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愛国者面した国益毀損論者|横田一の政界ウォッチ㉒

 「関係者の理解が前提」という主旨の約束を破って岸田政権は8月24日にALPS処理水(汚染水)海洋放出を始めたが、1都5県の原告151人は約2週間後の9月8日、海洋放出差し止めを求めて国と東電を提訴した。小雨が降る中、原告らは「海を汚すな」と書かれた横断幕を手に福島地裁までデモ行進。提訴後の集会では、原発訴訟の第一人者である河合弘之弁護士らが裁判の意義や訴状の内容を説明。質疑応答で「海洋放出による漁業被害額に比べて原発敷地内へのタンク設置などの代替案の方が安いのではないか」と聞くと、河合弁護士はこう答えた。

 「初めは『三十数億円で出来るから海洋投棄が一番安上がりなのだ』と言っていたのは全く嘘だ。中国が輸入停止することだけによっても数百億円(の損害)、長くなれば、数千億円の損害になると思う。海洋放出が一番高くつく処理方法であることは既にハッキリしている」

 一番高い方法が選択されたのは、詐欺的な選考過程の産物だった。2018年当時の経産省の説明資料には5つの案が示され、その中で海洋放出は最も安い17〜34億円で、他の案は1桁高い数百億円だった。それで海洋放出が選ばれたのだが、蓋を開けてみると、海底トンネルや送水管などの設備工事に約400億円も追加で投じることになり、さらに水産業への支援(約1000億円)も加わった。当初より2桁も巨額の約1400億円に膨らんだのだ。

 愚かな選択で国益を毀損することになった岸田政権がすべきことは海洋放出を即時中止し、安上がりで済むタンク設置など代替案に切り替えることだ。しかし実際は、中国への反感を煽り、自らの失政を国民運動で穴埋めしようとしている。

 岸田政権は国産魚の国内消費拡大に向けた国民運動を発表すると、別動隊のような櫻井よしこ氏(「国家基本問題研究所」理事長)らが「日本の魚を食べて中国に勝とう」と銘打った意見広告を全国紙に出した。

 担当の西村康稔・経産大臣も、代替案検討の本業をせずにグルメリポーター役を開始。岩手県宮古市魚市場を訪れて地元産の養殖トラウトサーモンやマダラの刺身などを試食、大井誠司・県漁連会長ら幹部に「風評やフェイク情報に負けないという強い決意で水産業をしっかり応援していきたい」と挨拶した。

 ただ大井会長は私の直撃に「放出は時期尚早」「説明不足」と述べていた。そこで私は、面談を終えた西村大臣に「日本の漁業を潰すのか。他にやり方があるではないか。タンクを置くスペースはあるではないか。職務怠慢ではないか」と叫んだが、返答はなし。次の訪問先の盛岡駅でも、県議選応援演説を終えた西村大臣を再直撃、同じ質問をぶつけたが、「まあまあ」と言うのみだった。

 先々月号で紹介した通り、西村大臣が7月に福島県漁連を訪問した時も私は「漁業への悪影響は確実」と問い質したが、「漁業者の皆さんが生業をずっと継続していけるように責任を持って取り組む」と回答。今回の水産業への打撃は、起こるべくして起こった人災と言えるのだ。

 「第二自民党」を自称する維新は9月15日に東北応援イベントを開き、青森・岩手・宮城・福島・茨城の各県に1000万円ずつ寄付する一方、福島県産の魚などを食べて風評被害の払拭も訴えた。「税金の無駄撲滅」が看板政策のはずの維新が安上がりの代替案検討を迫らず、岸田政権を下支えする側に回ったのだ。

 維新共同代表の吉村洋文・大阪府知事も「福島応援定食」の提供を府庁食堂で開始。岸田政権の失敗を穴埋めする国民運動で足並みをそろえ、安上がりの代替案検討を訴えることはなかった。「中国に勝とう」が合言葉の排外主義に便乗するのでは、愛国者面した国益毀損論者(“国賊”)と呼ばれても仕方がない。


よこた・はじめ フリージャーナリスト。1957年山口県生まれ。東工大卒。奄美の右翼襲撃事件を描いた『漂流者たちの楽園』で90年朝日ジャーナル大賞受賞。震災後は東電や復興関連記事を執筆。著作に『新潟県知事選では、どうして大逆転が起こったのか』『検証ー小池都政』など。

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