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作曲家たちの筆録

本稿は2018年9月8日にラ・フルート・アンシャンテ サロンにて開催された「Barocco Impression Plus! Vol.4 作曲家たちの筆録」公演によせて書かれたプログラムノートである。

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 オーボエとチェンバロのための作品は、その大部分は17〜18世紀のバロック時代に作られている。何故なら19世紀に入るとチェンバロは、音楽が演奏される状況の変遷を背景に表舞台から姿を消したからである。チェンバロをはじめとする古楽器奏者にとってはごく当たり前のことなのだが、バロック音楽に馴染みがないと、バロック以前の音楽には「奇妙なこと」が幾つかあるかもしれない。まず本公演のプログラムに並ぶ曲目をご覧になられて「何だこれは?」と思われていることがあるだろう。オーボエのためのソナタが「オーボエ・ソナタ」の表記ではなく「オーボエと通奏低音のためのソナタ」と表記されていること、そして「『通奏低音』という楽器が登場するのか?」ということではないだろうか?

 オーボエをはじめとする旋律楽器と共に鍵盤楽器を演奏する場合、あるいは複数の旋律楽器と鍵盤楽器を演奏する場合、バロック時代において、その鍵盤楽器は「通奏低音パート」に属する楽器であった。通奏低音パートには、チェンバロ、オルガンなどの鍵盤楽器の他、低音の出る弦楽器・管楽器(チェロ、バス・ガンバ、ファゴット、テオルボなど)もそこに属していた。そのため「オーボエと通奏低音のためのソナタ」と表記される。

 本日演奏するヘンデル、バベルのソナタ及び、オズワルドのアリアでは、チェンバロは通奏低音楽器であるため、19世紀以降のピアノパートの楽譜とは異なり、右手で弾く音は一切書かれておらず左手のバスパートしか書かれていない。

 上の譜例は、本日の昼公演で演奏するバベルのソナタの楽譜であるが、下段にあるバス旋律とその音符の上に付けられた数字が通奏低音楽器のための楽譜である。これを日本語では「数字付き低音譜」と読んでいるが、室内楽曲に限らずオペラやカンタータなどの大編成を必要とする作品でもバロック時代には通奏低音パートがあり、数字付き低音譜が用いられていた。つまり、チェンバロをはじめとする通奏低音奏者は、書かれたバス旋律と数字が示すルールに従って、即興でその作品に相応しい音を補充していく演奏方法をとる。

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関西を拠点に演奏活動を行なっているチェンバリストhttps://www.klavi.com