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汚染ゼロを目指す条約の知恵⑦|【尾松亮】廃炉の流儀 連載44

 OSPAR条約(1998年発効)は、放射性廃棄物の海洋放出ゼロを目指し、問題となる放射性物質の削減を締約国に義務づける。締約国は定期的に放射性物質の海洋放出量を報告し、継続的に汚染削減技術の開発と導入に努める。しかし、98年に採択された「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標(シントラ宣言)は、23年現在でも達成できていない。今後締約国は何に向けてどのような取り組みを行うのか。

 21年10月1日にポルトガルで行われた会議において、締約国らは30年に向けた新戦略〝North-East Atlantic Environment Strategy (NEAES)2030〟を採択した。同戦略は、30年に向けた国連SDGs達成への取り組みとして位置づけられ、生物多様性、海洋汚染、気候変動という三つの課題に同時に取り組む方針を示す。25年までに海洋環境における放射性物質蓄積をさらに減少させる際に障害となる問題を特定する。27年までに放射性物質流出を防ぐための追加対策を策定する。23年時点の報告結果を精査し、28年までに海洋汚染の測定・評価法の問題を改善する――など、中間段階での目標も設定された。

 22年4月20、21日に開催された放射性物質小委員会では、前出30年に向けた戦略の実現に向けた具体的な行動計画が審議されている。今後のさらなる汚染削減に向けて重要な課題の一つとなっているのが、分離処理の難しいとされるトリチウム汚染である。同年3月1日に行われた小委員会会議では、スウェーデンと英国がトリチウム汚染削減のための「利用可能な最良の技術」(BAT)の検討状況を報告した。それら報告によれば、現時点で原発や再処理工場向けに商用利用可能なトリチウム除去技術は確立されていない。しかし同時に、放出が必要になってしまうトリチウムの発生それ自体を抑制する技術を検討する必要性、についても提案された。同小委員会の議長を務めたノルウェー放射線・原子力安全庁のグウィン博士は「トリチウム削減に関わるBATや除去技術に関して最新情報を報告することを、実行計画の中間目標に含める」ことを提案している。困難であっても締約国は「海洋放出ゼロ」という条約の理念を諦めてはいない。

 今、我々が目指すべきは太平洋・環日本海版のOSPAR条約の創設である。日本政府は「韓国、中国も大量のトリチウムを放出している」との論理で、福島第一原発からの汚染水海洋放出を正当化している。ある大臣は「『汚染水』と呼び反対するのは中国だけ」と述べた(9月25日IAEA年次総会)が、これは嘘だ。韓国政府は公式リリースでは「Contaminated Water(汚染された水)」と呼び「放出に賛成するものではない」と述べている。台湾でも世論調査では半分が中国の日本産水産物禁輸を支持し、依然として複数の太平洋諸国も懸念を表明している。放出を支持したとされる国でも正確には「IAEA報告書を信頼する」と表明するにとどまり、汚染水海洋放出を積極的に支持する国は皆無といってよい。

 OSPARのような共通削減目標や、共通測定ルールがないまま、周辺国社会との批判の応酬になれば、かつての英国のように日本が孤立する可能性は高い。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。
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