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それでも人とつながって 018 障害4

『困ってません』


その記者さんは困ったような顔をした。「それだと取材にならなくなってしまうので」と暫く考えている。何か別の質問の仕方を考えているようだ。

昔々。私に答えられない問いを投げ掛けてきた一人の女の子。
知的障害だという。その時の質問にはまだ答えられていない。
(それでも人とつながって [003 障害2][010 障害3])

ある障害当事者団体を通して『定額給付金』の申請について取材対象を探している報道機関があると相談があった。
「彼女なら適任じゃないかと思うのですが、日程調整や当日を含めて支援が必要だと思うのです」
「また、付き合いの無い所からだと伝わらない彼女の良さもあるので、彼女がその辺を出せるように。一緒に行ってもらえませんか」

ええ。一緒に行くのは良いのですが。
どうだろう。彼女は知的障害ということだが発言にメッセージ性があり直感力やその発想力には舌を巻く。なので。その場がどうなっちゃうか分からないような点もある。まさに『題名のない音楽会』。観たことはないですが。
それで良ければお受けしますと伝える。

「それが良いです。付き合いの長いあなたが一緒なら彼女もらしく居ると思います。記者さんと彼女には私から話しておきます。では。お願いします」
こうして。ある報道機関の記者さんの取材を受けることになった。

その子と取材の日程調整。
「何を聞かれるんですか?」
定額給付金の申請についてなんだけど。当事者の中には今回それが分からなくて申請出来ない人も居るんじゃないかって。大まかな内容を説明する。

「だから?」その子はさっぱり切り返してくる。
うん。それが問題だから取材して報道をしたいらしいよ。
「なんなんだろうね?」間髪入れずに再度切り返してくる。
えっ!?・・ああ。なんなんだろうねと言えば・・そう。
なんだろうね。

・・・おかしいな。説明ができないけど。いま何か剥がされた感じがする。

取材当日。
記者さんと挨拶や自己紹介を済ませて早速取材が始まる。
「今回の定額給付金の申請で、一定数の知的障害者が漏れるのではないかと思うのです」そんなふうに切り出された。そして、一拍間を置いて。
と言うのも・・・と話が続く。
「知的障害の方は申請書が分かり難くて記入等ができないと思うのですが」
こちらは二人で黙って聞いている。最初の質問がくる。

「定額給付金の申請でどの辺が困りますか?」
『困ってません』間髪入れないその子の回答に、その記者さんは「えっ」と短く声にして一瞬困ったような顔をした。

「ん。それだと取材にならなくなってしまうので・・・」暫く考えている。
何か別の質問の仕方を考えているようだ。

少し考えを整理されたように仕切り直す。
「申請書は分かり難くなかったですか?」質問の角度が少し変わる。
『分かり難いです』迷いがない。この子はいつもはっきりしてるよなぁ。

回答に記者さんは少し安心したようだ。ですよねと頷いて相槌を打つ。
「分かり難くて困りませんか」なるほど。質問がミックスされた。
『困りません』その子は即答する。

記者さんはやや困惑したような絶望の予感のような複雑な表情をしている。

困ったように「あの。申請書の原本はお持ちですか」こちらに尋ねてくる。
持っていないのでネットで検索するとすぐに見本の画像が出てきた。
スマートフォンごと記者さんに渡す。

一生懸命に見入っている。何かあたりを付けたようで指で拡大している。
「ほら。ここなんてどうですか?色々書いてあって」
申請書で込み入った事が書いてある部分を指し示す。

その子は『面倒なので読まないです』またはっきり答える。
記者さんは「あ。読まない・・・んですね」と小さく呟く。

記者さんが。長考に入った。
そう言えば目の前に飲み物と食べ物がある。今だと思った。

少し飲食をしながら雑談を挟む。いつしか取材から離れた雰囲気になる。
雑談の中に少しずつ質問が交ざる。
なるほど。

「そういえば。もう申請書は出したんですか?」
『出しました』

「全部書けましたか?」
『書くの名前と誕生日くらい』

「必要書類とか分からないですよね」
『手帳で良いんです』

「でも通帳とかの記入もありますよね。コピーとか」
『障害年金を貰っているので通帳持ってます。手帳もいつも』

「・・・ああ。そうなの」
この辺りから何だか記者さんが気の毒になってきた。

「じゃあ。もし何か困った時はどうするの?」
『今日と同じ。この人に来てもらいます』言いながらこちらを見る。
そして、他の子も同じように誰かに相談するんじゃないかと話を続ける。

記者さんの視線を感じる。
助けてほしいような目をしてこちらを見ている。発言を求められている。

あぁ~。普段から自分は口を挟まないんだけど。仕方がない少しだけ。

「申請は勿論ですが、給付金を頂いた後に問題は起きるかもしれません」
なんの事かというふうに記者さんは少しぽかんとしている。

「給付金は皆で使うことに意味があります。皆が好きなように。でも、好きなように使えないのではないか。申請の段階ではない。給付金はそんな問題の背景を改めて感じさせます」
あからさまに「はぁ?」という表情をされてしまう。

そうだよね。意味なんて分かる訳が無い。
良いや。こちらの事は。どう思われても。
ただ自分はそんなふうに感じるんだよ。それなりに色々見てきたから。
貴女のように国絡みの報道機関に入社出来るような道には無い景色をね。

自分が意思を決定できないってどんな気分か考えた事がありますか・・・
それは。障害者だけに限らず。
さすがにここまで言っても仕方がないかと思って口にはしない。
記者さんは「申請」で困っている障害者を探してるんだもんね。

『申請なら視覚障害の方のほうが困ってるんじゃないですか?』
今度はその子が割って入ってきた。
こんな時にいつも助けてくれてありがとう。だいじょうぶ。お陰で。
『みんな誰かは関わってるはずだけど』

記者さんは「上司に相談させてください」と言って取材は終了した。
「上司に相談して改めてお願いします」
いちおう次回の取材の日時の約束をした。

約束の日時の前日になって記者さんから連絡があった。
上司と相談した。今回は申請に困っている人を探している。近県でも見つからないので、もっと広範囲で困っている人が居ないか探すことになった。
そんな内容だった。

その連絡の直後にその子から『取材どうなりますか』という連絡が入る。
記者さんはもっと広範囲で困ってる知的障害者が居ないか探すって。
なかなか思った人が見つからなくて困ってるらしいよ。
『あの人が困ってるんですか?』
そうだね。困ってる人が見つからなくて困ってるみたい。
2人で大笑いした。

知的障害といっても様々。今回この場合は彼女らしいだけ。

自分もつい熱気を出してしまったのは反省。

記者さんが再び気の毒になった。

※実際に様々な状況で困っている方もいらっしゃると思います。

皆様の元に定額給付金が遍く行き届きますように。

そして。その人らしい使い方が出来ますように。

例え、それが人からは愚かな使い方に見えたとしても。


これは障害の巻の四。この他の体験はまたの機会に。

お読み頂いたあなたに心からの御礼を。
文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。
ありがとうございます。

しゅてん拝

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