ジュニアの挑戦

 こんにちは、森清です。昨日の小牧氏の記事が好評のようで、私の記事を世に出すのが大変恥ずかしいです、、、

 先日、企画の発起人である田中氏から依頼を受け、僭越ながら"アドベントカレンダー2021"の2日目の記事を書きました。私が書けるのはJWOCのことくらいしかないので、ジュニアの時期を通して感じたことや、今後ジュニアが活躍するために必要だと思ったことを書き連ねていこうと思います。その性質上、中高生オリエンティアや早生まれの大学生ティア向けの文章になるかと思います。大したことは書いてないですし教訓的な物はなにもないですが、1オリエンティアの独り言日記だと思って読んでもらえればと思います。気軽に投稿していいらしいので、気負わずテキトーな感じです!お許しください。。

1. 自己紹介

 東海中学の部活でオリエンテーリングを始めて8年目、気づけば20歳を過ぎてジュニアが終わっていました。今思えば軽い気持ちで始めたのに、いつの間にかオリエン界隈にどっぷりと浸かってしまいましたね笑

 高校生1年のときにJWOC2017(フィンランド)、高2でJWOC2018(ハンガリー)に出場しました。高3の時のJWOC2019(デンマーク)、大会直前の合宿で骨折してしまい不参加、大1はコロナで大会が延期になりました。そして今年の9月、3年ぶりかつ自身最後のJWOC2021(トルコ)に出場しました。

 JWOCの主な記録としては、2018ハンガリーのロングで85位、2021トルコのスプリントで55位、同大会ミドルでA決勝進出&A決勝37位でした。もちろん世界のレベルには全く届いていませんが、日本人選手としては一つ道標を立てることができたのかな、なんて思っています。

2. 世界を見る

 前述の通り、私が初めて国際大会に出場したのは、2017年の夏にフィンランドで開催されたJWOCでした。JWOCで海外の選手を初めて間近で見て、どこかで聞いた「爆走する機関車」ということがばぴったり当てはまるなと思いました。フィンランドでは個人全制覇のOlli Ojanaho選手と写真も撮るなど、初めての世界大会を楽しんでいました。

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 JWOC2017の代表メンバーには、東海中高の先輩でもある稲森剛選手もいました。稲森選手は、A決勝への切符を惜しくも1分44秒の差でA決勝を逃してしまいました。しかし、同じ代表メンバーとして、A決勝進出を目指す稲森選手を目の前で見れたのは大変良い経験になりました。詳しくは稲森選手の記事をご覧ください。

 高1で参加したJWOC2017は、日本代表で世界と戦うというよりは、世界のオリエンテーリングを一目見に行ったという感じでした。特に、ミドル予選ではマップアウトがGPSの記録に残ってしまいました。かわいいですね。ちなみにこの予選クラス、Kasper Fosser も走ってました。知らなかった...

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 海外の速い選手を見たり、目標に向かって努力する先輩の姿を見たりする中で、自分自身も世界の場で活躍したいと思うようになりました。ちょうどその時期は高校生にもなり、ある程度自由にオリエンテーリングの合宿等に参加できるようになって、いままで机上の空論だった技術がやっと身についていたころでした。だんだん大きな大会で勝てるようになってきて、オリエンテーリングが一番楽しい時期だったかもしれません(笑)

3. A決勝を目指して

 JWOC2018からは、日本代表のトップとして世界の場で記録を残すことを目標に大会に参加しました。

 また、この頃から近藤康満氏にコーチについて頂きました。技術面の客観的なアドバイスを頂いたり、普段のトレーニングプランの構築を手伝って頂いたりしました。大学に入ってからはコロナもありコーチ関係は自然消滅してしまいましたが、この時期にコーチに教えていただけなかったらここまで成長することはなかったと思っています。オリエン界では自分で成長していけみたいな雰囲気を感じることもありますが、特に若い人は大人の客観的な意見を聞いてこそ成長できるのかなと思っているので、コーチについてもらうのが成長へ大きく近づくことに繋がるでしょう。

 JWOC2018はハンガリーのオープンwith藪(藪withオープン??)みたいなテレインでした。

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 トレキャンで藪テレインの対応をしようと思ったのですが、一週間では対応しきれず、本番はC決勝という悔しい結果に終わってしまいました。海外の大会で勝つために、地図を読み込んだり現地の動画をみたりなど日本で対策できることも多々ありますが、一方現地で実際にテレインでトレーニングをすることが一番の近道だと痛感しました。(後述しますが、トルコでA決勝進出できた要因のひとつとして、欧州の選手がトルコでのトレーニングができてなかったことが挙げられるかなと考えています)

4. 見えない敵

 JWOC2018を経て、より一層A決勝進出という目標に向けて頑張っていこうと心に決めました。その道筋が簡単ではないことは分かっていましたが、コーチや周りにアドバイスをもらいつつ、A決勝進出と自分の溝を埋めていきました。2019年の東大OLK大会では入賞まで15秒に迫るなど、ある程度技術や勝負勘というのは身につけていれたかなと思います。

 しかし、JWOC2019の大会直前に富士合宿で捻挫した際に骨折してしまい、デンマークへ行くことは叶いませんでした。デンマークが日本に近いテレインで記録を残せる可能性があっただけに、とても悔しかったのを覚えています。今思えば、2017年のJWOCの前頃(15歳後半)から捻挫癖がつくようになりました。年を取ると捻挫してしまうようになるんですね(涙) 当時はコーチがいなかったので、捻挫しても一週間後の大会に無対策で出てまた捻挫するといった無茶なことをしていました。捻挫したてのころに適切な対策をしていれば、もっとオリエン楽しめたのかなという後悔はあります。最近オリエンテーリング始めた大学生や、捻挫や怪我をし始めるようになってしまった中高生オリエンティアには、オリエンしたいというはやる気持ちを抑えて、急がば回れの精神で怪我をした際の手当てをして欲しいです。

 少し話がそれましたが、以上のように私はJWOC2019には出れませんでした。その後は受験、大学入学してからはすぐにコロナでJWOC2020も中止というように、日本のトップレベルや世界と競い合えない時期が1年ちょっとありました。この時期のモチベーション維持は大変難しく、JWOCミドルA決勝を目標としながらも、いまいち現実味がわかないな、なんて考えていました。コロナで2年連続中止になる可能性もありましたしね。

 このようにモチベーションが維持しづらい状況でしたが、全日本大会などで大学から始めた速い選手を目の当たりにして、「あ、負けたくないな」と思ったのが一つのきっかけで、またオリエン速くなろうと頑張れたのかなと思ってます。

 さらに、一緒にトレーニングしてくれる仲間がいたこともとても大きかったです。特に日曜ロングランナー仲間(入江選手、尾崎選手、橘選手)とは切磋琢磨してトレーニングしていました。コーチのような存在も大事ですが、一緒にトレーニングしてくれる仲間というのは競技の上達に欠かせないものだと実感しました。

 骨折とコロナで世界から2年離れてしまい、ミドルA決勝は霧のかかった見えない敵という感じでした。ですが、漠然とした目標ながらも、それに向けて取り組んでいました。

5. 最後のJWOC

 JWOC2021の1年延期が決まった後、JWOC2021は元々例年通り7月上旬に開催される予定でした。しかし、コロナの影響で4月に再度延期判断がなされ、9月上旬の開催となりました。

 5月ごろは、9月開催も厳しいかなとも思っていましたが、6月にも入ると段々と実感が湧いてきて、最後のJWOCに向けて準備を始めました。といっても、日本でやれることは地図読みとスキルアップなので、淡々とこなしていました。同時並行で、前述したように現地のテレインで調整することを重要視していたため、トルコに前入りしようと計画を立てていました。しかし、トルコの協会もJWOCの準備で一杯一杯で断られてしまいました。。。代わりに、入江選手とクロアチアへ行ってトレーニングをしました。トルコと似ているかと言われると微妙ですが、日本でない場所でかつ北欧っぽくもないテレインでほぼ毎日オリエンできたのは、良い調整になったと感じています。

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 ※クロアチアは日本と同様、競技人口は少ないですが、首都のザグレブ近辺には地図が結構あり、車がなくてもある程度フォレストも楽しめる程です。私たちは現地のジュニアオリエンティアに毎日送ってもらっていましたが...(笑)もしクロアチアやザグレブに行く機会あれば、私や入江選手に連絡ください!!

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↑クロアチア一緒にトレーニングしてくれたJan Gobec選手。このあと、トルコのJWOCで再会しました。いつか日本にも来てくれるらしい。

 トルコには大会の一週間前に入国しました。トルコもクロアチアも、前情報よりも入国が簡単すぎてびっくりでした。現地についてからは、例年同様トレーニングキャンプに参加し、調整をしました。

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 現地ではこんな感じで反省をしていました。アナリシスというよりは、日本テレインとの感覚の違いを埋めるためのものでしょうか。

 JWOC本戦には、日本からは男子3選手、女子3選手と例年に比べて少ない参加となりました。(上限は男女各6人) 強豪国でない国々も日本同様、参加人数が少なかったり、またイギリス・オーストラリア・ニュージーランドが不参加だったりと、コロナ前と比べて高順位が取りやすくなっていました。また、欧州各国もトルコでのトレーニング機会が少なかったため、現地慣れという点でのディスアドバンテージが例年より少なかったです。

 以上のように、日本人のミドルA決勝進出という点では好条件が揃っていました。私はヒート1の予選(地図はこちら) にあたり、本番は4→5で90秒ミスをしてしまいましたが、それ以外はうまくまとめられました。そしてヒートの運にも恵まれて、何とかA決勝に進出することができました。他のヒートであれば、両方落ちてました、、、

 A決勝に出られたことはとても嬉しかったですが、心のどこかで「例年だったら落ちてただろうなー」や「運で通っちゃったなー」という後ろめたさのようなものがありました。ですが、せっかくA決勝で走れるのであれば、できるだけ良い順位を取って後の世代の目標になれる走りをしようと思って走りました。結果的には、トップスタートトップゴールで日本から応援してくださってる人を少しでも沸かせることが出来ましたし、37位ということでまあまあな順位は取れたのかなと思っています。 (地図はこちら)

6. まとめ

 自身のオリエン人生を振り返ってみて、JWOCミドルA決勝に出場するために、もっと広く言えば海外での(フォレスト)オリエンテーリングレースで好成績を残すためにするべきことを、自分なりにまとめてみます。当たり前のことしか書いてないけど、、、

①技術論を学んだうえで、オリエンテーリングをたくさんこなす。

 特に中学生や高校生は、大学生や社会人と比べてオリエンテーリングする機会が少ないのは紛れもない事実だと思います。その一方で、大学生や社会人はたくさんの大会に参加はするものの、目標をもって大会に参加したり反省をしっかりしたりしていないことが多いと感じています。目先のオリエンテーリング大会にとらわれず、技術を机上で学んだうえで一つ一つの大会を大事にしていけば、上達していくことができるでしょう。そして、海外大会への切符が見え始めたときに、親や学校を説得して、合宿等に参加していけば必ず伸びると思ってます。

②一人では限界があるので、コーチや自分より上手い人に指導をお願いする。

 学校のOBOGや強化委員会に相談するのが一番手っ取り早いと思います。

③けがをした時に無理しない。(20歳じゃない)ジュニアはいくらでも時間があります。

 怪我や痛みは適切な処置をしないと、最悪の場合一生響いてしまいます。私も、15の時の捻挫癖が18まで続いてしまいました。(今は治りました✌)怪我をした時に、自分でしっかり調べたり周りに聞いたりすることが本当に大事だと思います。大会に出てオリエンを毎週のようにしたい気持ちは痛いほどわかりますが、焦らず無理せず気長に治るのを待つのが大事です。

④一緒にトレーニングをする仲間を見つける。

 これは人それぞれでしょうが、誰かと一緒じゃないと甘えて練習さぼっちゃいませんか?そういう場合は、定期的に一緒にトレーニングをする仲間を作るのが一番の解決策かなと思います。近くに住んでいる人でもいいですし、学校の仲間でもいいと思います。

⑤海外大会に出る前に、現地でトレーニングをする。

 したくてもできない人がいるかもしれないのに、こんなこと書いてすみません。でも、オリエンテーリングという競技の性質上、事前に現地で走るというのは相当有利に働きます。覚悟を決めたら、実行に移すだけです。周りの人に聞けば協力してくれるはず。ファイト!、、、といっても、コロナがまたぶり返してきて難しそうですね、コロナ憎し。

 余談ですが、2月の後半か3月初旬にJWOC2022対策でポルトガルに行きたいなと漠然と考えています。コロナで無理そうですけど、どうなるでしょうか。興味ある人いたら連絡ください!コロナの状況次第では行けるかも?

7. 最後に

 ジュニア時代を終えて、もっと色々できたなーとか、もっと高い順位目指したかったなーなど、いろいろと思うところはあります。ただ、骨折やコロナなど紆余曲折はあったにせよ、JWOCのA決勝出場と決めた目標を達成できたことは本当に嬉しかったです。

 今後JWOCを目指す選手には、自分の記録を越そうと頑張ってほしいですし、無理な挑戦ではないと思います。迷ったときには、周りの頼れる人に相談しつつ目標に向かって頑張ってください!近い将来、誰かが私の記録を超えるのを楽しみにしてます。

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