト。
どちらもショクバイ株式会社という会社からの業務委託としてしている。社長以外は業務委託と学生インターンだが、週に2回全員でのチェックイン・チェックアウトをしていて、オープンで気配りができるメンバーたちとチームの雰囲気が大好きだ。

1年半住んでみて、小布施は本当に住みやすい、素敵な町だと思う。
駅まで歩いて行けて、徒歩圏内で生活に必要なだいたいのものはそろうし、おいしい飲食店もたくさんあるから、車なしでも暮らせる便利な町。一方で、その気になればお米も野菜も果物も家畜も育てられる。
20代後半〜30代前半の同世代移住者がたくさんいて、仕事もプライベートもともにすることが多い。でもみんないい意味でさっぱりしていて公私混同感がない。仕事も遊びも真剣だから楽しい。一方で、小布施出身の上の世代の先輩方も移住者がやることを応援してくれるし、そうした先輩方自身もアクティブで、常にいろいろなことを仕掛けて、移住者も巻き込んでくれる。
シンプルにいえば、とてもちょうどいい町なのだ。


まとめ

こうして振り返ってみると、今年もたくさんのことを経験し、そのたびにたくさんの人に支えられた1年だった。このnoteではあえて個人名は出していないけど、感謝を伝えたいひとが数えきれないほどいて、これでも全員のことは書ききれなかったくらいだ。
1行(スマホだと2行だけど…)で今年を振り返るなら
「多くの人に愛されていることに気づき、幸せを感じられた1年」
だった。
家族、小布施の仲間たち、ショクバイのメンバーたちはもちろん、中高の同期や、学生時代から所属し続けているさまざまなコミュニティとつながり直せたことも、自分にとってはすごくうれしい1年になった。


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